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国内避難民の人権に関するダマリー国連特別報告者による訪日調査報告書(2023)

ヒューライツ大阪は、『国内避難民の人権に関する国連特別報告者による訪日調査を活用する会』の依頼を受けて、国内避難民の人権に関する国連特別報告者のダマリー氏の訪日調査報告書(2023年)の全文翻訳を以下に掲載します。


みなさまへ

『国内避難民の人権に関する国連特別報告者』のセシリア・ヒメネス=ダマリーさんは、『福島第一原発事故』後の避難者の状況を調査するため2022年9月に公式に来日し、12日間にわたり政府や福島県の関係者、避難者、支援団体、研究者らと面談し、その報告書は2023年6月の国連人権理事会に提出されました。
セシリア・ヒメネス=ダマリーさんの丁寧で誠実な調査と報告書に心より感謝を申し上げます。

この訪日調査は、『国内避難民の人権に関する国連特別報告者による訪日調査を実現する会』(以下、『実現する会』)による地道な活動と多数の市民、団体、国会議員らからのご支援、ご協力により、ようやく実現することができました。
この『実現する会』の活動を承継したのが、『国内避難民の人権に関する国連特別報告者による訪日調査を活用する会』(以下、『活用する会』)です。
今回の翻訳作業は、『活用する会』が主体となって行いました。
翻訳作業においては、『はんげんぱつ新聞』編集部から多大なご協力をいただきました。
また、監修作業においては、数多くの専門家らに助言を求めました。
ご協力いただいたみなさまに、心より感謝申し上げます。

いまだ『福島第一原子力発電所事故』によって、避難を余儀なくされている避難者(『国内避難民』)が存在しています。
年初に起きた 能登半島地震で多数の被災者が生じているところ、避難者が観光シーズンを迎えた宿泊施設から退去したことや、被災者が避難せずに孤立した自宅に留まっていることなどの報道に接し、被災者の『国内避難民』としての権利が、十分に尊重されているのか、私たちは、不安を覚えています。
東日本大震災以降も、大規模な災害が頻発しています。だれもが『国内避難民』になる可能性がある中、あのときの教訓が生かされず、『国内避難民』の権利が十分に尊重されていない現状に忸怩たる思いです。

この日本語訳が、こうした『国内避難民』の権利救済に使われることを願っています。
そのような目的で使用される場合、誰でも、無償で、個別の承諾なしに利用することができます。
利用に際して、『国内避難民の人権に関する国連特別報告者による訪日調査を活用する会』が翻訳したものであることを明記し、適切にご活用いただければ幸いです。

最後に、この報告書翻訳について、丁寧に監修し、ホームページへの掲載を了解して頂いた『ヒューライツ大阪』に心より感謝いたします。

2024年3月13日
補訂:2024年4月24日


連絡先

『国内避難民の人権に関する国連特別報告者による訪日調査を活用する会』
代表世話人 田辺保雄
〒604-0804 京都市中京区堺町通竹屋町下ル絹屋町120番地


本報告書は国連公式サイトに掲載された文書 A/HRC/53/35/Add.1(註・こちら)の「国内避難民の人権に関する国連特別報告者による訪日調査を活用する会」による日本語訳(仮訳)です。
この文書には、一般になじみのない原子力専門用語等が多く含まれているため、本会の判断で訳注を入れることとしました。
本日本語仮訳の脚注は原文のままです。本日本語仮訳作成時点において、脚注の一部リンクが切れています。


***************************************

国連特別報告者の訪日調査報告書(2023) 「活用する会」(補訂:2024年4月24日).pdf

国連総会

A/HRC/53/35/Add.1
配布分類:一般
2023 年 5 月 24 日
原文:英語

人権理事会
第53会期
2023年6月19日~7月14日
議題 3
発展の権利を含む、すべての人権、
市民的、政治的、経済的、社会的及び文化的権利の
促進と保護

 

日本への訪問

国内避難民の人権に関する特別報告者セシリア・ヒメネス-ダマリーによる
調査報告書
 *, **

【要約】
国内避難民の人権に関する特別報告者は、2022年9月26日から10月7日まで日本を訪問した。
2011 年 3 月の『東日本大震災』(以下、本震災という)と津波に続く『福島第一原子力発電所事故』(以下、『福島原発事故』という)は、47万人以上が避難を余儀なくされた、この国の歴史の中で前例のない壊滅的な出来事だった。 その後、避難民の大多数は帰郷または再定住したが、原子力災害により避難した数万人もの人々は、放射線とその健康への不確実な長期的影響への恐怖、そして基本的な公共サービスへのアクセスへの懸念により、依然として不確実な将来に直面している。
特別報告者は、日本政府の災害への迅速な対応と、緊急保護と支援、避難民への賠償と救済を確実にするための具体的な措置を講じたことを称賛する一方、公的な避難指示を受けた避難者と、自らの意思で避難を選択した避難者との待遇の違いに懸念を示す。特別報告者は、避難民が人権を実現する際に直面する課題を明らかにし、それらに対処するための勧告を行う。

脚注

* 報告書の要約はすべての公用語で配布される。 報告書本文は本要約に付属されており、提出された言語のみで配布される。

** 提出者の責を超えた事情により、本報告書を標準発行日以降に発行することで合意に達した。

 

付属文書

国内避難民の人権に関する特別報告者セシリア・ヒメネス-ダマリーによる
訪日調査報告書

I.はじめに

1. 国内避難民の人権に関する特別報告者は、2022年9月26日から10月7日まで日本を訪問した。その間、特別報告者は東京でヒアリングを実施し、福島県、広島県、京都府を訪問した。 この訪問の目的は、2011年の東日本大震災と津波に続く『福島第一原発事故』による国内避難民-日本では一般的に「避難者」と称される-の人権状況を評価することであった。

2.特別報告者は、外務省、法務省、文部科学省、環境省、復興庁、資源エネルギー庁、内閣府の代表者、また、数名の国会議員、福島県、京都府、広島県の各県府当局、会津若松市、大熊町、双葉町、いわき市、京都市の市町当局者と会談した。さらに2011年に災害対応を担当した元政府高官らとも会談した。

3.特別報告者は、国内避難民や福島のコミュニティと対話し、災害、国内避難民、健康と環境への懸念、人権問題に関する専門知識を持つ市民団体、人権活動家、弁護士、フリーランスライター、学識経験者と会った。

4.本報告書は公表前に日本政府と共有されており、政府の回答は別途公表されている。[1]

5.特別報告者は、日本政府の招待や訪問前および訪問中の任務への協力、国際的な精査を受け入れたことに感謝し、また、有意義な対話に積極的に協力してくれた県および市職員にも感謝する。さらに市民団体、弁護士、学者、活動家の受け入れ協力と貢献、東京に受け入れてくれた国連大学、そして何よりも感動的な証言をしてくれた国内避難民と原子力災害の被害者に感謝の意を表する。

II.避難の状況と背景

6.2011年3月11日、日本の太平洋岸沖で発生したマグニチュード9.0の地震は、最大40mの津波を引き起こしたことに加え、陸上にも重大な破壊をもたらした。 2万人以上が死亡・行方不明となり、100万棟以上の建物が全半壊した。

7.津波は『福島第一原子力発電所』(以下、『福島第一原発』という)での原子力事故を引き起こしたが、そこでは緊急時への備えと減災対策が本震災に相当する規模での災害の可能性を考慮していなかった。 そのため14mもの高さの津波が原発の防潮堤を越え、タービン建屋に浸水し、停電につながった。発電所内での一連のメルトダウン(訳注:炉心溶融)と水素爆発により、複数の放射性物質が放出された。[2]

8.2011年3月11日、日本政府は『原子力緊急事態』を宣言し、正式に緊急対応措置を発動し、各自治体当局に状況を住民に知らせることを義務付けた。 これにより、同日夜遅くに最初の一連の避難指示が発令された。

A.強制避難区域の決定

9.事故当時の日本の『原子力安全委員会』ガイドラインでは防災対策を重点的に充実すべき地域して半径10kmが規定されていたが、国際原子力機関の一般的なガイドラインと、より広い避難区域では交通渋滞が発生し、災害現場に最も近い人々が適時に避難できなくなる可能性があるという事実に基づいて、当初は半径3kmが指示された。[3] この段階では調整不足により避難指示に矛盾が生じ、国が半径3km以内の避難を指示する数十分前に(訳注・県指示は20時50分、政府指示は21時23分)、県当局が半径 2 km以内の避難を指示していた。[4] 当初、原発から3~10kmの範囲の住民には屋内退避が指示されていたが、3月12日朝に避難指示に修正された。さらに、その日のうちに避難指示は半径20kmに拡大された。3月15日には、半径20~30 km以内の住民は屋内退避を指示された。[5] 10日後、住民は「自主的避難」を開始するよう勧告された。 4月22日には、高レベルの放射線が検出されたため、川俣町、飯舘村、南相馬市の一部を含む、原発から30km以上、最大50km離れた地域の住民が「強制的」避難を指示された。[6]

