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和解への対話を

田中義信

  "先の大戦終結から60年"という表現がこの夏も使われた。戦後が還暦を迎えても、日本では"アジア・太平洋戦争"という言い方はしたがらない。そして、アジアから日本に対して戦争責任を問う声が高まると、「すでに解決済みだ」、「いつまで謝罪すればすむのか」という苛立ちさえ湧き上がる。
  いったいなぜだろう? わたしはこの疑問をもって、8月15日をはさむ1週間、ヒューライツ大阪、コリアNGOセンターのお世話によるツアーで、韓国はソウルに飛んだ。植民地解放60年を祝う光復節の記念行事に出席し、ハルモニたちから「慰安婦」被害の実態を聴かせていただくのが目的だった。関心は、「8月15日」を向こう側から映し出すこと。照射すると、日本の何が見えてくるのかを確かめることにあった。
  近代化をめざす日本が再び朝鮮への侵略、植民地支配を開始して100年がすでに経過している。1910年日韓併合。翌年には同化政策。朝鮮人も日本人である、天皇の赤子である、朝鮮語禁止、創氏改名などの政策が次々と打ち出される。朝鮮近代史上最大の抗日運動となった3・1独立運動が1919年に起きる。各地で1千万人を超える人々が激しい弾圧を受ける。
  戦争激化に伴い、労働力不足。これを補うために70万人を越す人々が日本に強制連行される。女性も駆り出される。工員や看護婦の名目で日本兵士の性的奴隷、いわゆる日本軍「慰安婦」として戦場に連れ出される。その数おおよそ14万人。1945年に日本がポツダム宣言を受諾し、敗戦を迎えたときには、在日朝鮮人は200万人に膨れ上がっていた。
  歴史の深い溝は、人々の心の中にこのようにして刻まれているのだ。この歴史のテキストを私たちが引き受けることなしに、あすの新しい関係、交流の答えを出すことは到底できないのではないか。現在、日本政府や企業を相手に、謝罪や賠償、名誉回復を求める戦後補償裁判は、韓国、中国をはじめ、その他の国から合計80件にものぼっているという。被害の様態も、「慰安婦」や人体実験、毒ガス・砲弾被害など、と多様だ。政府間の関係正常化の努力だけで、解決済みだと逃れるわけにはいかない。原告は、個人への日本国政府の責任を問うているのである。
  韓国国民の怒りは、また、日本の閣僚や議員から発せられる妄言に対する日本人の寛容な姿勢にも向けられる。同化、服従、排斥という当時の支配者が身につけたと同じ精神構造がいまも日本の中で亡霊の如く徘徊していると映るのである。日本政府のいう「謝罪」は中国にしても、韓国にしても人々の心に届くものになっていないことは、はっきりしている。問われているのは、もはや戦争責任というよりは、「戦後責任」というべきものではないのか。市民主体の顔の見える関係づくり、信頼の積み重ね、和解と対話の促進をいっそう強めていかねばなるまい。「ウリハナ」(われらひとつ)の合唱は、朝鮮半島の統一ばかりではなく、日本を含む東アジア共同体づくりへのラブ・コールでもある。我々には「和解への対話」に答えていく使命がある。