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第5回 世界人権セミナー「フィリピン・ネグロス島からの現地報告:架空の容疑で長期勾留された若者の声を聴く」を開催しました(12/10)

 フィリピンでボンボン・マルコス大統領が2022年6月に就任してから3年超が経過しましたが、ドゥテルテ前政権時代の6年間に強行された「麻薬戦争」、および過去から続く市民活動家などに対する超法規的殺害や恣意的拘禁の問題など、現在どのような状況なのかについて、長期勾留の後、無罪判決を受け釈放されたネグロス島の若者2人の現地報告をハイライトしたオンラインセミナーを12月10日に開催しました。
 フィリピンの超法規的殺害をテーマに2020年から開催している世界人権セミナーは、今回で5回目で、参加者は70人でした。

 フィリピンの人権状況に関して、藤本伸樹(ヒューライツ大阪)が概要を報告しました。「ドゥテルテ前大統領は、ダバオ市長時代以来、『麻薬戦争』を指揮していたとして、2025年3月に『人道に対する罪』の容疑で国際刑事裁判所(ICC)に逮捕され、オランダのハーグにあるICCの収容施設に拘禁されています。『麻薬戦争』では、警察発表で6,000人超、NGOの推計で約3万人が超法規的殺害の犠牲となりました。
 それに先立つ2024年1~2月、国連『表現の自由特別報告者』のアイリーン・カーン氏がフィリピンを公式訪問し、調査の報告書を2025年6月の国連人権理事会に提出しました。市民活動家やジャーナリスト、弁護士などに対して反政府武装勢力である新人民軍(NPA)と結び付ける『レッドタギング』の慣行をとりあげ、その扇動元になっているドゥテルテ政権時代に組織された『共産主義武装紛争終結全国タスクフォース』(NTF-ELCAC)を解散することや、平和的集会を開く権利の尊重など、数多くの勧告をフィリピン政府に提示しました」

 フィリピンの人権状況をモニターしている勅使川原香世子さん(国際人権監視NGO Stop the Attacks Campaign)は、砂糖生産で知られるフィリピン中部のネグロス島の状況について概説しました。
 「ネグロス島では19世紀からサトウキビ大農場(アシエンダ)が形成され、現在全国に26ある製糖工場のうち12工場が集中し、総生産量の64%にあたる砂糖を生産しています。アシエンダでは、農業労働者の仕事は、パッキャオと呼ばれる請負制がとられており、地主からの『報酬』は週に700~1,000ペソ(1,870~2,560円)に過ぎず、農業労働者の法定最低賃金453~550ペソ(日給)よりはるかに低いのです。サトウキビの収穫後から次の作付けまでの農閑期は、仕事がなく収入が途絶えるため、多くの労働者が飢餓や貧困に苦しむことから『死の季節』と呼ばれています。
 1988年に包括的農地改革法が制定され、大地主の農地分配が行われてきたものの、いまだに多数の農民が所有できていません。
そうしたなか、全国砂糖労働者連盟(NFSW)などが農業労働者の権利擁護に取り組んでいますが、国軍や警察が関係者を『レッドタギング』し、殺害や逮捕を強行しているという現状です」

 ネグロス島からの現地報告として、マイルス・アルビシンさんとカリーナ・メイ・デラ・セルナさんが自身の体験を報告しました。

マイルス・アルビシンさん
 アルビシンさんは、2017年にフィリピン大学セブ校を卒業し、セブ市のオルタナティブメディアの特派員となり、東ネグロス州マビナイ町の小作農コミュニティに入った2018年3月、5人の若いコミュニティ・オーガナイザーの仲間とともに国軍に逮捕されました。7年6ヵ月におよぶ勾留の後、2025年9月に証拠不十分でようやく無罪判決を受け、釈放されました。
 「ネグロスの砂糖キビ労働者は、著しく収入が低く、収穫がない時期は無収入で、清潔な水の供給からも取り残されています。私たちは、そうした問題の解決をサポートしようとして村に入りました。しかし、2018年3月3日午前2時頃、『10秒以内に投降しないと手りゅう弾を投げ込むぞ』という国軍の外からの叫び声で起こされ、全員逮捕されました。そのとき、何の容疑で逮捕されたのか伝えられませんでした。当時、私は21歳でした。他の5人も18歳から21歳までの若者でした。
 裁判所で銃火器および爆発物不法所持の容疑で起訴されたことを知らされました。私たちから押収したという銃火器と爆発物は多数におよびます。しかし私たち若者がそんなものを持ち運んでいたなど想像できるでしょうか。射撃残滓のパラフィンテストは全員陰性で、だれも銃を発砲していないことが証明されたのですが、拘置所では、私たちを新人民軍だとレッテルを貼り、高度危険人物とみなし、保釈請求も退けられました。
 私たちは拘置所内で多くの脅しを受けましたが、家族もずっと恐怖に晒されてきました。
 恐ろしいことに、国軍や政府が私たちのような若者や人権擁護者が新人民軍やテロリストだとラベリングすることで、大量逮捕、殺害、人権侵害のもっともらしい言い訳にしているのです。レッドタギングやテロリスト扱いは人を殺します。物理的に命を奪うだけでなく、私たちが主張している様々なアドボカシーを正当性のないものとしておとしめてしまうのです」

カリーナ・メイ・デラ・セルナさん
 セルナさんは、元農地改革擁護者全国ネットワーク青年部(NNARA-Youth)・事務局次長で、劇団「草刈鎌」のメンバーとして砂糖農園労働者の支援をしてきました。現在、全国人民弁護士連合ネグロス支部のパラリーガル・スタッフを務めています。2019年10月に逮捕され、2023年7月に無罪判決を受け、約4年の勾留後に釈放されました。
 「2019年10月、国軍と警察の合同部隊が、西ネグロス州バコロド市にあるバヤンムナ(左派系政党)、ガブリエラ(女性団体)、全国砂糖労働者連盟(NFSW)の3つの事務所に踏み込み、その場にいた57人が一斉に逮捕されました。逮捕されたのは、市民活動家、未成年者を含む劇団メンバー、労働組合員などです。うち46人は釈放されたものの、私と父を含む11人が勾留されました。母も一緒に逮捕されたのですが保釈されていました。
 私と父は、重火器不法所持の容疑をでっちあげられ、起訴されました。この起訴は2021年10月に取り消されたのですが、2020年5月と11月に私と父、母の3人が、今度は未成年者の人身取引容疑で起訴されたのです。検察は、未成年者を政府への武装闘争に利用する目的で、私たちが共謀して勧誘した、と主張したのです。しかし裁判所は、2025年7月24日、未成年者を武力紛争に利用する目的という重要な要件を検察が立証できなかったとして却下し、私たちはようやく釈放されました。
 拘置所では、配給される食事は貧しく、医療へのアクセスは乏しかったです。とりわけ、政治囚に対しては他の容疑者より厳しい扱いでした。全裸検査や体腔検査を含む、屈辱的な面会手続きも経験しました。
 私たちがなぜ標的にされたのかといえば、長年にわたりネグロスで社会変革のために最前線に立っていたことを理由に、『共産主義武装紛争終結全国タスクフォース』がレッドタギングを行い、改革をめざす運動を抑圧し、人々に恐怖を植え付けるためなのです。一刻も早く、フィリピン国内のすべての政治囚の容疑が晴れて解放されることを強く望みます」

【共催】
ヒューライツ大阪
国際環境NGO FoE Japan、
立教大学異文化コミュニケーション学部
国際人権監視NGO Stop the Attacks Campaign (SAC)