10.『東京電力福島原子力発電所事故調査委員会』(訳注:以下、『国会事故調』という)が指摘したように、日本政府は、一般的なガイドラインを使用するのではなく、『緊急時迅速放射能影響予測ネットワークシステム』(以下『SPEEDI』という)を利用して、放射性物質拡散予測に基づいて避難区域を定めることもできたはずである。[7] 本来、排出量を予測して『SPEEDI』を使用することができたはずだが、『SPEEDI』が依拠する原子炉からの排出量データを収集するシステムが損傷したため、結果として、『SPEEDI』は災害直後には使用されなかった。[8] 『国会事故調』は、初期避難における半径3kmの決定は専門家の指導によるものだったが、半径10km圏内と20km圏内の避難は「いかなる具体的な計算や合理的な根拠にもとづいて決定されたものではない」とした。[9]

11.避難計画に科学的データを活用しなかったことは、重大な影響を及ぼした。強制避難区域は、放射線リスクが最も高い地域と必ずしも一致しなかった。一部の比較的安全な地域の住民には避難指示が出されたが、[10] 放射線量がより高い地域の住民には避難指示が適時に出されず伝えられなかった。[11] 避難指示には放射能の流れを避けるための避難のタイミングや方向に関する詳細が欠けており、一部の住民は比較的放射線量の低い地域から放射線量の高い地域へ、または放射線量の高い地域を通って「避難」することになった。[12]

B.公開情報の制限

12.災害の規模と深刻さ、避難指示の範囲とその根拠についての情報は、効果的に伝達されなかった。無線回線の不足と通信インフラの損傷により、部分的には福島県当局の制御出来る範囲を超えていた。[13] 当局は、国の『原子力緊急事態対応マニュアル』で義務付けられているように、影響を受けた各自治体に自ら避難指示を伝達するのではなく、影響を受けた自治体に情報を伝えるためにマスメディアに頼った。 その結果、市当局は住民と同時にその指示を知り、避難指示を出す指示を受けなかった。[14]

13.独立調査委員会(訳注:『国会事故調』)は、日本政府はパニックを最小限に抑えようとして長期的なリスクを差し置き、『福島原発事故』災害は住民の健康に「直ちに危険はない」と強調することで、被害の程度を軽視したと結論づけた(訳注:『国会事故調』の英語版には、no immediate dangerと表記されている)。避難や屋内退避の指示は、重要な措置というよりも、念のための注意と位置づけられた。[15]

14.『福島第一原発』に最も近い5つの町の住民の推定80%は、放射線リスクを含め、何が起こったのか説明もされずに避難指示を受けた。[16] 避難指示を受けた住民らは避難や屋内待機の指示がどのくらい続くのかについて知らされておらず、その結果、避難のために充分な準備ができなかった。[17] 『SPEEDI』 は放射線の拡散をモデル化するために、さかのぼって使用されたが、一部のデータが一般に公開されたのは 事故発生から12日後、全ての結果は1か月後に公表された。[18]

C.「自主的」避難と「強制的」避難

15.政府調査によれば、避難区域の決定は厳密には科学的なプロセスではなく、放射線の危険があるすべての地域を網羅しているわけでもない。事故に関する詳細な情報の提供に政府が消極的、時には矛盾したメッセージを発したことで住民の信頼は損なわれた。その後の調査で重要な情報が隠蔽されたり軽視されたりしていたことが明らかになり、信頼はさらに低下した。したがって、多くの住民は、無計画かつ遅滞した公式の避難指示を待つのではなく、避難について自分自身で決定しなければならなかった。[19]

16.『国内避難民に関する指導原則』は、国内避難民を「自然災害または人為的災害の結果として、またはこれらの影響を避けるために、自らの住居または常居所地から避難すること、もしくは離れることを強制され、もしくは余儀なくされた個人又は個人の集団で、国際的に認知された国境を超えていないもの」と定義している。この定義によれば、いまだ避難指示が出ている区域からの避難者、避難指示解除区域からの避難者、原子力災害を避けるために指示なくして避難した避難者はいずれも国内避難民であり、その権利に区別はない。懸念されるのは、災害以来数年の間に、「強制的」避難者と「自主的」避難者との間の恣意的な区別が、国内避難民に対する支援と保護の差別的な提供を招いていることである。政府は、この2つの避難者グループの間に公式な区別が存在するという見解に異議を唱えているが、それは避難者の市民的地位に関する限りその通りかもしれない。しかし、賠償や支援期間に関する政府の政策は一貫して、「自主的」避難者よりも避難指示を受けた人々に対して手厚いものである。

17.津波、地震、原発のメルトダウンにより約47万人の住民が国内避難民となった。[20] 復興庁の推計では、原発事故の影響を避けるために15万4000~16万5000人が避難し、このうち10万9000人が避難指示により避難した。[21] 「自主的」避難者の数は2万5000人から3万6000人[22] と推定されている。 2022年12月の時点で、少なくとも 3万1000人の住民が三重災害(訳注:地震、津波、放射能災害)により依然として国内避難民となっている。[23]

Ⅲ. 法的枠組み

A.国際人権法

18.日本政府は中核となる人権条約を批准している。『福島原発事故』による避難者は全員、国内避難民に対する関係当局の責任を概説した『国内避難民に関する指導原則』に基づく国内避難民の定義を満たしている。『国内避難民のための持続的な解決策に関する枠組み』(訳注:Framework on Durable Solutions for Internally Displaced Persons (A/HRC/13/21/Add.4))は、持続的な解決策を達成するために必要なプロセスと条件に関する政策指針を提供している。

B.国内災害法制

19.『災害対策基本法』[24] は、国、都道府県、市町村の役割、予防と準備、緊急対応、避難、復興を含む災害のあらゆる段階における対策を示している。当局は被災者と協議し、想定される災害の状況と取るべき措置に関する十分な情報を提供し、避難民のための宿泊施設を確保し、災害復旧事業や被災者への特別補助金に資金を提供すべきである。

20.『原子力損害の賠償に関する法律』[25] は、原子力事業者が原子力災害から生じるすべての損害に対して責任を負うことを定めている。 「異常に巨大な天災地変」の場合には免除規定が設けられているが、日本政府は『福島原発事故』の状況がその基準を満たしていないと判断し、免除を発動しないよう『東京電力ホールディングス』(以下、『東京電力』という)に言い渡した。[26] 従って原子力事業者の賠償責任には上限はない。 同法は、紛争を調停し、賠償に関するガイドラインを確立するための委員会の設置を規定している。 原子力事業者は賠償請求をカバーするために資金を割りふらなければならず、それが枯渇した場合には政府は不足分を補う義務がある。

C.福島に対応した特別法

21.『東日本大震災復興基本法』[27] は、女性、子ども、障害者を含むすべての被災者の意見を尊重しつつ、その復興に重点を置いて復興を進めるべき原則を定めている。

22.『福島復興再生特別措置法』[28] には、避難者に対する公的住宅への優先入居に関する規定が含まれているが、その対象は、避難指示区域に震災発生以前から居住していた人に限定されている。同法は当局に対し、県内の健康管理調査、放射線量の測定、除染の実施を義務付けている。また、さまざまな産業の発展と活性化のための方法についても定めている。

23.『子ども・被災者支援法』(正式名称:『東京電力原子力事故により被災した子どもをはじめとする住民等の生活を守り支えるための被災者の生活支援に関する施策の推進に関する法律』)[29] では、避難指示を受けた人だけでなく、放射線レベルは上昇したが避難指示を発令するほどではない地域の住民も含めて「被災者」を包括的に定義している。重要なことは、同法が、被災者が地域での居住、帰還、他地域に移住するかを自発的に選択できるように支援策が実施されなければならないこと、本人の選択に関係なく適切な支援が提供されることを保障することを定めていることである。被害者が帰還するか他の場所に定住するかに関係なく、同法は政府に対し、被害者が住居、教育、雇用、公共サービスにアクセスできることを保障することを義務付けている。放射線の危険にさらされている人々は、医療、食品検査、心理社会的サポートを含むさらなる支援を受けるべきであり、「自発的」帰還者は住居や仕事を見つけるために支援されるべきである。被災者生活支援策は必要とされる限り継続すべきであり、同法には適用期限はない。政府には支援計画の策定も含み、「被災地の住民の意見を反映させるために必要な措置を講じる」ことが義務付けられている。

IV.国の対応

A.緊急支援

24.災害後、政府は全国の公共施設と政府が借り上げたホテルに数千箇所の避難所を設置した。しかし、これらの避難所には電力や水道を含む必需品が不足しており、ジェンダーに配慮した設計ではなく、子ども、高齢者、障害者などの特定グループのニーズに対応するものではなかった。放射能の拡散に関する情報が増えるにつれ、避難者は何度も避難所を変えなければならなかった。[30]

25. 政府がより長期間使用可能な住宅に重点を置いたため、1年以内にほとんどの避難所が閉鎖された。約5万3000戸のプレハブ仮設住宅が避難者のために建設されたが、[31] 国内避難民のニーズや好みに対する適合性はさまざまだった。仮設住宅は、公共サービスと生計手段へのアクセスを備えた都市部に建設されたものもあれば、より遠隔地に建設されたものもあった。[32] 避難者をより力づけた政策は、避難者が選んだ民間住宅約6万8000件と政府(訳注:実際には福島県)が賃貸契約したことであった。[33] 公務員住宅や低所得者住宅を含む公的住宅は、全国各地に避難している避難者に提供され、また無償で提供される場合もあった[34] (訳注:『災害救助法』が適用されている間のみ無償だった)。政府は福島県を通じて、避難者が「自主的」「強制的」かの区別なく、避難者には住宅を提供した。しかし後に、この区別が提供された支援を決定づけることになった(訳注:2017年3月で「自主的」避難者への住宅無償提供は中止になった。その理由として福島県知事は「『災害救助法』の応急救助の時期は終了した」と語った。それ以降は区別されることとなった)。

