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「ウィシュマ・サンダマリさんを追い詰めた密室の奥の差別」【移住者×女性】  安田菜津紀 認定NPO法人Dialogue for People副代表/フォトジャーナリスト

「なぜ、そういった態度をとり続けるのですか? スリランカが貧しい国だからですか?」

ウィシュマ・サンダマリさんの遺族として来日した、妹のワヨミさん(次女)、ポールニマさん(三女)が、入管関係者らにこう訴えかける様子を何度、見てきただろう。2021年5月に来日して以来、姉の死の真相が知りたいと、二人は入管庁に、そして日本社会に働きかけを続けてきた。彼女たちがこうした言葉を繰り返さなければならないのは、ウィシュマさんや遺族に対し、差別的な措置が続いてきたからにほかならない。

ウィシュマさんは2017年6月、日本で英語教師になることを夢見てスリランカから来日し、千葉県成田市の日本語学校に通っていた。当初は熱心に授業に出席していたものの、次第に学校に通えなくなり、除籍となって在留資格を失ってしまうことになる。

同居していた男性から追い出された、と静岡県内の交番に駆け込み、オーバーステイが発覚したのは2020年8月のことだった。その後、名古屋入管の施設に収容されたが、帰国できない理由として、同居していた同じスリランカ出身のパートナーからDVを受けていたこと、その男性から収容施設に届いた手紙に、「帰国したら罰を与える」など、身体的な危害を加えることをほのめかす脅しがあったことを訴えていた。私が見せてもらった遺品のノートにも、暴力を恐れ、《今帰ることできません》と切迫した言葉が綴られていた。

けれども彼女は最後まで、DV被害者として保護されることもなく、「仮放免」という形で施設の外に出ることも許されなかった。体調を崩し、最後には職員の呼びかけにほとんど反応できないほど衰弱していたにも関わらず、緊急措置はおろか、本人が求めていた点滴なども受けられず、2021年3月6日に息を引き取った。

同年6月、名古屋市内の大学教員が保護責任者遺棄致死傷容疑で名古屋入管の関係者らを告発し、11月には遺族側が、入管側に「死んでも構わない」という「未必の故意」があったとして、当時の局長や亡くなった日の看守責任者らを殺人容疑で告訴していた。けれども2022年6月17日、「死因が特定できない」などとして、全員に「不起訴」の判断が下された。それも、「嫌疑なし」での不起訴だ。

遺族は検察審査会に審査を申し立て、8月31日、名古屋地検で不起訴となった捜査の記録などを閲覧したところ、鑑定書に記された死因は「食思不振による脱水と低栄養に、自己免疫性甲状腺炎に起因する、未完成の血球貪食症候群が合併した複合的な要因による多臓器不全」と記されていた。ここまで鑑定人が明確に記しているにも関わらず、なぜ名古屋地検も入管も、収容と死の因果関係を無視するのだろうか。

私は取材を通し、ウィシュマさんの事件の背後にあるのは、入管による官製差別と複合差別であると感じてきた。

2021年8月10日に入管庁が公表した「最終報告書」には、随所で職員たちがウィシュマさんを見下すような言動をしていたことも見て取れる。例えば2020年3月1日、ウィシュマさんが亡くなる5日前、ウィシュマさんがカフェオレを飲もうとしたところ、うまく飲み込めずに鼻から噴出してしまう様子に、「鼻から牛乳や」と職員が発言。死亡前日の3月5日には、食べたいものを尋ねられたウィシュマさんが弱々しく「アロ...」と答えところ、職員が「アロンアルファ?」と聞き返している。亡くなった当日でさえ、反応を殆ど示さないウィシュマさんに対して、「ねえ、薬きまってる?」などと声をかけていたことが記録されている。死を目前にした人間に対し、こうも最後まで嘲ることができるのかと、「最終報告書」に目を通したとき、背筋の凍る思いだった。

けれどもこれは、個々の職員の差別意識の問題に留まらない。注目すべきは、ウィシュマさんの仮放免を不許可にした理由だ。《一度、仮放免を不許可にして立場を理解させ、強く帰国を説得する必要あり》という記載があるように、日本に留まることを諦めさせるための「手段」として収容を用いていたことが堂々とつづられている。収容の本来の目的は、外国人が送還されるまでの「準備」としての措置であり、拷問の道具として入管が恣意的に使うべきものではない。「外国人は音をあげるまで拷問していい」という構造的な差別が、衰弱していることが明らかな人を前にしても救急車さえ呼ばない組織を作り上げていったのだ。

そもそもウィシュマさんがDV被害者として適切に保護されていれば、この事件は起きなかったはずだ。「最終報告書」では、「中絶を強要された」といったウィシュマさんの証言が十分に検証されていない。これが事実だとすれば、男性側は刑法で裁かれる可能性がある。非常に危険な暴力が繰り返されていたかもしれないにも関わらず、ウィシュマさんの身に「切迫した危険はない」と結論づけられてしまっている。一方、同居していた男性側は、一度は収容されたものの、入管側の職権で仮放免され、解放されている。「最終報告書」も、その男性側の証言がより強く反映される内容となっていた。この非対称性は何だろうか。

外国人差別と女性差別、ウィシュマさんに向けられた複合差別は、彼女を死に至らしめるまで追い詰めた。その構造は今も、変わっていない。けれども密室の奥に押し込められた人々は、自ら声を届けることすらできない。大切なのはこの実態に「気が付いた」人々が、それを指摘し、現状を変えていくための声をあげ続けることではないだろうか。
(2022/9/1)


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認定NPO法人Dialogue for PeopleのURL:https://d4p.world/