人として♥人とともに
現行の民法では、婚姻届を出す際に夫婦は同一の氏(姓)にしなければなりません。旧姓で仕事を続けたいと思っていた私は、日本政府が発行するパスポートには通称を併記できることを知り、以来、パスポートには通称(旧姓)を併記してきました。具体的には姓 (surname)に続き、括弧内に旧姓が表記されます。
この間、旧姓使用を実践する人が確実に増え、過去には選択的夫婦別姓に賛成する首相も生まれるなど、導入への機運は確実に高まりつつあると感じていました。通称併記は「選択的夫婦別姓が実現するまでの便宜的対応」と考えてきましたが、ここに来て暗雲が立ちこめています。具体的には与党を含む複数の政党が「通称使用の法制化」を目指していることが挙げられます。
マイナンバーカードへの通称併記が導入されるなど、旧姓を使い続けることは容易になり、戸籍上の姓を強制されることによる不都合はなくなってきたのではと感じている方もおられるかもしれません。ですが、日常生活では思わぬ場所で思わぬ困難に遭遇します。今回のコラムでは私自身の経験を共有させてください。
ゆうちょ銀行の本人確認が厳格化されたことにより、これまで問題なく使えていた旧姓の口座に関し本人確認を求められることになったのですが、そのプロセスが容易に進まず、何度も郵便局や役所に通うことになりました。
郵便局の窓口では、ゆうちょ銀行の「旧姓での口座利用に関するお知らせ(以下「お知らせ」)」にある 「旧姓が併記された本人確認書類」(1にパスポートが含まれていないため、パスポートでは旧姓使用は認められないと言われ、また現在の住民票上の住所で暮らしていた期間に戸籍名の変更が生じたのではないなら住民票には旧姓は記載されないとの説明を受けました。
結論から言うと、何度目かに訪れた役所で、「(戸籍上の姓が変わったタイミングにかかわらず)住民票への旧姓記載が可能であること」を教えてもらい、そのための請求書を提出して住民票を取得し、ゆうちょ銀行に申請しました。
一件落着と言いたいところですが、「お知らせ」にある以下の記載を読むと、「旧姓でのゆうちょ銀行の口座利用」には様々な制約が存在します。
今回の経験からは、①ゆうちょ銀行が旧姓での口座利用に関する制度設計をした際に通称(旧姓)併記が可能な本人確認書類であるパスポートの存在を見落としていた可能性、②請求すれば住民票には旧姓記載が可能であるにもかかわらず、役所の証明書発行窓口の担当者には周知されていないという2点の課題が指摘できます。通称使用の拡大では手続の複雑さや種々の制約は解消せず、政府が主張する「不便の解消」にはつながらないことを痛感しました。
長年にわたり実現が模索されてきた選択的夫婦別姓ですが、2024年6月には経団連が「女性活躍に対する制度の壁を乗り越えるために必要」として首相に提言(2を提出しました。提言では91%の企業が通称使用を認めているが、「旧姓の通称使用が可能であっても戸籍上の姓の変更に伴い不便さ、不都合、不利益が生じる」と答えた女性役員が88%にのぼるとのデータが示されています。具体的な課題としては「通称では不動産登記や契約書へのサインができない」「戸籍名しか認められない場合、キャリアの連続性が損なわれる」「結婚、離婚に関し一方だけがプライバシーの暴露を強いられる」等が挙げられています。
「通称使用の拡大」では戸籍上の姓名との二重構造のために様々な手続の複雑さは解消せず、現場と当事者の混乱が予想できます。その複雑さは通称使用をあきらめさせる目的ではないかと感じさせられるほどです。通称使用の拡大ではなく、男女双方の人格権とアイデンティティの一貫性が保障され、個人が幸福を追求するための自由な選択を可能にする選択的夫婦別姓の導入が必要です。
<脚注>