特集:人権条例の最前線
2022年5月19日、三重県において「差別を解消し、人権が尊重される三重をつくる条例」が公布・施行され、2023年4月1日に全面施行となった。1997年に全国に先駆けて「人権宣言」を県議会で決議し、施行された「人権が尊重される三重をつくる条例」を全部改正するかたちをとり、三重県議会において、「差別解消を目指す条例検討調査特別委員会」が設置され、県政史上、最も多い参考人招致が行われ制定された全国初の包括的差別解消条例の意義と課題、および今後について述べたい。
第1に、女性差別撤廃条約、人種差別撤廃条約、障害者権利条約、人権に関する他府県の条例などを参考に、「不当な差別」や人権侵害が定義された (注 ことにより、県民の共通の物差しができた。差別の認定については、「不当な差別を受けた者等」が知事に申立てをすることにより、知事が条例で設置された「差別解消調整委員会」に諮問し、差別の認定や条例に基づく取組について審議され、知事に答申が出されるしくみとなっていることから、県の恣意的な判断ではなく、有識者らで構成される専門機関による差別認定と条例に基づく事案への取組が示されることとなった。
第2に、差別事案に県が介入することが規定されたため、被害者の負担を相当軽減することにつながる他、差別等の行為者に対し、知事が助言や指導、あっせんや勧告を行うことができると規定されたこと、知事による一連の取組が県のホームページ等で公表されること、それがマスメディアで取り上げられ、事案や取組が広く周知されることにより、これまで以上に差別行為への一定の抑止効果が期待される。また、段階的な取組(助言・説示・あっせん・勧告)により、差別事案の解決への道筋が従来以上に明確になった。
第3に、基本理念にはこれまでの条例よりも、さらに差別解消に踏み込んだ条文が明記された。特に「不当な差別その他の人権問題の解消に当たって障壁となるような社会における制度、慣行、観念等の改善を図ること」とされたことで、意識を変えることに重点を置かれてきたこれまでの施策から、構造を変革する施策があらゆる分野で展開され、県における差別解消をめざす施策が、より有効に機能していくことが期待される。
第4に、県の責務において、「県が設置する公の施設における人権侵害行為の防止に努めるものとする」と規定されたことで、県が人権侵害行為に加担するような事態が生じないよう、公共施設における人権侵害行為の防止について県の努力義務を定めたことにより、公共施設でのヘイトスピーチ等を一定制限できることが期待される。
第5に、県の責務がこれまで以上に明文化されたことにより、人権担当課にウェイトが置かれ過ぎていた差別解消・人権施策が、行政の他部局においても、総合的な人権施策(構造変革、合理的配慮、啓発、県民意識調査、被害実態調査など)が展開されることが期待される。
第6に、人権問題に関する三重県民意識調査で明らかになっているように、権利侵害を受けた県民が、法務局や県等の実施している人権相談にほとんど相談していないという課題が課題のまま残されてきた。今回の条例により、相談体制の充実が図られ、現時点で救済に関して具体的な内容は明記されていないものの、被害救済について言及していることで、これまで以上に救済への道筋が具体的になることが期待される。
第7に、県はこれまでマイノリティを対象とした被害実態を明らかにする調査を実施してこなかったが、関係部局が定期的に各マイノリティを対象とした差別被害などの実態を調査し、公になりにくい差別の被害を可視化した上で、より問題解決に有効な施策の展開につながることが期待される。
第8に、全国的にみると、公職者による差別やヘイトスピーチが悪質化・増加傾向にあるなか、県議会議員、知事、公務員に対し、高い人権意識をもって条例の目的を達成するための役割を果たすことを責務とした条文が位置づけられたことで、公職者が県民の模範となるための研修等の取組がこれまで以上に実施されていくことが期待される。
