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国際人権ひろば No.183(2025年09月発行号)

特集:性と生殖に関する健康と権利(SRHR)をめぐる課題

バックラッシュに抗する-今こそ考えたい、SRHRとジャスティス

福田 和子(ふくだ かずこ)
#なんでないの プロジェクト代表、ヒューライツ大阪 嘱託研究員

 「インドネシアで行われていた包括的性教育の5年間のプログラム、予算執行が突如停止され、2年で研究終了せざるを得なかった」

 「大学にジェンダー・セクシュアリティに関する大規模な研究機関があったが、突如予算の9割が削減され、ほとんどの職員や研究員が解雇された。私は助教だが、来年には解雇されると思う。先は何もわからない」

 「トランスジェンダーの若者にホルモン治療を施し続けるなら、病院全体に対する国家予算をなくすと政府に言われている。いつまで耐えられるかわからない」


 これは私が2025年6月に参加した、性の健康世界学会(WAS)で聞いたアメリカの現状の一部だ。今世界中で、性と生殖に関する健康と権利(SRHR)に対する逆風が吹いている。本稿では、筆者が海外で体感したその逆風の強さと、今私たちに求められることについて、述べていきたい。

  性の健康世界学会(WAS)

 性の健康世界学会(WAS)は性科学世界学会として1978年にはじまり、設立当初から、医学的側面のみならず、心理学や教育学、社会学など、学際的に性科学(セクソロジー)に取り組んできた世界学会だ。今年のテーマは、「ADVANCING SEXUAL HEALTH, RIGHTS, JUSTICE AND PLEASURE EVERYONE EVERYWHERE EVERY TIME (性の健康、権利、ジャスティス、プレジャーの前進へ すべてのひとに、どこでも、いつでも)」。これまで提唱されてきた性の「健康」「権利」に加え「プレジャー」「ジャスティス(正義)」が前面に出ているのが大きな特徴だった。プログラムを見ても、包括的性教育の実践共有や、性の権利運動、医学的・生物学的側面からの性科学、ジェンダーに基づく暴力、プレジャーなど、話題やアプローチは多岐にわたっていた。そして中身も、包括的性教育ひとつをとっても、私が初めて参加をした2017年には各国の実践とその研究結果が主であったが、今回はそれを学校に通えていない子どもたちや障害のある子どもたち、先住民族や移民の子どもたち、LGBTQI+の子どもたちにもいかに届けるかといったことにシフトしており、この数年間の進歩を大いに感じる内容だった。

 一方、多くのセッションでは、「新たな時代に突入した」といったニュアンスの発言がなされ、私たちの生きる時代の現実を突きつけられる気持ちであった。それをさらに詳しく聞くと、冒頭のような具体的な困難が次々と述べられたのである。あるベテランの研究者は、「今こそセクソロジーの歴史に立ち返るべき時」とし、80年代にアメリカで吹き荒れた政治的な保守化の動きとその影響を紹介した。当時、プロジェクトも予算も一気に立ち消えとなり、それは大変な時代だったそうだ。そして彼は、「私は生き延びて、今もまだ、ここにいる」と言い切った。

  早すぎるバックラッシュの広がりとその影響

 私はこの、ネガティブな変化の速さに戦慄していた。というのも、2025年3月にニューヨークの国連本部で開催されたCSW(国連女性の地位委員会)に参加した時点では、既に停止されたUSAID(米国国際開発庁)によって運営されていたクリニックがアフリカ各地で突然閉鎖されている等の話はあったが、アメリカ国内での予算凍結等については「これから起こるだろう」「どうなるか未知数」といったニュアンスだった。しかし今回は、すでに「予算が止められた」「解雇」「事業停止」といった話があちこちで聞かれた。留学の相談をしてみた際も、「ビザも含めてあまりに不安定だから、アメリカの大学にするならオンラインのコースにした方がいい」といわれるほどだった。国連諸機関のニューヨークからの移転も含め、国際的な平和を守る枠組みさえあえなく崩れ去りかけている現状を見ればそれもそうとは感じるが、それでもやはりことのスピードには驚くばかりだ。

