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第9回じんけんカタリバ「濁酒(どぶろく)からみる在日コリアンの歴史」を開催しました。(5/29)

 2021年5月29日、第9回じんけんカタリバ「濁酒(どぶろく)からみる在日コリアンの歴史」をオンラインで開催しました。

 講師の李杏理(リ・ヘンリ)さんは在日コリアンの濁酒闘争をメインに研究を積み重ね、「在日朝鮮人の濁酒と生活経済 : 1939-1949」という論文で今年3月、博士号を取得しました。今回は、濁酒とは何かからはじまって、戦後(植民地解放後)の在日コリアンの濁酒文化と生活を守るコミュニティの闘争について、研究の一端を図表や写真を紹介しながら市民にわかりやすく語られました。

 報告の要旨は次の通りです。

 濁酒とは、広義には穀物を使った醸造酒のことであり、古くから朝鮮半島でも日本でも作られてきた。朝鮮半島では近代以前から濁酒作りはもっぱら女性の役割とされ、家内仕事として受け継がれてきた。これが日本の植民地下に税収確保のため高額の酒税がかけられ、自家用酒造が禁じられ、多くの伝統酒が消えていく。一方、日本に渡ったコリアンはその濁酒文化を継承したが、日本では主に米麹を使った濁酒が作られた。

 戦後、在日コリアンの大半が失業にあえぎ貧窮する中で、自分たちの生活文化である濁酒を「密造」し販売することを生きるために頼みの綱とした。日本の官憲は1947年の「川崎事件」を契機として、在日コリアンのコミュニティに対し、人種偏見にもとづいた集中的な取り締まりを実施し、また、在日朝鮮人と犯罪を結びつける発言がなされた。これは政府の関連資料や元官僚の回想録などからも明白に見てとれる。

 そんな中で生活を守るため、在日コリアンによって濁酒闘争が行われた。その内容はまず、免許を持たずに(持てずに)濁酒の製造または販売を行ったこと(酒税法違反)。2つ目に捜査されたとき、濁酒を隠したり、逃れたりするなど捜査の妨害をしたこと。3つ目に、差押えをされた飯米や検束された同胞を取り返す活動や令状の無い違法捜査への抗議活動である。当時の酒税法違反をデータで見ると、朝鮮人女性の方が日本人女性より人口に比して高比率で起訴されたことがわかる。件数比率としては朝鮮人男性の方が朝鮮人女性よりも多い。その闘争では女性や子どもも一丸となって闘ったことが当事者の聞き取りや報道写真からわかる。

 この研究に至った理由として1つ目に、朝鮮半島における食文化が、植民地下においてどのように否定されたかを見ること。2つ目に、近年でもマイノリティや外国人と犯罪を結びつける報道が繰り返されていることがあげられる。ただし、外国人が検挙される件数の大部分は凶悪な犯罪ではなく、入管法違反をはじめとする行政的な違反である。またそうした人たちが時に酒税法や「と畜場法」などの違反をした背景には貧困がある。アウトローな状況におかれた人たち個人の問題にするのではなく、なぜそうさせるのかという背景と過程を分析することが、この社会にある抑圧や排除を可視化し、「自己責任」に対抗する言説になると考えたからである。

 終了後に寄せられたアンケートでは「在日コリアンの歴史について、知らなかったことを知れた喜びがあった」「戦後期の摘発とその報道がいかに差別的に運用されてきたのか、その深刻さを知ることができた」「アイヌ文化における濁酒をめぐる問題と重なる部分が多く、そういった側面から考えるきっかけとなった」など様々な学びがあったことが書かれていました。