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在日コリアンのコミュニティをよりよいものにしたいから【在日コリアン×女性】

【 インタビュー 】

朴金 優綺さん(在日本朝鮮人人権協会・性差別撤廃部会事務局)のお話を聴きました。
在日コリアンのコミュニティをよりよいものにしたいから

『内なる壁を突き破る~在日コリアン女性のハラスメント事例集~』の発行

 私は「在日本朝鮮人人権協会」という人権団体に所属し、そこで性差別撤廃部会の事務局を担当しています。なお、本協会は、国籍を問わず、朝鮮半島出身者とその子孫を総称して「在日朝鮮人」としています。私自身は現在東京在住で、東京都小平市にある朝鮮大学校で非常勤講師としてジェンダー論等の科目を担当する他、ジャズをベースにした歌手としても活動しています。

 性差別撤廃部会のメンバーは2030代の在日朝鮮人女性が中心です。部会の合言葉は「誰もがいきいきと生きられる社会のために」です。本部会はジェンダーやセクシュアリティ(性に関すること)についての勉強会から始まりましたが、近年は障害・健康状態・貧困を含む、さまざまな属性が交差する差別の問題をできる限り考えていきたいという思いで活動しています。

 同部会の活動を通じて、在日朝鮮人女性の経験は、在日朝鮮人男性とも日本人女性とも異なる側面があるという考えにいたりました。そこで、運営委員の一人であった河庚希さんから、在日朝鮮人女性に対するハラスメント被害について調査したいという提案があり、同部会としてオンライン調査をしようということになりました。なお、ハラスメントとは、国際労働機関(ILO)の「仕事の世界における暴力及びハラスメントの撤廃に関する条約」の定義によれば、「身体的、心理的、性的又は経済的損害を目的とし、又はこれらの損害をもたらし、若しくはもたらすおそれのある一定の容認することができない行動及び慣行又はこれらの脅威」のことを指します(第1条1項(a))。

 本調査に対する全45件の回答のうち、3件は直接のインタビューに応じていただいて対面調査を行い、調査結果を書籍としてまとめる際には、被害者が特定されないように最低限必要な編集作業をしました。

 調査時は、上記のようなハラスメントの定義を示さずに調査を行ったのですが、結果として回答の内容は広範なものになりました。民族に基づくハラスメントやジェンダーに基づくハラスメント、セクシュアリティに基づくハラスメント、また複合的な事由に基づくと思われるハラスメントなど、様々な回答が集まりました。それらの回答に解説を付して、相談機関一覧やオススメの書籍・映画・漫画等の付録も含めて202012月に発行したのが『内なる壁を突き破る~在日コリアン女性のハラスメント事例集』(以下、「事例集」)です。

 私がハラスメントの概念やジェンダーについて知ることになったきっかけは、大学時代に「日本軍性奴隷制問題(日本軍「慰安婦」問題)」に関心を持ちはじめたことです。参考文献の中に「ジェンダー」という言葉がよく出てきたのですが、当時はその意味がわかりませんでした。その後、大学院で同問題について研究したいと思い、希望していた大学院の「ジェンダー論コース」受験のためにジェンダー概念について勉強し始めました。いま振り返ると、学生の頃は頭の中でだけ理解しようとしてあまりピンときていませんでしたが、ジェンダーの問題が本格的に腑に落ちるようになったのは働きはじめてからだったと思います。例えば、女性が事務所の掃除や来客へのお茶出し等を行い、男性は行わないことが当然のようになっている、会食時に男性たちに対して料理の取り分けをすることやお酒を注ぐことが女性たちに期待されている、といったことがありました。その他、日常のいたる所で女性という自分の表面的な属性に性別役割を紐づけられるという経験を通じ、ジェンダー規範について実感をともなって理解するようになりました。

在日コリアン女性がハラスメント被害で直面する困難
-民族差別と性差別の問題の交差点に立つ在日コリアン女性

 今回の調査で得られた回答の情報はごく限られたものなので、どういった事例が「複合差別」にあたるかを言い切ることは難しいです。しかしながら、ハラスメント被害にあった後の声の上げづらさには複合差別の課題、すなわち在日朝鮮人女性の置かれた「民族差別×性差別」という立場の交差性が表れているように感じました。例えば、ある20代の在日朝鮮人女性は、在日コリアンを対象としたイベントに参加した際、在日コリアン男性から腰に手を回されたり、トイレについてこられたり、一方的にキスを求められたというセクシュアル・ハラスメントの被害体験について書いてくださいました。この方に運営委員が対面インタビューを行ったところ、「在日コリアンのコミュニティは小さなコミュニティだから、もし私がその場でセクハラを問題にし、加害者を問いただしたり、誰かにセクハラを告発したりしたら、被害者が誰だかすぐにわかってしまうし、コミュニティに戻るのが怖くなる。だから自分さえ我慢すればなんとかなるのではないかと思ってしまい、言い出せなかった」とおっしゃいました。さらに、「このような在日コリアン社会内の問題を公にしたら、日本人から在日コリアンへのヘイトスピーチ・差別がさらに悪化するのではないか。差別主義者に『いいネタ』を与えてしまうのではないかと思って誰にも相談できません」とも述べていました。

