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欧州「オムニバス法案」の人権デュー・ディリジェンス義務付け簡素化に国連人権高等弁務官事務所が懸念を表明

 国連人権高等弁務官事務所(OHCHR)が、「企業サステナビリティ・デュー・ディリジェンス指令」(以下、CSDDD)等の簡素化を提案した欧州委員会の「オムニバス法案」に対する見解を5月に発表しました。3月には国連ビジネスと人権作業部会も同法案に対する声明を発表しています。
 CSDDDは欧州連合(EU)域内外の一定規模以上の企業に対して人権や環境に与える負の影響を特定・評価し、影響の防止・軽減・是正を義務化する指令で、2024年7月に施行されました。オムニバス法案は、欧州委員会により2025年2月に提案されています。
 以下はオムニバス法案に対するOHCHRの見解の概要です。

 CSDDDは、各国または地域的、国際的な取り組みや、企業の自主的または政府による義務化された取り組みを相互補完させるという指導原則の「スマートミックス」の考え方を実現するものとして、OHCHRではその策定プロセスを長年にわたり支援してきました。
 オムニバス法案による簡素化が有益である可能性は理解できるものの、CSDDDの変更は、指導原則やOECD多国籍企業行動指針、ILO中核的労働基準といった責任ある企業行動に関する国際基準との整合性を損なうものであってはならず、人権侵害を見落としたり対処できなくなったりする状態を生み出してはなりません。
 OHCHRの同法案に対する懸念点は以下のとおりです。

1.実際および潜在的な負の影響の特定と評価

A.リスクベースの人権デュー・ディリジェンスの弱体化

 オムニバス法案では、一次取引先を超える間接的なビジネスパートナーによる人権への負の影響の評価に対する義務を「影響が生じた、または生じる可能性があることを示す妥当と思われる情報(plausible information)」がある場合に限ると変更提案しています。
 一方で、指導原則をはじめとする国際基準では、潜在的な負の影響に対処するリスクベースの考え方で、影響を防止・軽減するために人権デュー・ディリジェンスを実施することを企業に求めています。
 この法案の変更に従うと、企業は一次を超える取引先の影響に関する「妥当と思われる情報」を受けて事後対応することとなり、人権侵害がより深刻化するおそれがあります。さらに、こうした対応が企業の法的リスクを増大させる可能性もあります。

B.簡素化に対する誤ったアプローチ

 一次取引先に焦点を絞って人権の負の影響の特定・評価を行い、他の影響についてはその後に扱うというオムニバス法案が提案する二段階の対応は、バリューチェーン全体での影響評価を求める指導原則の考え方から外れるだけでなく、オムニバス法案がめざす企業に対する規制の簡素化および負担軽減という本来の目的を失いかねません。
 評価範囲を最初から一次を超える取引先に広げ、実際の影響に対処するコストが発生する前に潜在的な影響を把握するほうが対応をより簡素化できます。また、オムニバス法案は、「妥当と思われる情報」かどうかの法的判断を企業に求めるため、さらなる複雑さが加わります。「妥当と思われる情報」が企業に大量に寄せられ、そうした情報に基づく影響すべてを評価する必要に迫られる可能性もあります。

C.責任転嫁による負の影響

 オムニバス法案に従えば、一次取引先を超える範囲での人権への負の影響の対処を企業に促すには、市民社会組織や労働組合などが「妥当と思われる情報」を提示する必要があり、企業が負うべき影響の特定・評価の責任の一部をこうした組織・団体に転嫁することになります。
 この仕組みにより、十分な資源も独立性もある組織・団体が存在する地域の人々は、企業による人権侵害から保護される一方で、そうした組織・団体の支援を得にくい地域では保護が不十分になり、不公平な状況を生むおそれがあります。
 また、企業が直面する最も深刻な人権への負の影響は、政府が市民社会組織や労働組合などを弾圧している地域で発生しており、そうした地域における一次を超える取引先の「妥当と思われる情報」の入手は困難となります。
 さらに、オムニバス法案には、ステークホルダーエンゲージメントの対象を直接影響を受ける人々に制限し市民社会組織などを除外することや、中小企業の負担軽減等を目的として従業員500人未満の直接のビジネスパートナーからの情報取得を禁止することも盛り込まれており、人権への影響の把握と対応をより困難にしかねません。

2.民事責任

 CSDDDが被害を受けた人々の救済へのアクセスを実効的に確保するためには、企業の民事責任と企業に対する行政監督の両方を含む責任追及の仕組みが不可欠です。オムニバス法案では、CSDDDに定められたEU全体で統一された企業の民事責任の削除が提案されています。OHCHRは、すべてのEU各国において円滑に実施できる民事責任の根拠を整備する難しさを理解していますが、同項を削除するだけでは法制度の断片化や混乱を招きかねません。
 また、EU域外の第三国法が適用される場合でも人権や環境への負の影響に対する企業の民事責任の適用を可能にする規範的効力に関する条項や、被害者が訴訟を起こすことが難しい場合でも信頼できる組織・団体といった第三者による代理訴訟を可能とする条項の削除提案は、救済に障壁が生じるため、却下するべきです。

3.結論

 EU諸機関は、CSDDDの変更によって責任ある企業行動に関する国際基準、特に指導原則との整合性が損なわれないようにする必要があります。とりわけ懸念されるのは、人権侵害が見落とされ放置されてしまうこと、企業の事業活動を通じて人権に負の影響を受ける人々の保護が弱まること、先行して取り組んだ企業が報われない結果になること、そして、意図せず企業にとっての複雑さと負担が増すことです。オムニバス法案は、CSDDDの実効性を損なう可能性があり、人権・環境デュー・ディリジェンスを義務化しようとする世界的な取り組みに対して、望ましくない前例となるおそれがあります。

<出典>

<参考>


(2025年08月04日 掲載)