人権の潮流
現行法上、日本では、法律上(戸籍上)の性別が同性同士であるカップル(同性カップル)の婚姻は認められていない。
これにより同性カップルは、婚姻に伴う様々な法的保護(法定相続権、配偶者控除、配偶者ビザなど多数)を受けられず、社会生活においても、ほとんどの場面で正式な「家族」として扱ってもらえない。さらに、現状は、「同性カップルないし性的マイノリティは異性カップルないし性的マジョリティと同等の法的保護を与えるに値しない存在である」との誤ったメッセージを国が発し続けているのと同義であり、性的マイノリティに対する差別・偏見が助長・再生産されるという効果をもたらしている。
性的指向や性自認などの性のあり方は、自らコントロールすることのできない属性であり、人格の一部であるにもかかわらず、それによって性的マイノリティは重大な不利益を受けているのであり、これは人権侵害にほかならない。
2023年の朝日新聞社による全国世論調査によれば、同性間の婚姻について72%が賛成と回答しており、反対と回答した18%を大きく上回っている。
また、世界では39の国・地域で同性間の婚姻が認められており、G7メンバー国の中で同性カップルを法的に保障していないのは日本だけである。2022年に国連の自由権規約委員会、2024年には女性差別撤廃委員会が日本に対し、同性間の婚姻を認めるための法改正をすべきとの勧告を行うに至っている。
同性間の婚姻に肯定的な世論や国連からの勧告にもかかわらず、日本政府は、同性間の婚姻を認めるか否かを検討すること自体についてさえ消極的な態度をとり続けている。
具体的には、安倍晋三元首相が2015年に「我が国の家族の在り方の根幹に関わる問題であり、極めて慎重な検討を要する」と答弁して以来、歴代の首相は似たような答弁を繰り返し、2019年と2023年に野党から提出された婚姻平等法案(同性間の婚姻を認めるための法改正の法案)について審議すら行っていない。
そこでやむを得ず提起したのが「結婚の自由をすべての人に」訴訟である。この訴訟は、同性間の婚姻を認めていない現在の法律が憲法違反であることを問う日本初の訴訟であり、2019年に札幌・東京・名古屋・大阪・福岡地裁にて提起された。その後、2021年には東京で2つ目の訴訟が提起されたため、現在、全国5か所で6つの訴訟(東京は2つ)が進行中である。
本稿執筆時(2025年9月末)までに、6つの訴訟のうち5つの訴訟(2019年提訴分)について高裁判決が言い渡されており、そのすべてが違憲と判断している。

東京高裁判決直後の原告・弁護団(2024年10月30日)
2021年提訴分にかかる高裁判決は本年11月28日に言い渡されることが予定されており、おそらく2026年中には最高裁判決が下されると予想される。最高裁が違憲と判断すれば、政府ないし国会は法改正を迫られることになる。
この訴訟において原告らは、同性間の婚姻を認めていない現在の法律について以下のとおり主張している。
① 婚姻の自由を保障する憲法24条1項(及び憲法13条)に違反する。
② 平等原則を定める憲法14条1項に違反する。
③ 個人の尊厳に立脚して婚姻・家族に関する法律を制定することを要請する憲法24条2項に違反する。
以上に対し、被告である国は、主に以下の4点を根拠に、「同性間の婚姻が認められないことには合理性がある」と反論している。
① 同性愛者であっても異性とは婚姻できる。
② 同性カップルには自然生殖可能性がない。
③ 同性カップルには婚姻した異性カップルと同等の社会的承認がない。
④ 婚姻できなくても共同生活は可能である。
上記①について言えば、同性愛者が異性と婚姻できるとしても、それは婚姻の本質を伴うものとは言えない。
上記②は、自然生殖の意思や能力を婚姻要件としていない現行法の建付けや社会の認識と合致しておらず、異性カップルについては子の有無にかかわらず婚姻が認められていることを説明できない。
上記③については、前述のとおり世論調査において7割が同性間の婚姻に賛成しており、その意味での「社会的承認」は十分に存在している。「婚姻した異性カップルと同等の社会的承認」が不足しているとすれば、それはまさしく、国が同性間の婚姻を認めていないことによる。
さらに、原告らは、「共同生活ができないこと」ではなく「婚姻できないこと」を問題としているのであって、上記④は的外れとしか言いようがない。
6つの訴訟において、まず地裁段階では、大阪を除くすべての地裁判決が違憲判断を下した。憲法訴訟において違憲判断が出ること自体が極めてまれであることからすれば、歴史的かつ画期的なことである。同性カップルが置かれている状況がそれだけ深刻であるということでもある。
ただ、複数の地裁判決に共通する問題として、現在の婚姻制度とは異なる「別制度」を同性カップル用に新しく構築すれば足りるかのような趣旨を述べるものがあった。婚姻制度が広く一般に浸透・定着している中で、同性カップル用にあえて別制度を用意することは、「婚姻制度を利用することが許されていない人達」というマイナスのメッセージ(二級市民のようなイメージ)を社会に与えることになる。法廷において、原告の一人である廣橋正さんは次のように訴えた。
裁判官のお子さんが「自分の好きな人は同性で、その人と結婚したい」と言ったとしたらどう答えますか?「私たちは結婚できたけどあなたは結婚は出来ないの。でも準結婚ならば出来るわよ」と答えるのでしょうか?...結婚できる人と、準結婚しか出来ない人がいるという差別意識が当たり前にはびこっている状況では、LGBTQ+に対するいじめや差別はいつまでもなくなりません。法律が僕たちを平等に扱わない限り、社会は変わらないのです。
原告及び弁護団は、控訴審において、「別制度」を同性カップルにあてがうことでは問題は解決しないことについて、地裁段階以上に主張・立証を尽くした。その結果、複数の高裁判決が、例えば次のように述べて、別制度では憲法違反を解消できないと明言するに至った。
大阪高裁判決(2025年3月25日)
同性カップルの法的保護を法律上の婚姻と異なる形式で行うことは、性的指向という人間の自然的、本質的属性によって、その属性に基づく人格的生存の在り方において合理的理由のない差異を設けることになり、法の下の平等の原則に悖るものといわざるを得ない。...同性カップルについて...法律婚以外の制度を設けたとしても、現時点において異性カップルと同性カップルの間に生じている不合理な差別を根本的に解消し得ないというべきである。
最高裁においても、違憲判断が下される可能性は高いと筆者は考えている。ただし、そこでは、「別制度」ではなく、現在の婚姻制度に同性カップルが包摂されるべきとの判断が明確に示されなければ、その後に続く国会での実際の法改正が紛糾し、さらに長い時間がかかってしまうおそれがある。
ここで、司法や国会を正しい法改正へ導くために重要なのが世論である。これまでの判決においても、世論が高まっているという事実が、違憲判断を支える重要な事実として認定されてきた。実際に法改正を担うことになる国会ないし国会議員においても、当然ながら世論は無視できない存在である。
性的マイノリティが、婚姻が認められないことに象徴されるような差別的な法制度の下にあるのは、筆者を含む性的マジョリティが、そのような差別的な状況に気づかず、無関心で、結果として、そのような法制度を温存させてきてしまったことに問題の所在がある。性的マジョリティこそが、この問題の「当事者」として、目に見える形で具体的なアクションを起こすことが求められている。