特集:「ビジネスと人権」の推進をめざす市民社会の取り組み
『「ビジネスと人権」に関する行動計画(2020-2025)』や2025年12月に公表された「行動計画改定版」にも「労働組合」という言葉は出てこない。策定のプロセスに連合から委員が参加していることは示されているが、本文の中に「労働組合」の役割についてはまったく触れられていない。行動計画が国家と企業が取り組む内容を定めることが前提になっているので、労働組合の役割は労働組合自身でやればいいという考えに立っているのではないかと想定される。しかし、国連の「ビジネスと人権」の指導原則の中では、労働組合と多国籍企業とのグローバル枠組協定の役割を議論するところで労働組合が登場している。日本でも3社(髙島屋は2008年11月、イオンは2014年11月、ミズノは2011年11月、2020年10月改定)でグローバル枠組協定が締結されていたが、行動計画の中では触れられてはいない。それでも関係省庁で作成された「責任あるサプライチェーン等における人権尊重のためのガイドライン」(2022年9月)には、企業によって影響を受ける利害関係者(ステークホルダー)の1つとして労働組合が位置づけられている。そこで本稿で「ビジネスと人権」における労働組合の役割を議論する意味がある。
「ビジネスと人権」にとって労働組合は利害関係者の1つであるが、利害関係者の中でも特別な地位にあると思われる。企業の責任を果たすのは社長や取締役などの企業経営者であるが、それらの人々だけで責任が果たせるわけではない。その履行補助者である従業員の協力がなければ果たすことはできない。従業員は経営者からの業務命令によって「ビジネスと人権」の遵守を果たす義務が生じると同時に、経営者から「ビジネスと人権」に関わる自ら有する権利を侵害されないという利益を享受している。その従業員を組織するのが労働組合である。日本の場合には労働組合の9割強は企業別組合であり、従業員によって企業別組合が組織されている。ただその推定組織率は低下傾向にあり、2024年の調査では平均で16.1%である。しかし、民間の従業員1000人以上の大企業では約40%であり、組合はそれなりの影響力を発揮できる力を有している。100人から999人以下の企業では9.9%、99人以下の企業では0.7%と極端に少なくなっている。中小企業では労働組合はその力を発揮しにくい状況にあるという問題点を持っている。
労働組合には企業に協力する側面と対立する側面を有している。「ビジネスと人権」を遵守することによって経営上のリスクをなくして企業の利益を大きくすることに協力することができる。たとえば、国内外のサプライチェーンにおける人権デュー・ディリジェンス(1への取り組みへの協力はそれに該当する。逆に、もし企業が従業員の権利を侵害する場合には、労働組合は企業と対立して、その侵害行為を是正させる活動をおこなう。たとえば、ハラスメントやディーセント・ワークの実現を危うくする行為には労働組合は抗議して、それを阻止する活動をおこなう。
労働組合が「ビジネスと人権」にどう取り組むべきかの基本方針を定めた指針が連合本部、金属労協、UAゼンセン等から出されている。
連合は2023年8月27日「ビジネスと人権に関する連合の考え方」を発表した。労働組合がビジネスと人権に関与すべきであるという認識が労使とも不十分であるという前提で、連合本部、傘下の産業別組合、単組、地方連合会の4つのレベル毎の役割をまとめている。連合本部は政府への働きかけや経済団体との連携を目指す。産業別組織は業種毎のガイドラインの作成、単組は労使協議会での討議、地方連合会では労働相談による人権侵害の救済に取り組むことを主要な任務としている。
金属労協は、2023年8月「人権デュー・ディリジェンスにおける労働組合の対応ポイント」を公表した。人権デュー・ディリジェンスのプロセスに労働組合として参画(制度設計、労使協議会での討議で情報提供や意見交換等)、苦情処理や救済システムの設計に労働組合が参画、グローバル・バリューチェーンにおける人権侵害撲滅に向けた関与(海外グループ企業訪問時に現地の組合との情報交換・意見交換、インダストリオール・グローバルユニオンとの交流による情報交換やグローバル枠組協定の締結等)が述べられている。連合本部より具体的に対応策を提言している。
UAゼンセンは2004年11月「CSR対策指針」によって労働CSRの促進を打ち出した。企業行動規範の作成、グローバル・コンパクトへの参加、グローバル枠組協定の締結促進を取り上げている。さらに、2022年12月「サプライチェーン等における企業の人権尊重の推進に向けたUAゼンセンの取り組み」を公表している。労使協議会で人権を議論すること、人権デュー・ディリジェンスの全ステップへの労働組合の参画、苦情処理・救済システムへの組合の参画とサプライチェーンへの関与の強化を提言している。
以上のとおり、労働組合が企業の進める人権デュー・ディリジェンスに参画して、情報交換やサプライチェーンでの労働組合の情報収集や関与を深める具体的な提言をおこなっている。
組合の活動の中で、国連の指導原則も注目しているグローバル枠組協定について述べておこう。この協定は、産業別国際組織が多国籍企業での人権を遵守するための手段として提唱されたものである。先に述べた3社のグローバル枠組協定はすべてUAゼンセンが関与している。この協定には、企業、その企業の従業員で組織される組合(単組)、UAゼンセン、インダストリオール・グローバル・ユニオンの4者が当事者として署名している。これは企業別交渉や協議に産業別国際組織が通訳をつれて参加していることを意味する。日本では団体交渉や労使協議は企業単位で実施し、その場に参加するのは日頃見知った者同士である。そこに産業別国際組織の代表が参加するのである。これは企業のグローバル化が進む中で、日本の労使関係が画期的な段階に達したことを示す出来事である。さらに、UAゼンセンという産業別組合が話し合いに参加していることは、単組と産業別国際組織との橋渡しの役割を果たしつつ、自ら協定の当事者としてその履行に責任を有することを示している。この協定は法的拘束力を持たず、裁判規範としての機能は期待されていない。当事者が任意に履行することが期待されているにすぎない。それでもグローバル枠組協定の締結によって、中核的労働基準(2や人権の遵守を促進する機能をもたらすことが期待される。これらの基準を遵守するために、当事者間で定期的に会合を開催して情報交換をし、問題が発生した、あるいは発生しそうだという場合、当事者が話しあいによって解決を図る仕組みを導入している。
この協定を締結している企業は多国籍企業であり、多くの国に工場や店舗を持っており、国内だけでなく、海外でのサプライチェーンの管理が不可欠である。商品、部品、原材料等を入手する際に、それらが人権侵害のおそれのある手段や方法で作り出されている場合、それを扱う取引先を指導・助言することによって、それを是正する。問題が発生した場合、取引先との取引を停止するという方法もありうるが、それは最後の手段である。その前に、中核的労働基準や人権が遵守される仕組みを取り入れ、持続可能な取引が可能になるよう努力する。それに産業別国際組織が関与することによって、迅速に解決に取り組むことが期待される。
連合は2025年春闘において、はじめて人権デュー・ディリジェンスを企業内で促進することを闘争方針に掲げた。2025年7月8日の最終集計によれば、単組が要求した44件のうち、19件で促進する合意がなされた。組合が指針作成や取り組みに参画することや労使協議会で人権問題を付議し、情報を共有することに合意したものである。現段階で数は少ないが、今後、人権デュー・ディリジェンス実施への弾みとなることが期待される。
<脚注>