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国際人権ひろば No.185(2026年01月発行号)

特集:「安全」「安心」の名のもとに脅かされる人権

だれが守られるべき性/生か―東アジアのクィア政治

 包摂/排除の政治へ

 2000年代以降、国際社会では性的マイノリティの権利が関心を集めている。国連やWHOといった国際機関を皮切りに、国家や自治体、企業、大学、マスメディアが性的マイノリティの人権に言及するようになった。セクシュアリティはジェンダーやエスニシティと同じように「人権」を構成する要素とみなされ、性的マイノリティの社会的包摂が政治の争点として浮上した。

 同時に、こうした動きに対する反発も広がっている。日本では2000年代初頭から、保守政治家を中心にフェミニズムやジェンダー平等に対するバックラッシュがくり返されてきた。男女共同参画政策や性教育への攻撃はその象徴である。他方、世界ではカトリックを軸とするキリスト教右派の「反ジェンダー運動(Anti-gender movement)」が、ジェンダー平等や性的マイノリティの権利を「家族を破壊するグローバルな陰謀」として攻撃してきた。東アジアでは、20世紀にキリスト教が劇的な発展を遂げた韓国を中心にトランスジェンダーを標的とする嫌悪言説が広がり、日本や台湾にも波及している。その帰結として、日本ではバックラッシュと反ジェンダー運動の言説が融合し、同性婚やトランスジェンダーの権利を否定する言論が急速な勢いで拡散している。

 性的マイノリティの人権の制度化をめぐっては、包摂をとおしてマジョリティとの平等を達成しようとする運動と、排除を保持することで現状を維持しようとする力学とがせめぎあっている。本稿では日本や台湾の事例を手がかりに性的マイノリティの包摂/排除の政治を考えてみたい。

 LGBT理解増進法と「マジョリティ」の「安心」

 2023年6月、「性的指向及びジェンダーアイデンティティの多様性に関する国民の理解の増進に関する法律」(以下「LGBT理解増進法」)が施行された。差別の禁止を掲げた野党案に対し、自民党案はマジョリティである「国民」の「理解」を重視した。保護されるべきマイノリティではなく、「理解する側」のマジョリティに焦点を当てたのである。

 7年もの議論を経て最終的に成立した法律は、超党派案(立憲・共産・社民が提出)を参照しつつ、「性的指向およびジェンダーアイデンティティを理由とする不当な差別はあってはならない」とうたった。しかし、成立直前まで自民や公明、維新、国民民主によって修正が重ねられ、そのたびにマジョリティに力点を置く方向へと押し戻された。たとえば、「性自認」という表現は、「自認の性を認めれば、トイレや風呂で性別を都合よく使い分ける犯罪者が現れる」といったマジョリティの懸念を受けて、「ジェンダーアイデンティティ」という専門用語へ修正された。また、「すべての国民が安心して生活することができるよう留意する」という文言が追加され、まるで性的マイノリティが「国民」の「安心」に対する脅威であるかのようなイメージが作り出された。教育についても、当初案にあった「学校の設置者の努力」が削除され、「家庭や地域住民、その他関係者の協力を得る」という表現に置き換えられた。ここでも性的マイノリティの子どもに対する差別の解消とマジョリティの「安心」を秤にかけて、後者を重視するメッセージが強調されている。

 このようにLGBT理解増進法は差別禁止の理念を明記しつつも、マジョリティの不安や懸念をなだめる安全弁として設計されたといえる。法律の制定と同じ時期に、自民党有志による「全ての女性の安心・安全と女子スポーツの公平性等を守る議員連盟」が結成され、トランスジェンダー女性を「女性」カテゴリーから排除する動きが本格化したことも象徴的である。「女性の安全」という名目でトランスジェンダーの権利が切り捨てられる構図は、まさに「だれの安全が守られるに値する/しないのか」という問いを突きつけている。

