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未婚母の出産と養育権の保障に必要な政策は? ー大邱での堂々とした未婚母当事者との出会い(韓国)

<始めて未婚母・父の統計が公表>

「未婚母」とは、様々な事情で、結婚をせずに子どもを育てている母親のことですが、韓国では、結婚をしていないという理由で、未婚母は厳しい偏見と差別を受け、社会から排除されてきました。この数年来、未婚母を支援する市民団体と当事者団体が連携を深め、困難な状況の中で、当事者のエンパワーと相談活動、社会の認識改善や政策提言を続けてきました。こうした努力によって、国(統計庁)による5年毎の人口センサス(人口総調査)において、2015年の調査で初めて「未婚母」「未婚父」が公式に集計されることになりました。統計の結果が2016年秋に公表されましたが、未婚母が、約24,000人、未婚父が約11,000人いました。

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<キャリアの断絶、経済的危機、偏見と差別意識…未婚母をめぐるいくつもの課題>

2017210日に韓国のソウル市内で開催されたフォーラム「未婚母の出産と養育権の保障:日韓の比較と改善への方策」におけるパク・ヨンミ・未婚母支援ネットワーク代表の報告を一部紹介します。パク・ヨンミ代表は、韓国で長年、女性の人権擁護の活動に関わってきましたが、2009年から本格的に未婚母を支援し、彼女たちをとりまく問題の解決に取り組んでいる活動家です。

ある実態調査に回答した未婚母の9割が妊娠によって働いていた職場を辞めているという結果が紹介されました。ちなみに韓国の既婚女性の妊娠によるキャリア断絶は約2割(2011年、統計庁)でした。次に、妊娠中絶は韓国では違法であり、日本より厳しく法が適用されますが、未婚者の妊娠中絶の理由を調査したある大学の資料では、「未婚だから」が9割を占めていました。パク・ヨンミ代表は、政府が中絶を禁止し処罰するのなら、誰もが安心して妊娠・出産し養育することができる環境を作るべきだと述べています。そして社会の未婚母に対する偏見や差別意識はなかなか解消されず、また、出産における経済的危機とそれに続く子育ての経費が家計に重くのしかかっていること、そして、男性と女性の共同養育責任の意識が低く、ワークライフバランスの支援も不十分であることなど、未婚母をとりまくいくつもの課題を指摘しました。

<出産と養育を可能にする具体的な政策提言>

一方で、法律や政策の変化もおきており、子どもを養子縁組するよりも自分で育てる未婚母たちが増えてきました。20128月の改正「養子特例法」施行以降、養子縁組には裁判所の許可が必要になりました。ところで未婚母支援施設は全国にありますが、立地の問題や地域によってはアクセスが不便、勤めている未婚母は利用できないなど、施設の入居条件には課題も多くあります。パク・ヨンミ代表はこのようにデータやこれまでの実態調査の例を示しながら、様々な角度から課題を指摘するとともに、最後に、あるべき支援の方策をまとめました。それは、自治体による専門の相談センターの設置、職場を辞めずに続けられるためのキャンペーンと雇用主への監督、2歳までの生計保障のための様々な施策、8時間労働+通勤時間を保障する保育の提供、公共の賃貸住宅の拡大、そして偏見と差別を解消する公的なキャンペーンと人権教育です。

このフォーラムは、未婚母支援の活動を推し進めている「韓国未婚母支援ネットワーク」が主催しました。当日のソウルは、地元の人も震える寒波に見舞われましたが、会場の100周年記念教会教育館には、未婚母当事者とその子どもたち、研究者、市民活動家、青少年団体の関係者、そして日本から朴君愛ヒューライツ大阪職員を含めて4名が参加するなど多様な人たちが集まりました。参加者たちは、未婚母と養育の権利が保障されるための必要な取り組みについて、日本と韓国の現状をふまえながら議論を交わしました。

フォーラムでは、神原文子・神戸学院大学教授が、日本の参加者を代表して挨拶を行いました。日本側は、田間泰子・大阪府立大学教授が、「非婚母の社会的課題:韓国の調査との比較において」というタイトルで、日本の「非婚母」の歴史と現状、そして「非婚母」へのインタビューからみえた社会的課題と支援の方向性を報告しました。

韓国側の報告を聞きながら、日本からの参加者の間では、未婚母をめぐる社会環境では日韓で共通の課題があるものの、日本では韓国ほど差別や偏見が露骨ではないためか、このような当事者組織はなく、また政策提言などにも至っていないという感想が出ました。そしてパク・ヨンミ代表が提案した方策は、そのまま日本でも必要な内容であるとの意見が一致しました。

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熱く語るキム・ウニ大邱未婚母家族協会代表

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倉庫で、全国から送られてきた未婚母のためのリサイクル品を整理するボランティア

に話を聞く。

<地方都市、大邱における当事者組織の奮闘>

 翌11日は、ソウル市から約300キロ離れた大邱広域市で活動している当事者組織、大邱未婚母協会を訪ねました。事務所2階は倉庫として、未婚母とその家族に必要なものを渡すためのリサイクル品や寄贈品が並べられ、1階は住居のたたずまいで保育用品やおもちゃや本がいっぱいあり、お母さんが子どもと寝泊まりできるようになっています。この他にシェルターも運営していますが、公的な支援は受けておらず、主に会員による会費と寄付金や寄贈、プログラム助成の申請などで活動を回しているとのことです。

毎週土曜日が会員の定例活動日ですが、211日は陰暦の正月15日(テボルム)なので、特別にお菓子を持ち寄り、お母さん、子どもたちとボランティアの人たちがみんなでごちそうを作ってパーティを楽しんでいました。

 大邱未婚母協会を紹介していただいた、ソン・ジョンヒョン協成大学教授によると、大邱は人口250万人を有する都市ですが、元々保守的な地盤であり、未婚母たちをとりまく環境もソウル周辺とは違い、より厳しい条件でやってきたとのことです。キム・ウニ代表は、自身の子どもはもう大きいのですが、未婚母として生きてきた人です。キム・ウニ代表は、養子縁組から親の養育を優先するという趣旨の法施行によって施設閉鎖のあおりを受け行き場のなくなった未婚妊婦の実態を提起し、20157月には、大邱市行政の不十分な対応に対して、市庁前でハンガーストライキをするなど体を張った訴えを行いました。

<全国から寄せられた保育用リサイクル品や寄贈品の山>

事務所でのインタビューの後、大邱未婚母協会のスタッフが市内の他の場所にある大きな倉庫2か所にも案内してくれました。タクシーに同乗したスタッフに話を聞くと、自身も保育所に子どもを預けて働いている当事者であり、半年前にスタッフになったとのことでした。倉庫の一つは、市内の障害者団体によって使っていないからと無償で提供されたもので、企業から未婚母への寄贈品が積まれていました。もう一つの倉庫は、全国から送られてくる未婚親への様々なリサイクル用品を整理・選別するための場所で、未開封の段ボール箱の前でボランティアが黙々と作業をしていました。

キム・ウニ代表のエネルギッシュな話ぶりに加えて、次々と事業を展開していくそのスケールの大きさに圧倒されました。インタビューでも語られたように、未婚母やその家族への偏見や差別意識がまだまだ厳しい韓国社会で、まずは当事者として堂々としている姿を当事者自らが認識することが大事であることを確認しました。

今回の記事は、科学研究費助成金事業「ひとり親家族にみる社会的排除、複合差別、および、社会的支援に関する日韓の比較研究」(研究代表者:神原文子・神戸学院教授)の一環として、ヒューライツ大阪の朴君愛職員が、研究協力者として韓国に出張した報告です。(朴君愛)