26.日本の地方自治体は医療、住宅支援、福祉、教育、その他の不可欠なサービスを提供する責任を負っているが、通常は管轄区域に住民として登録されている住民にのみ提供している。『避難住民に係る事務処理の特例及び住所移転者に係る措置に関する法律』[35] は、国内避難民を受け入れている地方自治体が、公的に避難元住民として登録されている国内避難民に対してこれらの公共サービスを提供する手続きを円滑化するための積極的な措置であった。しかし、避難者が受けられる公共サービスは避難先の都道府県や市区町村によって異なった。

27.日本政府は、2012年9月までに被災者を雇用した中小企業に奨励金を支給し、短期プロジェクトに被災者を雇用した地方自治体には補助金を支給した。 これらの措置は、納税を含む避難者の行政に対する負担を軽減する措置によって補完された。[36] 政府は、災害の影響で職場が機能しなくなった避難者に失業手当を支給することを承認し、避難者の失業手当の受給資格を延長した。

B.賠償と救済

1.直接賠償

28.災害直後、『東京電力』は国内避難民への仮払補償金の支払いを開始したが、対象は「強制的」避難者のみであった。[37] 当初は全世帯に100万円(単身世帯は75万円)を支給し、後には避難状況に応じて1人当たり10万~30万円を支給した。[38] 賠償を迅速化するために、政府は『東京電力』に代わって仮払いを行い、被害者の賠償請求権を取得して『東京電力』に償還を請求した。[39]

29.文部科学省に『原子力損害賠償紛争審査会』が設置された。どの損失を賠償すべきか、また賠償のレベルを決定するための中間指針を作成した(訳注:最初の中間指針は2011年8月5日に公表されている)。[40] 賠償される損失には、放射線被ばく状況把握のための健康診断、避難および自主帰還費用(引っ越し費用を含む)、傷害または死亡、精神的苦痛、労働能力の喪失、事業および資産への損害および価値の損失が含まれる。指針の初期版は「強制的」避難者のみに適用されていたが、2011年12月に発表された中間指針の最初の追補(訳注:『自主的避難者に係る損害について』のもの)では、賠償の対象を「自主的」避難者にも拡大した。 しかし、その賠償額はそれほど手厚くはなかった。

30.中間指針の第2次追補では、「強制的」避難者への「精神的苦痛」に対する賠償基準額は、避難指示が解除されるまで月額10万円と定められた。空間線量率から推定した年間累積線量が20ミリシーベルトを超え50ミリシーベルト未満の「居住制限区域」の住民は、2年間の避難期間をカバーする一時金240万円を選択できた。上記線量率が50ミリシーベルトを超えた「帰還困難区域」の住民には当初、5年間の避難期間に相当する一時金600万円が支給された。中間指針の第4次追補(訳注:避難指示の長期化等に係る損害についてのもの)では、「帰還困難区域」からの「強制的」避難者に700万円が追加支給された。[41] さらに、「強制的」避難者は、移転に関連した費用の賠償を別途請求することもできた。

31.「自主的」避難者のうち、子どもと妊婦は、2011年末までの期間を対象として、一時金40万円の支給対象となった。他のすべての「自主的」避難者には、この期間中、精神的苦痛と避難関連費用の両方をカバーする8万円の一時金支給の資格が与えられた。2012年1月以降、妊婦と子どもは引き続きケースバイケースで損害賠償請求できるようになった。[42]

32.2022年12月、『原子力損害賠償紛争審査会』は、避難者の精神的損害を認識し、避難者に追加の賠償を提供する中間指針の第5次追補を発行した。しかし、「強制的」避難者に対する賠償の方が大きいことに変わりはなかった。[43]

33.「強制的」避難者は本調査当時、いくつかのカテゴリーの賠償を受ける資格がある。「生業の喪失・変容による精神的苦痛」に対する慰謝料は、「帰還困難区域」の住民に700万円、「居住制限区域」「避難指示解除準備区域」(いずれも空間線量率から推定した年間累積放射線量が20ミリシーベルト未満であることが確認された地域)の住民に250万円、「緊急時避難準備区域」(避難指示は出たが放射線量が大幅に上昇しなかった原発から20kmから30kmの範囲の地域)の場合は50万円が支給される。事故当時、『福島第一原発』から20km以内、または『福島第二原子力発電所』(以下、『福島第二原発』から10km以内にいた「強制的」避難者には、「厳しい避難環境による精神的苦痛」として30万円が支給される。『福島第二原発』から8~10km以上で『福島第一原発』から20km圏外では15万円の支給を受けることができた。「放射線量が相当な地域に一定期間滞在したことによる健康不安による精神的苦痛」を理由として「強制的」避難者には30万円、事故当時妊娠中や子どもだった人たちには60万円に増額して支給される。「強制的」避難者は、特定の状況に基づいて賠償金の増額を請求することもできた。

34.対照的に、中間指針の最新改訂版(第5次追補)は、「自主的」避難者が賠償を請求する根拠を1つのみ認めている。「自主的」避難者には一時金20万円が支給されるが、それまでの追補を含む中間指針により8万円の支給を受けていた場合、追加で差額の12万円しか請求できない。依然として特定の状況に基づいて増額要求する余地はない。

2.裁判外紛争解決手続(訳注:原子力賠償紛争解決センターによる手続き『ADR』を指す)

35.『東京電力』の限られた賠償基準の下では困難であると考えられる賠償請求や、『東京電力』の支払いに満足していない、あるいは『東京電力』と関わりを持つことを望まない人々には裁判外紛争解決が選ばれてきた。和解仲介者(訳注:『原子力損害賠償紛争解決センター』)は合意に達するまで何度も話し合い、双方へ提案を行う。[44] 『原子力損害賠償紛争審査会』(訳注:以下、『原賠審』)の指針と和解仲介者内部の「総括基準」の両方に基づいて、仲介者が行う柔軟で追加的な判断は、「自主的」避難者や、『原賠審』の指針ではカバーされない損害の認識を主張することができる人々が直面する『原賠審』賠償との格差を減らすことができるため、前向きな一歩である。[45]

3.訴訟

36.『東京電力』への直接請求や裁判外紛争解決とは異なり、裁判所は原告適格基準や所定の賠償上限を定めていない。さらに、『原賠審』の中間指針でカバーされていない損害についての申し立ても受け付けており、集団的な告訴や国内避難民のための刑事責任の追及にも対応している。 訴訟は『東京電力』の同意を必要としないため、裁判所が、より独立し公平であると信じている国内避難民に選択されている。

37.法務省は、原発事故関連の賠償訴訟が約 30 件進行中である(訳注:本調査当時)と報告している。国内避難民は原子力事故関連の損害賠償に関する法律や民法、憲法に基づいて訴訟を起こしている。[46] 国内避難民の原告団は、避難地域ごとに組織され、集団訴訟を起こしており、その原告数は数十人から数千人に及ぶことが多い。 特別報告者が面会した国内避難民の原告団(訳注:実際は、避難者以外の原発事故被害者たちと共に結成)は、集団訴訟は政府、『東京電力』、またはその両方を被告にしており、民事上の損害賠償、刑事責任、株主に対する金銭的責任など、さまざまな目的を持って(訳注:それぞれ原告団を結成して)政府および/または『東京電力』を訴えていると説明した。

38.多くの裁判は、2002 年に政府も関与した評価(訳注:『地震調査研究推進本部』以下、『推本すいほん』(すいほん)による評価)で福島県の海岸に地震による津波の可能性が予測されていたことを踏まえ、政府は災害を予見でき、『東京電力』に対策を講じるよう命じることができたと主張し、政府の責任を立証しようとしている。政府の責任について下級審の意見は分かれていた。2022月、最高裁判所は4件の訴訟で政府は責任を負わないとの判決を下した。この判決は、政府の責任を問う今後の取り組みに影響を与える可能性が高い。

39.『東京電力』経営陣に対する民事訴訟と刑事訴訟は、さまざまな影響を及ぼした。『東京電力』の株主らが、同社経営陣に対して起こした訴訟では、被告取締役らに対し、『東京電力』に13兆円を賠償するよう求める判決が出た(訳注:『株主代表訴訟』)。 同社の経営陣に対して起こされた刑事訴訟では、起訴された取締役等に無罪判決が下され、最高裁判所によって支持された(訳注:実際には、高等裁判所の判決である)。 しかし、これまで同社は裁判所によって一貫して責任があると認められてきた。一般に直接賠償や裁判外紛争解決に比べて避難者への賠償額は大きく、『原賠審』の指針の上方修正につながった。 第5次追補は、明らかに「集団訴訟の最高裁判決」に基づいている。[47]

