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国際人権ひろば No.183(2025年09月発行号)

特集:性と生殖に関する健康と権利(SRHR)をめぐる課題

日本のSRHRの現在地-安全な避妊、妊娠中絶へのアクセスをめぐる課題を中心に

染矢 明日香(そめや あすか)
NPO法人ピルコン 理事長

 SRHRを知っている?

 「SRHR(Sexual Reproductive Health and Rights:セクシュアル・リプロダクティブ・ヘルス/ライツ=性と生殖に関する健康と権利)って何?」と聞かれたら、あなたならどう答えるだろうか。2025年4月に実施されたSRHR for Japanによる「一億人のためのSRHR調査 White Paper 2025」(1によれば、「SRHRを知っている」と回答した人は24.7%、「内容を理解している」と回答した人は9.2%だった。今、日本では「SRHR」が世の中に、広がりつつあるのだ。一方で、同調査では、SRHRは「重要」と答えた人は56.5%だったのに対し、「日常で尊重されている」と感じる人は35.4%で、意識と実感に大きな差がある現状も浮かび上がっている。特に医療・情報アクセス、性的同意の理解でギャップが顕著であるという結果になった。本稿では、SRHRについての概要やこれまでの歩みを振り返りながら、特に日本における避妊、中絶の状況と課題を解説していきたい。

 SRHRは当初「リプロダクティブ・ヘルス(生殖の健康)」として人口抑制政策の文脈で扱われていたが、1994年のカイロ会議で人権課題として明確化され、SDGsでも医療や健康、ジェンダーを含む多領域に反映されている。そして、生殖にとどまらず性的自己決定を含む広義の概念に進展してきた。SRHRに関する研究を行うグッドマッハー研究所と英医学誌ランセットが共同設立したグッドマッハー・ランセット委員会は、2018年にSRHRに関する下記の新定義(2を発表している。

 セクシュアル・リプロダクティブ・ヘルスとは、単に疾病、機能障害、虚弱がないというだけでなく、セクシュアリティと生殖のすべての局面で、身体的、感情的、精神的、社会的に良好な状態にあることを指します。そのため、セクシュアリティと生殖への肯定的なアプローチは、自尊心及びすべての良好な状態を導き出すために、満ち足りた性的な関係、信頼やコミュニケーションが果たす部分を認めなければなりません。すべての個人は、自分の身体に関して自ら決断する権利を持ち、その権利の実現に必要なサービスを受ける権利があります。


 セクシュアル・リプロダクティブ・ヘルス(SRH)の実現は、次のような個人の人権に基づくセクシュアル・リプロダクティブ・ライツ(SRR)のすべての達成にかかっています。

  • 自分の身体は自分のものであり、プライバシーや個人の自主性が尊重されること
  • 自分の性的指向、ジェンダー自認、性表現を含めたセクシュアリティについて自由に定義できること
  • 性的な行動をとるかとらないか、とるなら、その時期を自分で決められること
  • 自由に性のパートナーを選べること
  • 性体験が安全で満ち足りたものであること
  • いつ、誰と、結婚するか、それとも結婚しないかを選べること
  • 子どもを持つかどうか、持つとしたらいつ、どのように、何人の子どもを持つかを選べること
  • 上記に関して必要な情報、資源、サービス、支援を生涯にわたって得られ、これらに関していついかなる時も差別、強制、搾取、暴力を受けないこと


 新定義ではSRHRは単に病気がない状態ではなく、個々人が性を通じてあらゆる局面で幸福を実現されている状態であることが再確認されている。そして、SRHRに関する必要事業パッケージとして、科学的根拠に基づく包括的性教育(CSE)、性機能と性的な満足、性暴力・ジェンダーに基づく暴力、避妊、出産、中絶、不妊、性感染症、生殖器のがんに関する情報や予防・ケアが含まれるとしている。また、特に支援が必要とされる人々として、若者や高齢者、セックスワーカー、難民・移民、先住民族、性的マイノリティ、障害・依存症のある人、恵まれない境遇にある人などが言及され、すべての人が費用を払うことができ、アクセス可能とすべきとされている。

 WAS(世界性科学会)は「性の権利宣言」や、プレジャー(快楽、よろこび)をSRHRに不可欠な要素と定義する「セクシュアル・プレジャー宣言」、社会構造的・制度的な差別や格差の是正を求める「セクシュアル・ジャスティス宣言」を通じて、SRHRをジェンダー公正と社会正義の実現手段と位置づけている。