第1に、助言・説示・あっせん・勧告が明文化されたが、名前の公表は行わないことから、抑止効果がどこまで期待できるか不安が残る。差別は、多くが悪意のない人たちが日常で行う問題であるため、県が介入するとなった場合、当事者間の対話等を含め解決されていく事案が一定あると考える。一方、確信的に差別行為におよぶ人物や団体、差別行為に開き直る人物や団体に対する抑止効果は十分とは言えない。今後、他府県で見られるようなヘイトスピーチ等の事案が発生した場合は、現行条例では不十分であるという認識に立ち、条例の改正につなげていく必要があると考える。三重県内の教育公務員の夫婦が、家を建てようと土地を探していた際、気に入った土地が被差別部落であることを理由に契約解除を申し出るという部落差別事案が発生し、本条例が初めて適用され、県は条例に基づく調査への協力を求めた。しかし、夫婦は弁護士を立て、調査への協力に応じなかった。こうした問題が発生した際に有効となる取組について、条例の見直しに向けた動きがはじまろうとしている。
第2に、被差別部落の所在地を公開するなどの行為は当事者間の紛争とは異なるとして、説示や勧告などの対象から外された。また、ヘイトスピーチに関しても特定個人を標的としていない場合には、同じように対象から外されている。
ヘイトスピーチ解消法や部落差別解消推進法が施行されてから8年以上経過しているが、現行法では対処できない事案が発生し続けているため、本来であれば、法改正が行われるべきだが、未だ具体的な動きが見られない。こうした国や政府の取組の不十分さが、差別やヘイト行為のハードルを下げ続け、マイノリティへの被害を生み出し、社会を歪め続けている。公がこうした問題に「寛容」であってはならない。
また、人種差別撤廃条約に日本が加入して2025年で30年を迎えるが、人種差別の扇動を法律により禁止と処罰を定める第4条のa、b項を保留し続けたままである。留保を撤回し、国内法を整備した上で、地方公共団体とともに差別やヘイトの未然防止に有効なシステムを構築する施策を打つことが急務である。
第3に、第2と関連するが、神奈川県川崎市の条例や、同時期に制定が進んだ愛知県条例では、県営の施設での人権侵害行為について「利用制限規定」が設けられているが、本条例では「防止に努める」との規定にとどまっているため、実際に、公共施設でヘイトスピーチを含む催しが行われた場合、県が中止させることが本当にできるかどうかの確証がない。一度、開催させてしまうと、それが既成事実となり、歯止めをかけられなくなるという点で課題を残している。
まず、各地の人権条例について、差別解消に本当に有効機能しているかどうかの点検を行うとともに、差別の現実を踏まえ、より実効性あるものとして強化改正していくことが求められる。例えば、勧告に従わなかった時の罰則を含む制裁、調査実施の権限強化、被差別当事者が訴えることの困難性を踏まえた申立人の資格の拡充などである。
条例の具現化については、人権施策基本指針などを調査審議するために条例で設置された「人権施策審議会」の果たす役割が大きい。審議会では、県が展開する施策が差別やヘイトの減少や解消に有効かどうかの評価、条例を具現化するための政策提案などが求められる。差別やヘイトを解消するための教育や啓発とは何かについて示していく必要がある。市町や校区間、事業者等の取組格差を今後、どのように解消していくかも重要となる。
本条例は、基本法のような位置づけであり、今後は、個別課題に特化した条例が必要であると考える。その意味では現行条例は不十分であり、強化改正するとともに、実効性ある部落差別解消条例やヘイトスピーチ解消条例の制定に向け、マイノリティをはじめ、あらゆる主体が連帯し、取り組んでいくことが求められる。私が所属する反差別・人権研究所みえにおいても、より一層取り組んでいきたい。
<注>
不当な差別:
人種等の属性を理由とする不当な区別、排除又は制限であって、あらゆる分野において、権利利益を認識し、享有し、又は行使することを妨げ、又は害する目的又は効果を有するものをいう。
人権侵害行為:
不当な差別、いじめ、虐待、プライバシーの侵害、誹謗中傷その他の他人の権利利益を侵害する行為(インターネットを通じて行われるものを含む)をいう。