40.いくつかの裁判では、「強制的」避難者と「自主的」避難者の間の、恣意的な区別に異議が唱えられている。 京都訴訟では、裁判官が、低線量放射線の不確実な影響を考慮すると「自主的」避難が合理的であると認め、「強制的」と「自主的」の混合原告グループに損害賠償を命じた。[48] しかし、他の集団訴訟では、裁判官が「強制的」避難者の原告に対し、より大きな損害賠償を命じている。[49]

C.復旧・復興

41.復興の調整は、他省庁からの出向職員が配置されて数年ごとに交代している復興庁の権限に属している。国内避難民と市民社会は、同庁の職員は在職期間が短く、頻繁に交替することは、彼らの責務上問題であると報告している。

42.2022年12月の時点で570 km の道路が修復され、大量輸送機関の接続は回復した。 原発事故の影響を受けた12の自治体の農業生産高は、災害前の水準の43%をわずかに下回っている。福島の漁業は、災害前の水準の最大20%まで回復したと伝えられている。県は県産品の風評被害対策キャンペーンを実施し、その結果、福島県産品と全国平均との価格差は縮小した。[50] 復興庁は、医療、教育、公共サービスへのアクセスを確保するにはさらなる努力が必要であることを認識している。 これは各県および各市当局も同様の意見だった。

43.復興の取り組みには、福島県の新産業の拠点が含まれる。『福島イノベーション・コースト構想』は、災害に関する最先端の博物館と、廃炉、ロボットやドローン、エネルギー、環境、リサイクル、航空宇宙、医療、農林漁業の「最先端技術」に関する研究開発施設で構成されている。 これに、新たな科学技術産業の育成を目的とした応用研究開発・産業化・人材育成拠点『福島国際研究教育機構』(訳注:『F-REI』)が加わる。

D.復興を超えて進む:権利に基づくアプローチの必要性

44.2014年以来、政府は 3つの基準に基づいて避難指示を解除している。(a)空間線量率に基づいて推定された年間累積線量が 20ミリシーベルトを超えない。(b)インフラと必須公共サービスが当該地域で再建されている。(c) 政府、県、市町村、住民の間で協議が行われている。[51] これらの基準とその実施には、いくつかの側面で問題がある。

45.『国際放射線防護委員会』(訳注・略称『ICRP』)のガイドラインによると「通常の計画的被ばく状況」の年間20 ミリシーベルトの基準は、原子力発電所の作業員など、職業的に放射線に被ばくする成人にのみ適用される。一般公衆に対し勧告されている年間最大放射線量(訳注:年間線量限度)は1ミリシーベルトであり、[52] これは日本の法律に基づく民間人の限度でもあるにもかかわらず、災害の影響を受けていない地域にしか適用されていない。[53] 多くの人がこの基準を一般公衆、特に放射線の影響を受けやすい子どもたちに適用することに反対している。

46.日本政府は、福島の状況は依然として「緊急時被ばく状況」にあると主張している。その状況下では『国際放射線防護委員会』による2007年のガイドラインの参考レベル20~ 100 ミリシーベルトが許容される。[54] 政府は特別報告者に対し、避難指示が解除される地域の最大被ばく値として緊急時被ばく状況の最も低いレベルが、細心の注意を払って選択されたと伝えた。しかし、大規模な原子力事故が発生した場合の放射線防護に関する『国際放射線防護委員会』の最新のガイダンスによれば、「現存被ばく状況」[55] における被ばく基準は、一般人の立ち入りが禁止されている限定地域のみ「年間20ミリシーベルトか、それ以下」となっている。[56] 防護措置が実施されている公共エリアの場合、参考レベルは「年間1~ 20 ミリシーベルトの下方」である(訳注:日本政府は参考レベルを設定していない)。[57]

47.2番目の基準に関して、特別報告者は、2020年以降、避難指示が部分的に解除された双葉町では学校や病院が存在しないと報告を受けたが、そのような重要な公共サービスの再開は避難指示の解除に先立って行われる予定であった。これらの公共サービスが実施されないまま、他の地域にも避難指示が解除された可能性も考えられる。最後に、多くの国内避難民は、避難指示の解除に関する「協議」において、国内避難民当事者に対して政府から同意を求められたり、避難民がプロセス形成に関与できたりするものではなく、当局が避難指示を解除するためにあらかじめ用意した計画を関係者に通知することがほとんどであったと報告した。

48.避難指示の解除は避難民への支援の停止と結びついているという問題がある。 中間指針では、「避難指示の解除等から相当の期間」が経過した場合には、精神的苦痛や避難関連費用については、それ以上の賠償は行わないとしていて、[58] 第4次追補では、この「合理的な期間」が基準として1年とされている[59] (訳注:『原賠審』第4次追補には1年を「当面の目安」と規定していた。また「個別の事情も踏まえ柔軟に判断」の規定もあった)。したがって、「強制的」避難者は、出身地域の避難指示解除から1年後に福島県からの住宅補助を失うことになる。「自主的」避難者は、2017年3月にこの支援を失った。一方、帰還者には経済的奨励金がある。福島県は特別報告者に対し、帰還者には住居費として5万~10万円が支給されると伝えた。『国内避難民に関する指導原則』では国内避難民は避難元地域に戻るか、他の場所に定住するかを自発的に選択できなければならないと明記されており、『国内避難民のための持続的な解決策に関する枠組み』では、「特定の選択を条件とした支援を行う」や「支援を終了するまでの任意の期限を設定する」などの暗黙の強制なく、この選択は強制されることなく行われなければならないと明記されている。[60] 特別報告者は、帰還民への支援を継続しながら避難民への支援を打ち切る政策は、そのような強制に当たる可能性があると考えている。

49.帰還を望まない国内避難民への支援を犠牲にして、復興努力へ資金提供されているようだ。福島県は特別報告者に対し、県外避難者に対する住宅支援は費用負担が耐えられなくなったため、財政的に中止する必要があると告げた。しかし、国内避難民や福島住民との関連性が不明確なプロジェクトに対して多額の投資が続けられている。『福島イノベーション・コースト構想』には年間100億円もの費用がかかると見積もられているが、[61] 災害前の主な経済部門が農業や漁業であったことを考えると、多くの専門家は国内避難民や福島県民がこの知識経済プロジェクトから恩恵を受けられるか懐疑的である。しかし政府は、このプロジェクトが、原発事故以前に福島の原子力産業に従事していた人々に利益をもたらす可能性があるとしている。一部の自治体当局者は特別報告者がこのプロジェクトのことを質問しても知らなかった。また、ある調査では県民の83.4%が『福島イノベーション・コースト構想』が何かを知らないことが判明した。[62]

50.復興政策は、福島県の帰還者や被災住民を対象とすることから、新たな住民の誘致へと進展した。「移住・定住の促進」は、いまや復興庁の明確な目標となった。[63] 2019年改定の『東日本大震災からの復興の基本方針』では「住民の意向を考慮すると、住民の帰還促進だけでは地域の復興・活性化を達成することは困難」であることを認め「このため住民が帰還できる環境の整備に加え、移住の促進などの措置を講じる」としている。[64] 2021年の基本方針の改定では、「復興と風評払拭に向けた継続的な努力に加え、新たな住民の移住と定住を促進し、交流人口を拡大する」必要性がうたわれている。[65]

51.日本政府は、福島からの避難民の相当数が帰還を望んでいない事実を正確に認めている。特別報告者は、県内の人口再増加に焦点を当てるのではなく、帰還を望まない国内避難民が県外で持続的な解決策を達成できる一方で、県民と県への帰還者が最大限の人権を享受できるようにする措置を優先することを勧告する。被災者に対する損害賠償が実現すれば、新たな県民誘致策も適切になるかもしれない。これには、国内避難民が直面している現在進行中の人権課題に対処するための積極的な措置を含む、権利に基づく回復へのアプローチが必要だ。

V. 『福島原発事故』による国内避難民に影響を与える人権課題に対処するための勧告

A.情報への権利

52.災害発生当初、『SPEEDI』による放出データが公表されなかったこと、避難区域を正当化する裏付け情報の不足、状況の深刻さを軽視しようとする試みにより、住民が十分な情報に基づいて避難に関する判断をすることを妨げ、放射線に関する政府情報に対する信頼が損なわれた。災害以来、放射線リスクを軽視する政策は、2012年の『福島復興再生特別措置法』をはじめとする法律でさらに具体化された。その中で、「放出された放射性物質による汚染のおそれに起因する健康上の不安を解消するため」放射線に関する市民の理解を深めるための必要な措置が講じられると明記されている(訳注:『福島復興再生特別措置法』第57条)。 環境省は福島県において、放射線被ばくが将来世代の健康に影響を与えると信じる県民の割合を半減することを目標としたプロジェクトを実施している。[66]

53.福島県内全域の空間放射線モニタリングポストは、オンラインでリアルタイムデータを提供している。自治体によっては、放射線に関する説明会を開催しているところもあれば、避難中の住民を含むすべての住民に放射線量に関する報告書を送るところもある。しかし、一部の国内避難民は、土壌放射線と再汚染のリスクに関するさらなる情報を求めており、モニタリングポストは放射線が最も高い地域に設置されておらず、空間線量率を測定しているにすぎないと指摘した。モニタリングポストは機器のすぐ近くの放射線量のみを反映し、その周囲の放射線量は異なる可能性がある。[67]