 ポスト同性婚時代の台湾

 台湾では2019年に同性婚が法制化され、「アジア初の同性婚法制化国」として国際社会から注目を集めた。これは性的マイノリティの長年の社会運動に司法判断やリベラルな政権の選択が重なり合った結果であり、台湾政府は同性愛者の包摂を民主化の到達点として位置づけた。そして同性愛者の国家的包摂をつうじて近代国家としての「進歩性」や「寛容性」を強調するホモナショナリズム(homonationalism)の拡大にもつながった。ジャスビル・プア(2007)は、ポスト9・11の米国においてムスリムを性的に劣った他者として排除しつつ、ゲイの国家的包摂を根拠にナショナリズムを強化する構造をホモナショナリズムと呼んだ。

 台湾では2010年代をとおして、米国と並ぶ「LGBTフレンドリーな国家」として自国を称揚するナショナリズムが、「野蛮な中国」を他者化する枠組みのなかで流通してきた。そして民主化の成功や国家の正当性が同性婚に仮託される過程で、血縁・パートナーシップによらない親密性の構想や婚姻制度の廃止といったラディカルな制度批判は後景化された。

 ところが同性婚の法制化が民法改正による「婚姻の平等」でなく特別立法で実現したことは、既存の諸制度との整合性を欠くという新たな課題を生み出した。第一に、国境を越えたパートナーシップの問題がある。法制化当初は、相手国で同性婚が認められていない場合、台湾での婚姻登録が認められなかった。その後、裁判闘争を経て、外国籍パートナーとの同性婚が承認されたが、中国国籍保持者だけは依然として対象外とされている。これは、婚姻というプライベートな関係においてさえ国家の安全保障の論理や地政学的な緊張が個人のパートナーシップに優先される現況を示している。また、家族形成に関する権利の制限もみられる。生殖補助技術へのアクセスが異性婚カップルに限定され、同性カップルは結婚後も生殖補助技術を利用した家族形成が認められていない。


no185_p8-9_img1.jpg台湾のプライドパレードで掲げられた「クィアは服従しない」
(2015年5月6日高雄市で筆者撮影)



 おわりに

 日本と台湾の経験は、一見すると異なる文脈にみえるかもしれない。しかし、両者に共通するのは、性的マイノリティの人権が焦点化しつつも、国家が包摂可能な性的マイノリティを選定する過程で、マジョリティの「安全・安心」を脅威に晒しうるマイノリティを他者化しつつ排除しようとする力学である。

 人類学者のガッサン・ハージは、現代社会を特徴づける支配的な感覚として「防衛」を指摘する。人びとは、社会をどう変革するかよりも、自分たちの生活世界を守ることに強くこだわるようになる。そして社会的危機の原因を探って解決を図るのではなく、危機の影響をいかに統制し、管理するかに社会の関心が移っている。

 LGBT理解増進法における「国民」の「安心」の重視や台湾の同性婚における中国人の排除は、こうした防衛の心理が優先される社会的文脈で捉えることができるだろう。そこでは、性的マイノリティに対する差別や暴力という問題の根本的な原因を探るよりも、社会の秩序を防衛する範囲内でマイノリティを限定的に包摂しようとする力学がみられるのだ。

 だからこそ私たちは、「だれの、いかなる性/生が守られるに値する/しないか」を弁別する力学それじたいを問い、暴露する必要がある。そしてマイノリティの限定的な包摂の達成を祝うのでなく、その過程で進行している新たな規範化や階層化を可視化し、そこから排除されるマイノリティの性/生をこそ出発点として、人権と連帯のあり方を構想しなければならない。



《参考文献》

  • 福永玄弥, 2025,『性/生をめぐる闘争?台湾と韓国における性的マイノリティの運動と政治』明石書店
  • Hage, Ghassan, 2015, Alter-Politics: Critical Anthropology and the Radical Imagination, Melbourne University Press(塩原良和・川端浩平監訳、前川真裕子・稲津秀樹・高橋進之介訳, 2022,『オルター・ポリティクス―批判的人類学とラディカルな想像力』明石書店).
  • Puar, Jasbir, 2007, Terrorist Assemblages:Homonationalism in Queer Times, Duke University Press.