特集:「ビジネスと人権」の推進をめざす市民社会の取り組み
外務省は2025年12月24日、「ビジネスと人権に関する行動計画」(以下「NAP」)を改定したことを公表した。日本のNAPをめぐってはこの間、2020年10月に策定された初版のNAPを改定するプロセスが進められてきた。2025年10月には改定版NAPの原案がパブリックコメントに付され、514件の意見の提出があったとされている。
初版のNAPをめぐって指摘されてきた数多くの問題点や課題は、今回の改定版NAPでどう解決されたのだろうか。NAPに関しては、国連ビジネスと人権作業部会が2016年に「ビジネスと人権に関する国別行動計画の指針」を示し、各国はこれに基づいてNAPを策定すべきことを勧告している。また、2023年の同作業部会による訪日調査の報告書(2024年6月)では、NAPの見直しに関して、ギャップ分析の実施や人権指標の明確化など5項目を日本政府に勧告している。こうした勧告も踏まえながら、いくつかの論点にしぼって今後の課題を展望したい。
今回改定されたNAPでは、本文の約6割を使って今後取り組む8つの「優先分野」が次のような項目で記述されている。
①人権デュー・ディリジェンス及びサプライチェーン、②「誰一人取り残さない」ための施策推進(ジェンダー平等、外国人労働者、子ども・若者、障害者、高齢者)、③テーマ別人権課題(AI・テクノロジーと人権、環境と人権)、④指導原則の履行推進に向けた能力構築、⑤企業の情報開示、⑥公共調達・補助金事業等を含む公契約、⑦救済へのアクセス、⑧実施・モニタリング体制の整備 初版のNAPと比べても、この項目設定は一見すっきりしているように見える。本文でも、「日本が取り組むべき課題と今後目指すべき方向性を国内外により分かりやすく示し、行動計画を更に効果的に実施する観点から、従来、関係府省庁が政策領域ごとに、点ないしは線として実施してきた施策を、ビジネスと人権の観点から、横断的に面として捉え直すことにより、日本が取り組むべき優先分野を明示することにした」と記されている。しかしここにはいくつかの問題点が潜在している。
人権への負の影響の深刻さと、それを改善するための政府の施策の影響力を考慮して設定するのが、本来の「優先分野」である。その考慮のためには、施策の現状はどうなっていて、その施策は人権の保護をどの程度実現するに至ったかを確認するための施策のギャップ分析が必要になるが、初版のNAPの策定プロセスですでに欠落していたギャップ分析は、現在もなされていないままである。
ちなみに、こうした指摘はパブリックコメントで「同旨多数」の意見があったとされており、しかしその回答は「頂いた御意見は今後の参考にさせていただきます」にとどまっている。
ギャップ分析のためには施策の現状を評価する評価指標の策定が不可欠である。本来は行動計画とセットで策定されるべき評価指標は初版のNAPには含まれておらず、その後の各施策の実施状況報告の中で担当省庁によってそれぞれ設定されてきた経過がある。しかし、その設定されてきた評価指標の多くは、施策が社会にどうインパクトを及ぼし、人権の保護がどの程度実現されたかを測ることのできる「アウトカム指標」ではなく、施策の直接の実施結果を数値化したような「アウトプット指標」となっている。
この点、改定版NAPでは、「行動計画全体の進捗を測る新たな評価方法として、どのような指標の設定が実現可能かつ有益かという点については、引き続きステークホルダーとも協議しつつ検討を行い、その実施体制についても検討を行っていく」としている。今後の展開を注視していきたい。
「優先分野」には全体で86項目の「取組の方向性及び具体的施策の例」が記述されている。例えば「人権デュー・ディリジェンス及びサプライチェーン」の最初の「例」では、「サプライチェーン上における企業の人権尊重の取組促進につながるような情報提供や支援策に関するマルチステークホルダーとの対話の継続」として「円卓会議・作業部会の継続」及び「テーマごとの課題把握・施策の在り方を議論する機会の検討」が掲げられている。また「ジェンダー平等」の最初の「例」では、「企業活動におけるジェンダーによる差別、暴力及びハラスメント等の根絶並びに被害者の救済等に係る施策」という表現になっている。「継続」や「検討」が他の分野も含めて多用されていることの問題性はさておき、これらの「例」の記述に施策内容の具体性が欠けていることは明らかである。
こうした具体性のない施策内容では、上記の評価指標も策定が難しくなる。おそらく、年次の具体的な「アクションプラン」的なものが必要になってくるだろう。
以上のように、ビジネスと人権に関する指導原則を国が実施していくための政策戦略としてなお課題は多いが、NAPが、つまり国の施策がライツホルダーの人権に及ぼす影響は小さくない。引き続き注視していきたい。