54.民間の放射線監視者の努力を認識し、協力する方法を見つけることは、市民の信頼を再構築するのに役立つ可能性がある。心配する母親たちが独学で、かつ、寄付金によって運営している、土壌、水、食品の放射能(訳注:あるいは放射性物質)検査、健康診断の実施、放射線に関する情報の公開を行う研究所(訳注:いわゆる市民放射能測定所)に、特別報告者は感銘を受けた。

55.特別報告者は、放射線について住民を安心させるために取捨選択した情報ではなく、中立的な科学情報を提供する一方で、空間放射線レベルの監視とその公表の慣行を継続し、これを土壌の放射線に拡大することを、日本政府に対して勧告する。市民の信頼を回復するために、政府は市民の懸念に耳を傾けて対応し、フィードバックに基づいて情報提供を調整する努力をする必要がある。

B.国内避難民の参加する権利

56.指針や賠償の資格を決定する際に、避難者は『原子力損害賠償紛争審査会』の委員に選任されることも、避難民が参加して協議されることもなかった。適切な協議は避難指示を解除するための3つある基準のうちの1つであるが、多くの国内避難民は単に情報を与えられただけで、決定に異議を唱える機会はなかったと報告した。影響を受けるコミュニティの参加は、多くの場合、間接的だ。『福島復興再生特別措置法』は「多様な住民の意見を尊重しつつ」、「福島が直面する緊要な課題」を「解決する」ことの必要性を強調しているが、その具体的な進め方は記載されておらず、必要とされるのは国、県、市等、当局間の協議のみである。復興庁は特別報告者に対し、復興庁の行っている復興支援に対する避難者からの直接のフィードバックは、避難者が生活支援拠点に自ら連絡した場合に限り、その場で収集されるだけであると伝えた。これらの生活支援拠点の主な目的は避難者に支援の紹介をすることで、復興庁の支援活動について避難者が意見を述べることは、時々ある程度である。

57.社会的緊張と差別により、国内避難民は、現在も避難しているか帰還したかを問わず、社会に参加することが困難になっている。避難者は放射能の拡散者としての汚名を着せられ、損害賠償に関し、事実に基づかないものも含む恨みを買った。「自主的」避難者は不義で、健康上の懸念について過度に偏執的であり、賠償に貪欲であると非難された。また、「強制的」避難者と「自主的」避難者の間には、受け取った支援や賠償のレベルの違いを巡って緊張が生じている。政府は、これらの緊張に対処する取り組みに関する詳細な情報を提供しなかった。国内避難民の中には、帰還は安全で避難は個人の選択の問題であると主張する政府の政策が、自らの孤立を招いていると感じている人もいる。一部の避難者団体は、地域社会間の関係を築くために、「強制的」および「自主的」国内避難民の両方と定期的に公開イベントを開催していたが、避難者団体に対する政府の支援が終了したため、それらは2017年に終わった。

58.国内避難民や被災自治体の住民を巻き込む取り組みは、単にあらかじめ用意された計画を通知するだけでは済まない。 特別報告者は、交差的な(訳注:複合的で多様な状態。原文ではintersectionalと表記されている)国内避難民と直接協議し、彼らのフィードバックに基づいて支援、賠償、再建、持続的な解決策へのアプローチを修正することを勧告する。政府は、国内避難民の受け入れコミュニティへの社会統合や出身コミュニティへの社会再統合を促進するために一層の努力をし、これらの問題に取り組んでいる避難者団体への支援の回復などを通じて、社会的緊張や紛争に積極的に対処すべきである。

59.国内避難民が避難元自治体(訳注:住民票登録地)で投票するか他の居住地域で投票するかの自由な選択を可能にする日本の政治参加制度は、国内避難民の選挙権剥奪を回避する優れた制度である。特別報告者は、現在も避難中で、出身地の選挙区に投票する国内避難民に対して、特に高齢者にとっては非常に困難であるとの報告がある不在者投票の手続きを簡素化するよう勧告する。

C.救済を受ける権利

60.『東京電力』の直接賠償の対象となる人の範囲は狭く、「自主的」避難者と「強制的」避難者に対する扱いは差別的である。多くの国内避難民は、申請プロセスが複雑で面倒だと述べている。一部の地方自治体当局は特別報告者に対し、『東京電力』から賠償金を得るプロセスが非常に困難であるため、申請を支援する弁護士のために公的資金が確保されていると報告した。また、病院は記録を5年以上保管していないため、避難者にとって、特に健康関連の請求の裏付けとなる文書を収集することも困難だ。『東京電力』が原子力災害の損害賠償責任を負っている主体であることを考えると、利益相反の可能性もある。[68]

61.『東京電力』による直接賠償と同様に、裁判外紛争解決の結果も『東京電力』の善意に依存しており、国内避難民は支払いが不十分で手続きが遅いと特別報告者に報告している。損害賠償申立人は、必要な書類を自分で見つけることが困難であるし、自費で『原子力損害賠償紛争解決センター』まで行かなければならない。同センターの官僚機構が、申請者の損失の全額を認定し、その後、半分に相当する損害賠償額を提示することによって、損害賠償額を50%に割り引くという秘密の内部方針を維持していたことが暴露され、裁判外紛争解決制度に対する信頼は大きく損なわれた。[69]

62. 裁判の結果は管轄する裁判所によって大きく異なる。集団訴訟における損害賠償は、各原告の状況に基づいて個別に判断されるため、認定される金額は大幅に異なる。国内避難民は、さまざまな救済メカニズムをより一層調和させるよう主張してきた。京都の避難者らが起こした集団訴訟の勝訴原告らは、請求が棄却された避難者64人への損害賠償も求めて判決を控訴した。[70] 『原賠審』の指針に定められた金額を超える損害賠償が、最高裁判所でも維持されることに成功した原告の弁護士らは、裁判所が認めた金額を反映するために中間指針を上方修正するよう求めている。

63. 特別報告者は、賠償申請手続きを簡素化し、賠償および裁判外紛争解決事件に関する決定を迅速化し、賠償を包括的にすることを日本政府に勧告する。国内避難民が受け取る賠償金は、その救済が達成される仕組みに関わらず、裁判所が定めたより高額な基準に沿って調和させることを勧告する。これは、与えられる賠償金の格差を解決し、長期にわたる裁判に耐えることができず直接賠償や裁判外の紛争解決を選択する国内避難民の平等を確保するのに役立つだろう。最終的に「強制的」避難者と「自主的」避難者の両方が平等に賠償されなければならない。

D.家族生活に対する権利

64.『福島第一原発事故』発生以前は一緒に住んでいた多世代家族が避難中に引き離されたが、その理由の一部は避難パターンが異なっていたことだけでなく、大家族が一緒に住むことができない応急仮設住宅の政策にもよる。

65.多くの母親は、子どもたちとともに県外に安全を求めることを選択したが、夫は安全に対する認識の違い、雇用主に対する忠誠心、または他の場所では適切な生活ができない(訳注:収入が保障されない等)という思いから、県内に残った。こうした経緯が離婚や家族の崩壊につながったり、家族が長期間、別居を続け、二世帯維持の経済的負担にさらされたりしている。

66.特別報告者は、核家族であるか多世代家族であるかにかかわらず、家族の構成員の一体性を優先するために公的住宅および緊急住宅プログラムを改良することを勧告する。社会福祉プログラムは、家族の支援ネットワークがない場合に、より弱い立場にあったり、孤立の危険にさらされたりする可能性がある、シングルマザーや配偶者と別居中の母親や高齢者など、家族離散の影響を受ける人々を優先すべきである。政府は、この点に関して、二世帯を維持することにより強制避難者への支援を増額できる可能性や、別居している家族の高速道路料金の減額・免除など、いくつかのよい施策を実施してきた。

E.十分な住居への権利

67. 緊急避難所は過密状態で、ガス・電気などのエネルギーや水道、女性・高齢者・子どものための設備などの生活に必要不可欠な公共サービスが不足していたため、十分な住宅の定義を満たしていなかった。プレハブ仮設住宅は次善のものであったが、設置場所の問題、大家族や多世代の家族を収容できないという課題があった。2020年4月の時点でも、一般的に入居後2年を超えて居住することは想定されていないにも関わらず、数百人の避難者が仮設住宅に留まっている。[71] しかし、これは行政の特別許可があれば延長可能である。特別報告者は、今後の緊急事態への備えの取り組みが最低限、Sphere(スフィア)基準(訳注:正式名称『人道憲章と人道対応に関する国際的な最低基準』)に厳密に従うこと、適切な対応を確保するために影響を受ける住民を決定前に関与させること、交差する住民のニーズを満たす避難所と長期の避難に適応できるプレハブ住宅を提供することを勧告する。

68.福島県による、空き公務員宿舎を含む公的住宅の国内避難民への提供と家賃の支払いは、先進的な措置であった(訳注:実際は国家公務員宿舎は国有財産法第22条に基づいて、大災害の場合に避難先自治体に無償で使用が許可される)。特別報告者は、これ以外の方法では住宅を得ることができなかった国内避難民に会った。時間が経つにつれ、福島県がすべての「自主的」避難者および避難指示が解除された「強制的」避難者に対するこの支援の提供を一方的に中止したことは残念である。特別報告者は調査の中で、国内避難民が入居している公的住宅の多くが、東日本大震災以前から取り壊しが予定されていた空き公務員宿舎であると知らされた。それにもかかわらず、福島県は公的支援終了後も公的住宅に住み続ける避難者に対し、立ち退きと延滞家賃を求めた。加えて、福島県は未納期間に対して家賃の2倍に当たる損害金の支払いを求める訴訟を起こした。退去した避難者も未納額がある場合、例外とはならなかった(訳注:実際には「遅延損害金」といい、家賃と駐車場代の合計金額の2倍である)。