 このように、被害に遭っていても言い出せない状況がつくられる背景には、まず日本社会において在日朝鮮人が朝鮮高校無償化除外やヘイトスピーチなど様々な民族差別や暴力の標的にされているという在日朝鮮人に対する社会的な疎外があること、そしてそのような状況の中で、在日朝鮮人としてのアイデンティティを保てる在日朝鮮人コニュニティが貴重な居場所となっていることがあると思います。被害を告発したら、その貴重な居場所を失ううえに、在日コリアン社会への民族差別がひどくなるかもしれないという恐怖や不安があるため、被害を訴えられないという状況があるのだと思います。被害を受けた後の、こうした「声の上げづらさ」にこそ、民族差別と性差別の問題の交差点に立つ在日朝鮮人女性の立場の脆弱性や苦悩が表れていると思いました。

 この調査をした当時、世界的に#MeToo運動が起こっていましたが、この「事例集」は、匿名ではあるものの、今までほとんど被害経験を語ってこられなかった在日朝鮮人女性たちの#MeToo運動ともいえるのではないかと思っています。調査に協力してくださったたくさんの方々の声を受けて、声を上げてくださった人びとの声をしっかりと形にして社会に伝えていかなくてはならない責務があると私自身は感じました。一般に被害体験は他人に言いづらいものだと思いますが、もしかしたら「ここでなら言える」という何らかの信頼を寄せて打ち明けたくださった方もいるのではないかと思います。なお、ハラスメント被害を告発しようとすると「在日朝鮮人社会を分断させる」と言う人がいますが、私自身は、差別や暴力といったコミュニティ内で起きる問題を直視し、受け止め、克服していくことこそがむしろコミュニティ内の分断の克服に繋がるものであり、コミュニティをより良いものとし、「誰もがいきいきと生きられる」ものにするために間違いなく必要な過程だと思っています。

出版後の嬉しい反響

 出版記念イベントでは、多くの方から「自分の経験と重なる」という反応をいただきました。イベントに参加してくれたある在日朝鮮人女性からは、こんなメッセージをもらいました。

 「今日のイベントに参加して思い出したのは韓国の小説『82年生まれ、キム・ジヨン』を読んだ時の気持ちでした。自分の経験とも重なる被害経験が可視化されたとき、すごく息苦しくなり、共感と共に、これ以上あまり向き合いたくないという思いに駆られました。被害を可視化し、共有する場を広げることはとても大事だと感じました。心が少し軽くなりました。素敵な事例集・イベントをありがとうございます」。

 このように、調査に回答していない人でも、事例集の内容を知って、自分もあんなこと言われた/されたと思い出して、「あれはハラスメントだったんだ」と、振り返って自分の体験を定義し直すということがあると思います。実際に被害を受けた時、とっさに被害とは感じないケースも少なくなく、後から振り返ってみて、あれは性暴力、ハラスメントだったなと気づくことがありますが、この「事例集」がそういうツールになっているのかなと思いました。

 思わぬ反響としては、ジェンダー/フェミニズム専門の書店から注文が入ったり、「事例集」を読んだ日本の大手企業の人権研修担当者から講演依頼が来たりしました。付録にある相談機関の情報やおすすめの本・漫画・映画の付録も好評です。在日朝鮮人の差別についてあまり知らないと思われる人たちも手に取ってくださり関心を持ってくださっているというのは、思わぬ反響ですね。

在日コリアン社会の変革の兆しは

 残念ながら、在日朝鮮人男性、とりわけ年配の方々はこの「事例集」をあまり購入していないようです。理由はわかりませんが、在日朝鮮人男性たちのジェンダーや複合差別の問題への関心の低さの表れとは言えると思っています。それでも希望的な側面は、「事例集」の出版記念イベントに若い男性の方々が複数名参加してくれたことです。イベントに登壇された金成樹(キム・ソンス)さんの発言を受けて、2030代の方々から、自身の男性としての特権性に自覚的でなければならない、自分の問題として関わっていかなくてはならないと思った、という感想もありました。このように感じている在日朝鮮人男性たちも少しずつ増えていると思います。また、イベントでもう一つ印象的だったのは、金成樹さんが「男性のハラスメント実態調査も必要だ」と述べられたことです。社会から押しつけられる「男性性」に苦しんでいる人たちも多いと思うので、そうした「男性性」やジェンダー規範について男性の立場で考える場もできればいいなと思っています。

