特集:日本におけるマイクロアグレッション
私たちは、2024年はじめに、全国初となる「複数ルーツの人々」の差別とメンタルヘルスの関係性に関するアンケート調査を実施した。本調査では、日本社会における差別およびマイクロアグレッションの経験、ならびにメンタルヘルスに関する実態を明らかにすることを目的とし、448名の参加者がオンライン形式でアンケートに回答した。その内容から浮かび上がったのは、日常的におこっている差別や疎外体験とそれらが及ぼす深刻な影響である。
日本では毎年1.5~2万人ほど、外国籍と日本国籍の親を持つ子どもが生まれており、2015年時点で約84万人が暮らしていると推計されている。「ハーフ」や「ミックス」といった呼ばれ方で注目される一方で、 「純日本人」との違いを強調され、日常の中で「日本人か外国人か」という二分的なまなざしにさらされることが少なくない。特に東アジアの旧植民地にルーツを持つ人々は、その存在自体が見えにくくされがちであり、根強い差別感情がルーツを語ることへの不安や葛藤を生んでいる。こうした経験の背景には、「日本人とは誰か?」という問いが常に横たわっている。
日本では、国勢調査などの統計で国籍のみが集計対象となっており、人種や民族に関する情報は含まれていない。そのため「日本人=日本国籍を持つ人」とされ、国内の人種的な多様性が見えにくい状況が続き、「単一民族神話」を強化しかねない。OECD加盟国の中でも、人種データを収集している国は5分の1程度にとどまり、これは日本に限らず、国際的にも課題とされている。こうした背景をふまえ、私たちは「複数ルーツの人々」に関する状況の可視化を目指したアンケートの実施に至った。
「複数ルーツの人々」は、自らのルーツを持つどの人種的グループからも完全に受け入れられない「二重の拒絶」や、どの集団にも所属感を持ちづらい「人種的ホームの欠如」といった経験をすることがある。それに加え、いじめや内面化された人種ヒエラルキー、アイデンティティの混乱などが、メンタルヘルスの問題や社会参加の難しさへとつながることが各国の研究より指摘されている。
また、特定の人種グループに受け入れられるための「パッシング(passing)」というプレッシャーから、以下のような行動がみられることもある。
こうした行動は適応戦略である一方で、自己の客体化や評価への不安を助長し、アイデンティティの確立をより困難にすることがある。実際、アメリカの研究では、複数ルーツの若者においてうつ病や学業不振、依存症、自殺念慮のリスクが高まる傾向が報告されている。
さらに、植民地主義や白人至上主義に根ざしたカラリズム(肌の色の明るさによる優遇)およびシェーディズム(肌の色の濃淡による差別)など、特に女性が性的対象として扱われやすく、モノ化やフェティシズムといった非人間化が起こることもある。メディアにおいては、複数ルーツの人々がしばしば「商品」として消費されている現実も見過ごせない。
本調査には、主に20代・30代を中心とする448名が参加し、回答者は「ハーフ」や「ミックス」など、複数の人種的ルーツを持つと自認している。
全体の98%が、日常生活においてマイクロアグレッションを経験していた。その内容としては、「日本人ではない」と扱われること(61%)や、「エキゾチック」と見なされモノのように扱われること(68%)、プライバシーの侵害(66%)などが多く挙げられた。特に黒人系やアフロジャパニーズの回答者においては、59%が週に複数回または日常的にマイクロアグレッションを経験していると回答した。これらの経験は、主に初対面の場面や学校、職場などで発生しており、とりわけ教員や他の学生からの差別的な言動も報告された(図1)。
メンタルヘルスに関しては、心理的苦痛を測るK6尺度において、47.2%が「要注意・要受診レベル」に該当し、全国平均(9.2%)と比べて5.1倍高かった。特に若年層では、その傾向がさらに強く、20代と19歳以下では全国平均の約6倍であった。