69.特別報告者は、生命や健康が危険にさらされる恐れのある場所への不本意な帰還を防止する措置なしに、国内避難民を公的住宅から立ち退かせることは、国内避難民に対する権利侵害であり、いくつかの事例では強制退去に相当する可能性があると考える。引き続き公的住宅を必要としているのは、主に他の場所に転居する手段を持たない世帯であるため、強制退去は、貧困やホームレスになるか、放射線被ばくや基本的公共サービスの欠如の懸念にもかかわらず避難元に戻るかの、選びようのない選択を迫られることになる。

70. 帰還者に提供される住宅は、汚染現場から離れ、生活に必要不可欠な公共サービスに近い場所に基づかなければならないという、十分な住宅の定義を満たさない可能性がある。福島県の除染された地域は依然として高度に汚染された地域の隣にあり、現在も放射線ホットスポットが残っているリスクがある。福島県の経済は完全に回復しておらず、雇用の機会が相対的に不足しているとの報告が多い。地元の自治体当局は特別報告者に対し、地域で教員や医師などの資格のある人材の採用と雇用維持が困難であるため、一部の帰還地域には学校や病院が存在しない、あるいは大幅に不足していると報告した。

71.福島県外の公的住宅から避難世帯を強制退去させることは、国内避難民の中でも最も貧しい世帯を対象にした逆進的な政策であり、彼らは県外で家賃負担に苦しんだり、ホームレスになったりするか、放射線被ばくの可能性のある雇用の機会と必要なサービスが少ない地域への帰還に直面することになり、それらの世帯をさらに困窮させることになる。特別報告者は、この政策の実行をただちに終了し、その基準を満たす国内避難民が、低所得者向け住宅にアクセスできるように措置を拡大することを勧告する。福島県以外の一部の地方自治体が避難者への住宅提供を続けていることは評価できるが、これはすべての避難者に対して制度化されるべきである。

F.健康に対する権利

72.科学的に疑問な避難区域の決定と無秩序な避難指示の展開により、住民は、回避できた可能性のある放射線リスクにさらされた。高齢者、障害者、寝たきりの入院患者、災害対応者は、避難計画がそれぞれの具体的なニーズを体系的に考慮していなかったため、健康に悪影響を与える避難の遅れに直面した。

73.多くの情報提供者は、空間線量率に基づいて推定した年間累積線量が『国際放射線防護委員会』が規定する民間人の被ばく限度を超える年間20ミリシーベルト以下の地域で避難指示を解除するという日本政府の政策に、懸念を表明している。同委員会は、日本政府がこれらの制限を逸脱して、被災地の基準として年間1~20ミリシーベルトの基準値を認めたことに対して、これは必要な防護措置がすべて整っていて、かつ、関係地域を放棄することが想定されず、年間1ミリシーベルトに減らすという長期目標がある場合にのみ実施されるべきであると警告した。[72] なお、この基準は成人・小児の区別なく適用されている。低線量放射線(年間100ミリシーベルト未満)による被ばくの長期的な影響について、科学的な合意はない(訳注:「低線量とは年間の線量ではなく、100ミリシーベルト以下の線量」をいう。米国科学アカデミー The BEIR Ⅶ Reportによる)。『国際放射線防護委員会』自体も、100 ミリシーベルト未満であっても、受ける線量に比例して放射線リスクは増加すると指摘している。[73] 特別報告者は、日本政府がこれらの懸念に対処し、特に子どもに対する年間20ミリシーベルトの被ばく基準の妥当性を再検討することを勧告する。

74.政府は放射線の長期的な健康リスクの可能性を認識し、毎年、複数回実施される『福島県民健康調査』を支援した。この調査には災害時の全住民に対する基本的な健康状態に関する自己申告調査、健康診断、「強制的」避難者を対象とした精神的健康と生活習慣に関する自己申告調査、災害時に福島県在住の母親や福島県で出産した人を対象とした妊娠・出産調査、『福島第一原発事故』発生当時18歳以下及び災害後1年以内に生まれた人を対象とする甲状腺検査などを含む複数の毎年の調査で構成される。[74] 特別報告者は、「強制的」避難者と「自主的」避難者が同じ医療サービスの恩恵を受けられるようにすることで、これらの措置を強化することを勧告する。

75.もう一つの良い実践は、福島県の18歳になるまでの子どもに対する医療費の補償と、事故当時子どもだった住民に対する甲状腺がんの診断と治療に関連するすべての費用の生涯補償である(訳注・実際は、『県民健康調査甲状腺検査サポート事業』の実施期間中)。しかし、多くの国内避難民は、『福島第一原発事故』とがん罹患率増加との関連を公式に認めることを主張しており、政府は現在、それは県民健康調査の「スクリーニング効果」によるものだと考えている(訳注:「過剰診断」との主張もなされている)。甲状腺がん患者は、自分の治療や苦しみに対する援助や補償を求めることに対して周囲からの偏見を感じていると報告した。また、医療賠償を取得するプロセスは煩雑であり、関連する治療費の請求の多くはがんと直接関係がないとして拒否されていると報告した。

76.特別報告者は、がん患者への補償を促進するためにこれらのプロセスを簡素化すること、また当局が『福島第一原発事故』災害と被ばく影響との関連性を公式に認めることを勧告する。当局は、原発事故災害発生当時の福島の成人に健康診断とがん治療への補償を拡大し、白血病を含む他の放射線関連疾患に検診と治療の補償を拡大すべきである。

77.帰還者にとって、医療へのアクセスは依然として大きな課題である。 福島県当局は、医療従事者に福島で働くよう説得するのは非常に困難であり、多くの病院が閉鎖または人員不足のままであると報告した。『地域医療再生基金』のような、病院の改善や被災地への医師の誘致を目的としたプロジェクトは前向きな一歩ではあるが、『国内避難民のための持続的な解決策に関する枠組み』で定義されているように、支援政策による暗黙のものも含め、国内避難民が医療サービスのない地域に戻ることを強制されるべきではない。

78.国内避難民の大多数が精神健康上の問題、不安、うつ病、自殺願望に直面していると報告されている。それは、地震・津波・原発事故という三重災害、健康上の懸念、家とコミュニティの喪失、家族離散、偏見といじめ、孤独、経済的苦境、そして支援と損害賠償をめぐる困難な闘いを経験してのことである。 いくつかの研究によると、 国内避難民の40%以上が心的外傷後ストレス障害を発症するリスクがあり、福島から避難した人々の潜在的な有病率は長期にわたって比較的高く推移している。ある研究では、これは福島の避難者が安全ではないとみなされる地域に戻るという、特別な精神的負担にさらされていることが原因であるとしている。[75]

79.当局は特別報告者に対し、避難者のために十分なメンタルヘルスサービスの提供者を見つけることに苦労していると伝えた。避難者が利用できる同サービスは主に資金不足の非営利団体によって提供されている。特別報告者は、14の政府精神保健福祉センターの開設に勇気づけられ、これらの医療サービスを拡大し、可能な限り国内避難民の費用を負担するさらなる努力を奨励する。このような取り組みは、直接的に、またすでにこの問題に取り組んでいる市民組織への支援を増やすことによって行うことができる。

G.クリーンで健康的、かつ持続可能な環境への権利

80.政府は、2018年3月の時点で『除染特別措置法』で定められた汚染状況調査区域に指定され除染された8県の 100 市町村で「全域除染」が完了したと報告した。ただし、「全域」という表現は、実際には住宅、道路、農地、住宅地に近い森林のみを指す。[76] 除染の対象の多くの地区では、地域の80%以上が住宅地から遠く離れた山林で構成されている。したがって、「全域除染」でカバーできるのは、地区のわずか5%にすぎない可能性がある。[77] 放射線レベルが特に高いままである「制限」地域では、「全域除染」は採用されておらず、地方自治体により特定された土地が戦略的に除染されているだけだ。[78]

81.除染された地域は高く汚染された地域の隣にあるため、除染された地域が、雨や河川、樹木からの物質によって再汚染されるリスクがある。[79] 市民が自主運営する放射線測定センターは、自ら測定調査を実施し、学校など一度除染したとみなされる地域での汚染事例を多数報告した。特別報告者は、避難指示が解除された地域全域を対象に除染の取り組みを拡大するか、そのような除染が不可能な場合には避難指示解除の決定の妥当性を再検討するよう勧告する。

82.国内避難民と福島の住民は、廃炉の一環として『福島第一原発』から100万トンの廃水を海に放出することによる環境、健康、生活への影響について懸念の声を上げている。ほとんどの放射性核種を除去するために、水は処理される(訳注:日本政府の見解)が、処理後も水中に特定の放射性核種が残留する可能性があり、その一部は魚の体内で有毒なまでに蓄積して人間の身体を脅かす可能性があり、依然として問題が残っている。[80] 特別報告者は、当局に対し、公平な科学的専門知識に基づいて、より公衆が受け入れ得る実現可能な代替案を考慮して処理水の放出を再検討し、漁業者を含む影響を受ける人々との双方向のフィードバックを可能にする協議を実施することを勧告する。

