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「ことばと差別~たとえばカタカナの使い方について」を開催しました。(9/25)

 ヒューライツ大阪は925日、身近なテーマから人権について考える企画として「ことばと差別~たとえばカタカナの使い方について」を「ことばのバリアフリー」の著者、あべ・やすしさんを講師にむかえ開催しました。

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 あべさんは、まず「ことばのかたち」について、世界の言語には音声言語と手話言語の2種類があり、日本語は音声言語のうち文字がある言語であり、日本語の文字体系には晴眼者(見えるひと)が使う墨字(すみじ:視覚にうったえる文字)と点字(触覚と視覚にうったえる文字)の2種類があると整理しました。

 このうち晴眼者が使う文字である墨字の中に今回のテーマの中心となるカタカナがありますが、そもそも「墨字」やそれを使用する「晴眼者」という名称は、「点字」や「盲人」とくらべてほとんど知られていません。あべさんは、ここには社会の多数派が「ふつう」と認識するものには名前をつけず、特殊だと認識したものに名前をつけるという現象があると指摘します。社会の多数派には名前がつかない、名前があっても知らなくてすむということは、多数派だからこそ無自覚でいられるということを意味します。あべさんは、非識字者や点字使用者の存在を無視する多数派による自文化中心主義に陥らないためにも、「ことばのかたち」を整理し、相対化して捉える視点を持つことが大切だといいます。

 現在の墨字の日本語の標準的な表記法においては、「日本のもの」を漢字やひらがなで表記し、「異文化のもの」(外来語、外国や異民族の地名や人名など)をカタカナで表記します。あべさんはこのカタカナが持つ「異物を区別する」働き(異化)に目を向け、外国にルーツがあるひとの名前の表記について人権に関わる問題として自己決定権を尊重できているか、また、日本語を第一言語としないひとが発した日本語をわざとカタカナで表記し、その「つたなさ」を文字化することの差別性を提起しました。

 しかし、あべさんはこれが正しい表記の仕方だという正解はないともいいます。日本語が第一言語ではないひとやパソコンで墨字の日本語を入力している点字使用者など、さまざまなひとが日本語の文字と関わっている現実をふまえて、多数派が当たり前のものとして見てきた「ことばの風景」をあらためてふりかえり、みんなで議論していくことが必要だと述べました。

 参加者からは「外国にルーツがあるひとの名前の表記について考えるきっかけになった」という声や「日頃、当たり前に接している文字情報そのものについて考えられる機会となった」という感想が寄せられました。

 参加者は18人でした。

*当日の発表資料をあべさんのウェブサイトから読むことができます。
http://hituzinosanpo.sakura.ne.jp/katakana.html