 日本における課題

 日本では国民皆保険制度が実現し、周産期医療の水準も世界的に高いと評価されている一方で、SRHRに関しては多くの課題が山積している。避妊や中絶は健康保険の適用外であり、避妊へのアクセスや選択肢の少なさ、安全な中絶へのアクセス、不妊治療の経済的負担、包括的性教育の欠如、性暴力に関する刑法や法制度の不備、被害者支援の不十分さ、LGBTQ+の権利保障、生理の貧困といった課題が顕在化している。

 たとえば、緊急避妊薬は現在も医師の診療と処方箋が必要で、価格も6,000円~2万円と高額である。世界約90カ国では、緊急避妊薬は薬局で処方箋なしに安価または無料で入手可能となっており、日本の制度は国際基準から大きく遅れている。市民団体「緊急避妊薬の薬局での入手を実現する市民プロジェクト」は、約18万筆の署名を集めて政府に働きかけ、2023年から一部薬局で試験販売が開始されたが、2025年8月現在も本格的な導入の見通しは立っていない。また、日本では依然としてコンドーム中心の避妊が一般的であり、女性が主体的に選べる近代的な避妊方法(低用量ピル、IUS/子宮内避妊システム、避妊インプラントなど)の選択肢や普及は限定的だ。2023年度の人工妊娠中絶件数は約13万件にのぼり、特に20代女性の割合が最も高く、10代の中絶件数も約1万件にのぼる。2023年4月には初の経口中絶薬が承認されたが、使用可能な期間は妊娠9週までと国際基準と比べても短く、価格は約10万円と手術と同程度である。発売後半年間の調査(3によると、全中絶件数のわずか1%にしか使用されていない。現在も吸引や掻爬そうはといった外科的手法が主流であり、中絶に配偶者の同意が必要な制度も、妊娠する本人の自己決定権を制限している。

 また、背景のひとつには、「性について女性が話すのはタブー」「性行為を男性がリードするのが当然」といった日本社会に根強く残る性別役割意識や性規範がある。経済的依存関係がある場合には、このような力関係の不均衡がより顕著になるだろう。更に、社会の制度設計を決める政治の場に女性やLGBTQ+が少ないことも、SRHRの施策が進まない背景のひとつであろう。

 一方で政府は、包括的性教育の推進には消極的である一方、「ライフデザインに必要な情報提供と相談体制の整備」を掲げてプレコンセプションケアに取り組むとしている。しかし、その中身は「女性の体を妊娠可能な状態に整える」ことに重点が置かれがちで、本人の意思や選択の尊重よりも、「産む」方向への誘導に偏るおそれがあるのではないか。LGBTQ+や非婚、出産を望まない人など、さまざまな人生を望む人々にとっても有効な本来の意味でのプレコンセプションケアのあり方が今後求められる。同様に、性暴力予防の施策として導入されている「生命(いのち)の安全教育」も、全国で実施されてはいるものの、同意や自己決定、ジェンダー平等といった本質的な内容に触れておらず、「適切な距離感を保ちましょう」という抽象的な指導にとどまっている点は再検討が必要であるだろう。

 SRHRの達成には、このようなジェンダーに関する社会規範や、ジェンダー不平等を生み出す制度・法律などの社会の仕組み自体も変革していく必要がある。誰一人取り残さないSRHRの実現のために、私たちは、ジェンダーや性的指向、人種、障害、国籍などによる複合的・交差的な差別に目を向け、誰もが社会を構成する一人として、SRHRを実現する行動をしていくことが求められている。


<脚注>

1)
SRHR for Japan, 一億人のためのSRHR調査 White Paper 2025
https://srhrforjapan.com/whitepaper/2025whitepaper_1.pdf
2025年8月1日アクセス

2)
IPPF, テクニカル・ブリーフ:セクシュアル・リプロダクティブ・ヘルス/ライツ(性と生殖の健康と権利:SRHR)の新定義
https://www.ippf.org/jp/resources/IPPF_technical_brief_SRHR_japanese
2025年7月30日アクセス

3)
厚生労働省, 経口妊娠中絶薬における人工妊娠中絶の実態調査及び適切な情報提供等に関する研究
令和5年度 総括・分担研究報告書(2024年5月)
https://www.mhlw.go.jp/content/11121000/001308189.pdf
2025年7月30日アクセス