 ジェンダー概念を知ることの大切さについて考えると、たとえば民族差別問題についても、「民族」という概念を知らなければ、それが民族に基づく差別だと気づかないことがあると思います。私自身、中学時代、チマチョゴリで通学中に嫌悪感を露わにした視線を投げられたことがありますが、そのように外からやってくる偏見や嫌悪感や差別的な発言をきっかけに、「民族」や民族差別問題について考え始めたりすることがあると思います。

 これと同様に、ジェンダーに関しても、ジェンダーという概念を知ることで、たとえば今まで女性という理由だけでコーヒーを淹れさせられるのが当たり前だと思っていたけれど、実はそうではない、「女性性」という規範は社会的につくられたものなのだと気づくことができ、偏見や差別に敏感になることができると思います。それはすなわち、自分の気持ちや相手の気持ちに敏感になり、自分や相手をより尊重することができるようになることに繋がると思います。そのため、在日朝鮮人社会でもジェンダー概念についてもっと広く知られることを望んでいます。

 私の周りでは、お茶くみや料理の取り分けなどを、本人が望んでいないのに女性だけがさせられるというジェンダー規範の押しつけはまだまだ行われています。民族に基づくハラスメントと同様に、ジェンダーに基づくハラスメントも、その根絶に向けてたたかっていく必要があると思っています。

日本社会や日本人へのメッセージ

 この「事例集」について知った何名かの日本人から言われた言葉が「在日朝鮮人社会は日本人よりも性差別問題がひどそうだよね」というものでした。

 しかし、ジェンダー規範や性差別の問題は、その社会が構築された歴史的背景について考えることを抜きには語れません。たとえば、朝鮮半島ないし在日朝鮮人社会におけるジェンダー規範や家父長制の問題について考える際には、日本が朝鮮半島を植民地支配していた時代に、家父長制が強化されたという問題を考える必要があります。最も象徴的なのは、当時の日本の軍や政府が、女性の性を管理・統制する公娼制や、それに連なる日本軍性奴隷制という、性差別・性暴力の極限形態ともいえるシステムを国家的につくり、それを朝鮮半島にも移植したということです。こうしたシステムによって、朝鮮半島におけるジェンダー規範や家父長制が強化され、また在日朝鮮人社会への影響も及んでいきました。在日朝鮮人社会に関していえば、日本の敗戦後も在日朝鮮人の人権が日本政府によってまったく保障されず、朝鮮学校での民族教育に対する今日に続く執拗な弾圧・暴力・差別が行われる中で、学校やコミュニティを守るためにジェンダー規範や家父長制が強化されざるを得なかった側面もあると思います。このような歴史的な背景や文脈、今日に続くその影響を丁寧に見ていく必要があるにもかかわらず、それらを一切切り捨てて短絡的に考えるのは誤りだと思っています。

 在日朝鮮人社会における性差別問題はたしかに存在しますが、それを「朝鮮人だから」と言うふうに民族的な属性に紐づけて考えるのだとしたら、それはまさに民族に基づく偏見であり、朝鮮への差別意識の表れともいえると思います。そうではなく、日本と朝鮮の歴史のなかで様々な文脈を経てつくられてきており、現在も、日本社会全体における性差別や民族差別の問題と絡まり合って起きている問題なのだという視点が欠かせないといえます。

 そう考えると、在日朝鮮人社会における性差別をなくしていくためには、日本社会全体における民族差別や性差別、そして在日朝鮮人社会における性差別を同時に克服していくことが必要だと思います。在日朝鮮人コミュニティがより魅力的になるためにも、民族差別だけではなく、性差別や障害に基づく差別など、他の形の差別の問題も克服していく努力が必要だと思います。

 性差別の問題に取り組んでいるというだけで周りからバッシングを受けることも少なくないので、それはつらいですが、だからといって諦めずに、細く長くでも活動を続けることが大切なんだなと最近は実感しています。最近、知り合って長い、ある年配の在日朝鮮人男性が「事例集」を購入してくださったのですが、「どうせ年配の男性は関心がないだろう」という自分の考えも一つの偏見だったなと気づき、反省しました。その方は「あなたがそんなにずっと取り組んでいることであれば、重要なんだろうと思う。勉強します」と言って購入してくださいましたが、諦めずに、活動を続けることの大切さを実感した瞬間でした。これからも、志をともにする仲間たちと一緒に、あらゆる差別の克服をめざして行動していきたいと思います。


(聞き手:朴君愛、インタビュー:2021年11月15日)