マイクロアグレッションの頻度が高いほど、メンタルヘルスの不調も深刻になる傾向が示された。具体的な症状としては、「自己肯定感の喪失」(69%)、「社会への信頼感の低下」(53%)、「自分が何者かわからなくなる感覚」(51%)などが挙げられた(図2)。
さらに、「自傷」「自殺未遂」「自殺念慮」の経験は、全国調査と比べていずれも1.5?2倍以上高く、孤立感も全国平均の約1.8倍であった。不登校の経験率は全体の32%であり、特に18?19歳では76%と著しく高かった。
メンタルヘルスに関する支援体制については、「必要なサポートを受けられていない」 と答えた人が31%にのぼった。支援経験の多くは家族や友人に限られており、カウンセリングや医療機関の利用は約3割、学校や職場からの支援は1割程度と、制度的な支援の不足が明らかとなった。
アンケートに寄せられた自由記述の中には、非常につらい体験、時には数十年前の出来事を語るものも多く、時間では癒しきれない差別の傷跡の存在が浮かび上がった。すべてを紹介することはできず心苦しいが、アジアにルーツを持つ参加者からの声をいくつか取り上げる。それらは、日常生活の中で、そして本来であれば「理解や支援を受けるべき相手」からも受けた深い傷つきの体験である。ぜひ、その声に耳を傾けていただきたい。
図1 マイクロアグレッションといじめ・差別を受けた各場面
図2 メンタルヘルスに関する経験や症状
小学校時代はクラスメイトに、保護者会に来た母親の発音を馬鹿にされ、それが学年に広まり、全く知らない児童から、ただ歩いているだけでガイジン!帰れ!爆買い!などと急に叫ばれることがあった。お弁当の中に中華料理ぽいもの(ニンニクで炒めた料理はすごく匂う)が入っていて、中国人!パクリ野郎!と言われた。他に、持ち物を書いたプリントを隠されてしまい、わからなかったため母が他の保護者の方に電話で聞いてくれたのだが、あからさまな嘘を言われ、1人だけ食べ物が無かったことがあった。
黙っていれば"純日本人"だと見なされます。職場で 同僚や上司と話の流れで自分の親の話をしたら「ハーフには見えない」「日本生まれ日本育ちなら"ほとんど日本人"だね」と言われた事がありました。子供(ママ)の頃は、「ハーフのくせに、英語しゃべれないの?」と言われたので、「私は何もおもしろくないつまんないハーフ」と自称していました。
祖父が台湾出身、祖母が日本生まれの台湾人のため、自分はミックスルーツと意識したことはあまりなく、見た目や日本語が母語であることから、人からもミックスと思われず、あからさまな差別を受けることはあまりないです。その代わり私に台湾のルーツが入っていることを知らない人が中華系の方の悪口や外国人は××みたいな話をすることがあり複雑な気持ちになります。
背中に中国人と書かれた紙をはられたことが、子ども時代とおとなになってからと、2度ある。小学校のとき、声が出なくて、中国人なのに声小さいといわれた。私は日本国籍の日本人だけど、日本語が上手くないだけなのに。そのほか、書ききれないほど経験している。
韓国とのハーフかどうかは見た目ではわからないので、「純日本人である」という仮定の元韓国についてのヘイトなり嘲笑的な発言なりを聞かされ、同意を求められることがよくあります。塾の100人くらいいる大きな教室で先生が「韓国人は〇〇だからしょうがないね」といい学生が皆笑っている中自分1人だけ笑えず、涙が出そうになるのを堪えたことは10年以上経った今でも鮮明に覚えています。
これらの声から響いてくるのは、単一人種規範(モノレイシズム)と単一民族国家主義が結びつくことで、ミックス性、そして存在そのものが否認または攻撃されているという現状である。この現実をふまえたとき、複数の民族・人種的ルーツを持つ人々だけでなく、すべての人が生きやすく、そして社会の一員として誇りと尊厳を持って暮らせる国とはなにかが、問われている。