ZAC(在日コリアンカウンセリング&コミュニティセンター)の創設メンバーであり、公認心理師の朴希沙(ぱくきさ)さんを講師に招いて「在日コリアンの生きづらさに通底するもの―個人の物語と、歴史・社会との結びつきに光を当てる―」を開催しました。朴希沙さんは、自身が当事者であり、かつ実践者であり、かつ研究者であるという立場を大事にしながら、在日コリアンへの心理的支援において必要不可欠な視点を伝えようと『歴史的トラウマと日常を結ぶ心理臨床――在日コリアンに対する実態調査と臨床実践』を著しました(明石書店、2026年1月)。今回の企画はとりわけ在日コリアンの生きづらさに悩む当事者、日本社会の在日コリアンに対する差別や排除をなくしたいと願う日本人に向けて著書のエッセンスを紹介してもらうというもので、対面とオンラインのハイブリッド参加形式にしました。
以下、当日のお話の一部を紹介します。
まず、朴希沙さんから著書の概要や特徴が紹介されました。講師の問題意識として、在日コリアンのコミュニティや社会運動など「歴史」や「社会」の議論の場では「個人」の心理的問題を扱うのが難しいこと、一方、「個人」の心理的問題を支援する臨床心理の現場では、「歴史」や「社会」を十分考慮されていないという両者の隔たりを臨床の俎上にあげたいということが執筆の背景にありました。ここで言う「歴史」は「歴史的トラウマ」を指し、「社会」は、「人種差別」を指します。
また、「免責」と「引責」というキーワードの説明がありました。「免責」に焦点を当てると、歴史や社会が在日コリアンに与える影響の中で、個人が抱える問題は「あなたのせいじゃない」と「免責」されます。にもかかわらず、在日コリアンの当事者がそこから何を引き受けてどう人生を歩むのか「あなたに委ねられている」という「引責」が必要になります。この相異なるものをいかに両立させるか、これがマイノリティの心理支援においては非常に重要なことです。
「歴史」、「社会」、「個人」を統合するという考えは、机上の空論ではなく、ZACの活動理念であり、著書でも紹介した事例の中で実際に実践しています。ZACでは在日コリアン以外のクライアントもいるし、他のマイノリティに対する心理的支援も広げていきたいと考えています。
次のプログラムは、著書を読んで「大ファン」になったという朴利明(ぱくりみょん)研究員が、在日コリアンのメンタルヘルスにかかわって3つの問いかけをしながら朴希沙さんとの対話を交わしました。問いかけを簡単に紹介すると、
(1)在日コリアンの心理支援を実践されている立場から、昨今の在日コリアンを含む外国人住民へ の排外的な政策や社会意識が強まる状況が 現在の在日コリアンのメンタルヘルスへの現れ方や将来に与えるかもしれない影響について思うところは?
(2)「免責のプロセスを経てこそ、引責のプロセスに入ることができる」という趣旨のことを書いているが、日本人と在日コリアンが関係を結びながらそのプロセスを共有しようとする場合、どんなところが最も困難で、逆に、どんな瞬間に「可能性」を感じてきたのか?
(3)在日コリアンの臨床実践において、個人の物語のディテールに立脚することについて書かれている。個々の在日コリアンが一回きりの自分の人生の物語を豊かに語ることが、在日コリアンのメンタルヘルスについて向き合う上で、どんな意味を持つのか、そんな語りを可能にするためには何が欠かせないのか、ZACでの実践で大切にしていることをきかせてほしい。
朴希沙さんはそれぞれに丁寧に応答し、参加者は著書をさらに理解するための時間になったとなりました。印象的な点に絞って次に紹介します。
(1)については日本社会は公共の場で在日コリアンの「歴史」をいまだ共有しておらず、入口から在日コリアンのメンタルヘルスに大きな困 難をもたらしていることが一番の問題である。
(2)「免責」がなければ「引責」ははじめられない。日本人と在日コリアンの個人の関係において、この関係を大事にしたいということを伝えることが大事である。歴史や社会についての知識は必要であるが、それ以上に人と人との関係を断ち切らないということを前提とした「出会い直し」のつみかさねが大事である。免責と引責はコインの裏表であると言える。
(3)ZACが大切にしているのは、自分を率直に語れるようになること。「あるべき姿」に自分を閉じ込めるのではなく、自分自身のことを存分に語ること。講師自身も日本社会のために語るのではなく、在日コリアンのために語りたい。集団の中からとりこぼされた人が、その人の固有の物語を語れるようになること、そしてコミュニティがそれを歓迎することができれば回復をもたらすのだ。
最後は質疑応答ですが、「怒りの感情をどうコントロールするのか?」「日本人と在日コリアンのダブルの子どもたちに伝えるべきメッセージは?「在日コリアン社会のジェンダーの課題にどう向き合えばいいか?」などたくさんの質問を受けました。
朴希沙さんのしめくくりの言葉は、「一人ひとりの個人の幸せの追求がやはり臨床においては一番大事。今日はわたしの話をしたが、今度はあなたの話を聞きたい」でした。申込数は名でした。110名でした。