H.生計を立てる権利

83.福島県双葉郡の15~64歳の人口に占める正社員の割合は、災害前の62.1%から45.6%に減少した一方、失業者は、全国の失業率2.8%を上回り、災害前の9.8%から25.3%とほぼ3倍に増加した。[81] 長期的な傾向を見ると、災害後の初期回復はあったものの、すぐに頭打ちとなり、失業率が恒久的に高くなっていることがわかる。人口が災害前よりも少ない多くの地域では、特に漁民や農民にとって市場が限られている。

84.特別報告者は、政府が、生活支援に必要な関連サービスや機会を紹介する「生活再建支援拠点」を全国に26か所設置して国内避難民の生活を支援していること、農水産物に対する偏見に対処するための公共広告キャンペーン(訳注:「風評被害」対策のための安全キャンペーン)を行っていること、農機具の購入に対する補助金を支給していることを評価する。避難者を雇用する企業への奨励金の支給と、請負業者を通じて避難者を雇用するよう地方自治体に奨励する雇用創出基金の利用は、国内避難民の生活を守るための良い初期の取り組みであった。

85.特別報告者は、支援拠点を通じたサービス提供者への紹介を、避難者の生活再建をさらに支援することになるキャリアカウンセリングと再訓練、労働仲介サービス、ジョブフェア、雇用主への働きかけ、起業支援などの、より一層に強力な取り組みによって補完することを推奨する。さらに農業・漁業従事者には特別な配慮が必要である。

I.教育を受ける権利

86.教育を受ける権利は避難により深刻な影響を受けている。 多くの子どもたちは何度も転校を余儀なくされた。 国内避難民である子どもたちの学習が、避難という「選択」や、親が不当に多額の賠償金を受け取っているという誤解、あるいは放射線影響を受けた人々についての誤った考えを理由に、クラスメートや教師からのいじめによって妨げられている。

87.日本政府は、被ばく者に対する誤解の払拭のための教材や、避難者への差別やいじめを阻止するための定期的なシンポジウムの開催など、いくつかの前向きな措置を講じている。いじめ防止対策推進法の制定、学校での苦情窓口の実施、いじめの実態調査への取り組みは良い実践だ。しかし、国内避難民の若者らは、文部科学省が作成したいじめ防止資料は『福島原発事故』避難者がいじめに遭っているという具体的な問題に対応していないと表明しており、一般的に、行動を起こすには、当事者である子どもたちが、まず、いじめを報告しなければならないとしている。特別報告者は、最初にトラウマを抱えた子どもたちが苦情を訴えるのを待つのではなく、国内避難民の子どもたちが直面するいじめを積極的に予防し、根絶するためのより体系的な取り組みを勧告する。いじめを防止し、危険なサインを察知する能力を高めるために、教師に具体的な情報を提供し、トレーニングを行う必要がある。

88.特別報告者は、被ばく者に対する誤解の払拭のための教材には、子どもの放射線被ばくのリスクとより高い脆弱性を正確に反映すべきであるという、他の人権機関[82] (訳注・子どもの権利委員会 日本政府報告に関する総括所見[2019年]パラグラフ36(f))によってなされ、まだ実施されていない勧告を繰り返し述べる。現在の被ばく者に対する誤解の払拭のための教材は、とりわけ、放射線被ばくのリスクが塩のとりすぎや野菜不足のリスクと比較され、バックグラウンド放射線(訳注:自然由来放射線)と放射能汚染に伴う高線量を完全に区別しておらず、放射線が子どもたちに与える具体的な影響に対処していない。

J.特定のグループ

1.女性

89.調査で浮かび上がった避難所の状況は、女性や授乳中の母親にとってプライバシーが欠如しており、提供された救援物資も女性のニーズに応えていなかった。[83] 「強制的」避難者よりも支援や賠償が一貫して少ない「自主的」避難者を対象とした調査では、「自主的」避難者は主に女性で、子どもの身を案じて日本政府の指示を待たずに避難した母親であることが浮き彫りになった。[84]

90.女性は、主に男性の世帯主に賠償金を支払う政策(訳注:世帯主へ賠償金を支払うという日本特有の制度)による差別に直面しており、その結果として、離婚や世帯主と別居した女性、家庭内暴力の被害者は、多くの場合、賠償金を受け取れない。[85] 離婚、家族の離散、親族の分散により、多くの母親はフルタイムの仕事を探すことを余儀なくされ、その一方で育児をになってくれていた大家族を奪われた。女性たちの中には、これまで育児との両立を可能にするパートタイムの仕事に就いていたが、特にパートタイムの仕事が災害の影響をより多く受けたため、避難生活の中では同様の就労機会を見つけることができないものもいた。[86]

91.国内避難民の女性が自分たちに影響を与える決定過程に参加する能力は、政治的排除によって制約されている。復興政策を策定する国の機関の中で、女性が3分の1を超えている例はない。[87] 地域防災会議の委員に女性が占める割合は平均して10%未満、市町村レベルの復興計画委員会の委員に占める女性の割合は約11%にすぎない。[88]

92.こうした構造的な逆境にもかかわらず、女性は避難者のために社会正義を求める取り組みの最前線に立っている。特別報告者は、災害後に相互援助、精神保健サービスを提供し、放射線測定を実施し、国内避難民の人権を擁護するために立ち上がった多くの女性に感銘を受けた。特別報告者は、緊急事態への備えと災害後の復興に関する意思決定プロセスへの女性の参加を増やすための方策、国内避難民のシングルマザーおよび配偶者と別居中の母親を支援するための的を絞った方策、女性主導組織とのパートナーシップを構築するための方策を勧告する。同時にシングルマザーやワーキングマザーの経済参加を可能にするためには、保育へのアクセスを拡大することが不可欠だ。

2.高齢者

93.避難計画は高齢者に適切に対応しておらず、双葉病院の患者を含め、高齢者が場合によっては性急な避難中に長期間取り残され、最終的には、避けられたはずの複数の死亡につながった。[89] 多世代世帯で暮らす高齢者は、仮設住宅の入居制限のため、介護を提供する家族から引き離されることもあった。

94.帰還者の中には高齢者の割合が非常に多い。[90] 特別報告者は、高齢世代は政府の安全保障を信頼する傾向があり、放射線の影響を受けやすい幼い子どもを持っていないことも理由のひとつだとの情報を得た。高齢者の中には、家族に負担をかけずに自立生活を可能にする経済的インセンティブを求めて、しぶしぶ帰還を選択する人もいるが、多くは家族や地域の支援ネットワークを失う中で孤独や無関心に直面している。高齢の帰還者は、過疎地における医療サービスや日常生活のインフラ不足に直面している。

95.特別報告者は、高齢者が自発的に帰還を決定できるようにするための具体的な措置を勧告する。これには、避難している家族の近くに留まることが可能になるよう、的を絞った支援が含まれる。公共サービスの利用可能性に関連する避難指示の解除基準が重視されることが重要だ。同サービスが限られている地域への高齢帰還者が、公共サービスを広く利用できるよう措置を講じるべきである。

VI.結論

96.前例のない大災害に直面し、緊急対応の迅速性と規模、国内避難民が賠償を請求するための複数のルートの確立、災害後の国内避難民へ国、県当局が支援を行っていることは賞賛されるべきである。しかし、日本政府が県の復興に焦点を移すにつれ、災害に関連する人権問題であるにも関わらず、保護と支援策、特に住宅援助や精神的苦痛への賠償は時間の経過とともに縮小された。避難を続けることを望む避難者、特に支援が少ない「自主的」避難者は、帰還するようにとの経済的、社会的圧力を感じている。

97.『福島原発事故』からのすべての避難者は、指示による避難であろうと、原子力災害の影響への恐怖による避難であるかを問わず、避難者として同じ権利を持つ国内避難民である。すべての国内避難民は、どのような持続的な解決策を追求するかについて意思決定するために、必要な情報を取得し、自らの意思によって決定する権利を有するが、これらは移動と居住の自由の権利に由来する。[91] 『国内避難民に関する指導原則』は、すべての国内避難民が国内の別の地域で安全を求め、生命や健康が危険にさらされる可能性のある場所への強制帰還から保護される権利を確立しており、国内避難民が自発的、安全かつ尊厳を持って帰還できる、あるいは自発的に他の場所に定住できる条件を確保する第一義的な義務と責任を、政府が負うというものである。日本のすべての住民の安全と平等な保護は日本国憲法によって保障されている。

98.『国内避難民のための持続的な解決策に関する枠組み』は、国内避難民が誰からも強制されずに、この自発的に安全かつ尊厳をもって帰還または他の場所への定住の選択を確実に行使できることを当局に義務付けている。強制には、意図的に誤解を招く情報の提供、特定の選択への支援、持続的な解決策につながる最低条件が確立される前に支援の終了期限を恣意的に設定するなどの暗黙の形態の強制も含まれる。[92]この観点から、放射線は心配ないとする情報のみを提供し、避難民よりも帰還者に手厚い支援を行い、帰還に十分な条件が整う前に国内避難民への支援を終了することは、国際法の基準に反し、持続性のある解決策の選択と避難の権利を侵害するものである。