 これらの変化は私たちにも必ず影響を及ぼす。性教育を例としよう。国連機関は、「包括的性教育」を性教育の国際的指針として提唱しているが、その特徴の一つはエビデンスに基づくことだ。子どもたちに、教育の中で不確かな情報が届けられてはいけないし、時間も限られる中ではよりよい効果をもたらす教育実践が重要だ。それにはやはり、きちんとした研究が必要であり、「包括的性教育」はまさにそういった知の蓄積の結晶といえる。また、「性教育」もやり方次第では、有害なジェンダー規範(男の子ならこうあるべき、女の子ならこうあるべき、など)を再生産したり、伝統的な家族観を押し付けたり、「産めよ増やせよ」といった国の思惑の伝達機能を果たしてしまったりと、子どもたちの正しい情報に基づく自己決定や自分らしい人生の形成を侵害しかねない。だからこそ、きちんとした研究に基づき実施されるべきだが、包括的性教育や性の多様性、人権に関する研究は最も大きな打撃を受けている分野の一つだ。デジタル性暴力等も一層深刻化する昨今、日本を含め、次世代を担う子どもたちのウェルビーイングが達成されるどころか、より脆弱な状況に置かれかねない。このように、研究は、海を越えて繋がり、私たちの日々の生活にあらゆる形で直結してゆく。だからこそ、アメリカで起きていることの影響は必ず日本にもやってくる。

 「セクシュアル・ジャスティス宣言」

 そんな中、今年のWASで採択されたのが、「セクシュアル・ジャスティス宣言」だ。日本語では、「性の正義宣言」ともいえるだろう。これまでも、「リプロダクティブ・ジャスティス」という言葉は1970年代から提唱されてきた。これはアメリカの黒人女性を中心とした運動で、産む・産まないは自分で決めるという「リプロダクティブ・ライツ」がいくら提唱されたとしても、それだけで実際避妊や中絶にアクセスできるようになるのは中産階級以上の白人女性ばかりで、たとえば、若い黒人女性という属性があることで、経済的困難からクリニックに行きにくかったりする。また、同世代の白人女性よりも中絶や子宮内避妊具をはじめとする長期に効果のある避妊法を勧められ、そもそも産む権利も保障されなかったりと、より多くの障壁に直面しやすい。現在も、アメリカで安全な中絶へのアクセスが危機に瀕する中、真っ先にそのアクセスを失うのは、中絶のために他州に移動するような経済的余裕のない人々であり、現状の社会構造の中ではその多くがたとえば黒人をはじめとする有色人種の人々だ。このように、社会の中でより脆弱な立場に置かれたひとも含め、すべてのひとに権利が保障されるよう、一歩踏み込んだ施策の必要性を可視化し、社会にある構造的な不正義を是正するための概念が、「ジャスティス」だ。それを、性の健康にもあてはめたのが、今回採択された「セクシュアル・ジャスティス宣言」である。

 これだけの逆風が吹く中、さらなる一歩を進める文章を採択することを、非現実的と感じる人もいるかもしれない。しかし、すべてのひとに保障されているはずの「性と生殖に関する健康と権利」をあたかも「贅沢品」かのようにされ、トランスジェンダーや移民をはじめ、より脆弱な立場にいる人たちからその権利が奪われつつある今こそ、必要な一歩であったと私は思う。そしてこれを本当に実現するには、あらゆる問題の根源が繋がっているからこそ、世界中で再強化されている家父長制に対し、専門やバックグラウンドを超え、皆で連帯し面となって立ち向かっていくことが重要だと考える。「MY BODY, MY CHOICE」、それを実現するために必要な情報やヘルスケアが、「贅沢品」ではなく、「すべてのひとにとって当然の最低限の権利」として満たされる社会のために、1人より2人、2人より3人と、手を携え、いま起きている現実から目を逸らすことなく、向き合い続けることからはじめたい。


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キーノートスピーチカーとして発言する筆者。
タイトルは「ローカル・ムーブメントが政策の変化を起こすには?
SRHRとジェンダー平等のために使う国内外のアドボカシー・フレームワーク
日本の事例から」。筆者にとって20代ラストスピーチになった。