99.『福島原発事故』の文脈では、長期的な影響がよく分からない放射線レベル、帰還地域での生計手段、教育、医療、必要不可欠なサービスの欠如、限定された範囲での除染、帰還した国内避難民の人権にも影響を及ぼす課題を考慮し、多くの国内避難民は依然として帰還に消極的である。持続的な解決策と元の生活への回復を確保するには、事実を包み隠すのではなく、対処することが重要だ。多くの国内避難民が日本の他の場所で永住する権利を行使する可能性があることを認識することも重要である。これらの国内避難民は、この選択によって差別されるべきではなく、定住を可能にするために、その避難が「自発的」であるか「強制的」であるかに関係なく、平等な条件で支援と損害賠償を受けるべきである。

100.全体的な勧告として、特別報告者は日本政府に対し、『福島原発事故』により国内避難民となったすべての人々、特に避難を継続している人に焦点を当てた保護、人道支援、持続的な解決策について人権に基づくアプローチを断固として採用するよう要請する。

101.この根底にあるものとして、特別報告者は、すべての行政および立法政策とその実施において、「強制的」国内避難民と「自主的」国内避難民との間の差別的区別を完全に撤廃することを強く勧告する。

102.日本政府の人権に関する国際公約、『国内避難民に関する指導原則』および『国内避難民のための持続的な解決策の枠組み』に沿って、特別報告者は、『福島原発事故』からの避難民が直面する特定の人権課題に対処するためにセクションⅤで行われた勧告を、繰り返し表明する。


脚注

[3] Investigation Committee on the Accident at Fukushima Nuclear Power Stations of Tokyo Electric Power Company, Final Report (Tokyo, 2012), p. 264.

[4] Ibid., pp. 263 and 264.

[5] Ibid.,pp. 264 and 265.

[6] A/HRC/23/41/Add.3, para. 17.

[7] Japan,National Diet, The Official Report of the Fukushima Nuclear Accident Independent Investigation Commission (2012), executive summary, p. 39.Available at https://warp.da.ndl.go.jp/info:ndljp/pid/3856371/naiic.go.jp/en/report.

[8] Investigation Committee, Final Report, p. 441.

[9] National Diet, Official Report, chap. 3, p. 62.

[10] Investigation Committee, Final Report, pp. 267 and 268.

[11] A/HRC/23/41/Add.3, para. 17.

[12] Investigation Committee, Final Report, pp. 250-256.

[13] National Diet, Official Report, chap. 3, p. 74.

[14] Investigation Committee, Interim Report (Tokyo, 2011), p. 306.

[15] National Diet, Official Report, chap. 3, pp. 79-83.

[16] Ibid., pp. 79 and 80.

[17] National Diet, Official Report, executive summary, pp. 38 and 53-55.

[18] Investigation Committee, Final Report, pp. 259-261.

[19] National Diet, Official Report, executive summary, p. 38.

[20] Reconstruction Agency, "Status of reconstruction and reconstruction efforts" (December 2022).

[21] Ibid; Reconstruction Agency, "Progress to date: the status in Fukushima", March 2013; and Fukushima prefectural government, "Transition of evacuation designated zones", 4 March 2019.

[22] Michelle Yonetani, "Recovery postponed: the long-term plight of people displaced by the 2011 Great East Japan Earthquake, tsunami and nuclear radiation disaster" (Internal Displacement Monitoring Centre, 2017), p. 4.

[24] Act No. 223 of 15 November 1961.

[25] Act No. 147 of 1961.

[26] Nuclear Energy Agency and Organization for Economic Co-operation and Development (OECD), Japan's Compensation System for Nuclear Damage (Paris, 2012), pp. 42 and 43.

[27] Act No. 76 of 24 June 2011.

[28] Act No. 25 of 31 March 2012.

[29] Act No. 48 of 27 June 2012.

[30] Toshiaki Keicho, "Knowledge note 3-5, cluster 3: emergency response - evacuation center management" (World Bank and Global Facility for Disaster Reduction and Recovery), p. 3.

[31] Miki Ishimori, "Right to housing after Fukushima nuclear disaster: through a lens of international human rights perspective" (International Federation of Red Cross and Red Crescent Societies, October 2017), p. 4.

[32] Sayuri Umeda, "Japan: legal responses to the Great East Japan Earthquake of 2011" (Law Library of Congress, Global Legal Research Directorate, 2013), p. 24.

[33] Ishimori, "Right to housing", p. 4.

[34] Umeda, "Legal responses", pp. 22 and 23.

[35] Act No. 98 of 2011.

[36] Umeda, "Legal responses", pp. 16-24.

[38] Umeda, "Legal responses", p. 34.

[39] Nuclear Energy Agency and OECD, Japan's Compensation System for Nuclear Damage, pp. 25 and 26.

[40] Ibid., pp. 22 and 31.

[41] Nuclear Energy Agency and OECD, Nuclear Law Bulletin, vol. 2014/2, No .94 (2014), p. 151.

[42] Ibid.

[44] Eric A. Feldman, "Compensating the victims of Japan's 3-11 Fukushima disaster", Asian-Pacific Law & Policy Journal, vol. 16, No. 2 (2015), p. 142.

[45] Ibid., p. 143.

[46] Ibid., p. 145.

[48] Kyodo News, "Gov't, TEPCO ordered to pay damages to Fukushima evacuees", 15 March 2018.

[49] "Voluntary evacuees granted only small awards in Fukushima nuke disaster damage case", The Mainichi, 18 March 2017.

[51] Ministry of the Environment, "Designation of areas under evacuation orders", in Booklet to Provide Basic Information Regarding Health Effects of Radiation, 3rd ed. (2020).

[52] International Commission on Radiological Protection, "Dose limits", 20 June 2019.

[53] A/HRC/23/41/Add.3, para. 46.

[54] International Commission on Radiological Protection, "The 2007 Recommendations of the International Commission on Radiological Protection", Publication 103, Annals of the ICRP, vol. 37, Nos. 2-7 (2007).

[55] This begins when the authorities "consider that the damaged facility is secured" and "have made their decisions concerning the future affected areas, and have decided to allow residents, who wish to do so, to stay permanently in these areas". See International Commission on Radiological Protection, "Radiological protection of people and the environment in the event of a large nuclear accident: update of ICRP Publications 109 and 111", Publication 146, Annals of the ICRP, vol. 49, No. 4 (2020), para. 176.

[56] Ibid., para. 190.

[57] Ibid., p. 78, table 6.1.

[58] Nuclear Energy Agency and OECD, Japan's Compensation System for Nuclear Damage, pp. 130 and 135.

[59] Nuclear Energy Agency and OECD, Nuclear Law Bulletin No. 94, p. 151.

[62] Shunji Matsuoka, "Reconstruction under nuclear disaster and making resilient society in Fukushima", in Sustainable Development Disciplines for Society, Shujiro Urata, Ken-Ichi Akao and Ayu Washizu, eds., Sustainable Development Goals Series (Singapore, Springer, 2023), p. 26.

[67] A/HRC/23/41/Add.3, para. 50.

[68] Feldman, "Compensating the victims of Japan's 3-11 Fukushima disaster", p. 136.

[69] Ibid., pp. 143 and 144.

[70] Kyodo News, "Gov't, TEPCO ordered to pay damages".

[72] International Commission on Radiological Protection, "Fukushima nuclear power plant accident", 21 March 2011.

[73] Reiko Hasegawa, "Disaster evacuation from Japan's 2011 tsunami disaster and the Fukushima nuclear accident", Studies, No. 5/13 (Institute for Sustainable Development and International Relations, 2013), p. 37.

[74] Kenji Kamiya, Hitoshi Ohto and Seiji Yasumura, eds., Report of the Fukushima Health Management Survey 2011-2020 (Radiation Medical Science Center for the Fukushima Health Management Survey, 2021).

[76] Ministry of the Environment, "Decontamination", available at http://josen.env.go.jp/en/decontamination/.

[79] Greenpeace, "Fukushima Daiichi 2011-2021", p. 12.

[80] OHCHR, "Japan: UN experts say deeply disappointed by decision to discharge Fukushima water", 15 April 2021.

[81] Fuminori Tamba, "Survey of evacuees in nuclear disasters" (paper on file with the Special Rapporteur), figure 5.

[82] A/HRC/23/41/Add.3, para. 51; and CRC/C/JPN/CO/4-5, para. 36 (f).

[83] Keicho, "Knowledge note 3-5", pp. 6 and 7.

[84] Hasegawa, "Disaster evacuation from Japan's 2011 tsunami disaster", p. 42.

[86] Ibid.

[87] Greenpeace, "The Fukushima Daiichi nuclear disaster and violations of survivors' human rights"(submission to the Human Rights Council, March 2017), p. 2.

[88] Cabinet Office, "Disaster prevention and reconstruction from a gender equal society perspective: lessons from the Great East Japan Earthquake: summary" (June 2012), pp. 14-16.

[89] Investigation Committee, Final Report, pp. 270-278.

[90] "Proportion of elderly people high in Fukushima areas after lifting of evacuation orders", The Mainichi, 12 March 2019.

[91] A/HRC/13/21/Add.4, para. 21 (d).

[92] Ibid., para. 29.