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国際人権ひろば No.180(2025年03月発行号)

特集:ヒューライツ大阪設立30周年記念事業

グローバル社会における人権の新たな課題とヒューライツ大阪への期待

伊田 久美子(いだ くみこ)
大阪府立大学名誉教授、ヒューライツ大阪評議員

 ヒューライツ大阪(一般財団法人アジア太平洋人権情報センター)は2024年で設立30周年を迎えた。長年の活動の蓄積は、私がいつも参照している充実したホームページからも存分に知ることができる。私は大阪府立大学(現:大阪公立大学)で女性学研究センターの活動に関わる中で、ヒューライツ大阪との様々な共催事業に取り組み、人権について多くを学ぶことができた。そうした経験を通じてヒューライツ大阪の活動のこれまでを振り返り、今後の新たな展開への期待を述べたい。

 ヒューライツ大阪との共催事業

 かつての大阪府立大阪女子大学には1996年に大阪府により設置された女性学研究センターがあり、私は2002年から本格的に女性学研究センターの運営に関わるようになった。2005年の府大学統合によって女性学研究センターは大阪府立大学附置センターとなり、女性学・ジェンダー論の教育研究を推進するとともに、大阪のさまざまな市民運動と連携して男女共同参画社会の推進を担ってきた。


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韓国・梨花女子大学での日韓シンポジウム(2007年)


 ヒューライツ大阪との連携事業は2007年に開催した移住女性をテーマとする2回の国際シンポジウムが最初であったと思う。韓国の梨花イファ女子大学アジア女性学センター、ソウル特別市女性家族財団、ヒューライツ大阪と私たち大阪府立大学女性学研究センターの4団体の共催により、ソウルで第1回、大阪で第2回のシンポジウムをおこなった。これは結婚や労働のために国境を越える移住女性の人権の課題に焦点を当てた企画で、多くのアクティヴィスト、研究者、行政関係者らを巻き込んでの事業となり、多様な立場の女性たちの連帯を深める素晴らしい機会となった。


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台湾大学でのシンポジウム後の記念写真


 多くの連携事業の中でもとりわけ思い出深いのは韓国、中国、台湾へのスタディツアーである。ヒューライツ大阪の企画によるスタディツアーは、人権関連の機関や市民運動との交流をおこないつつ旅行も楽しむ意欲的な内容であるが、そこに女性学研究センターと先方の大学等の研究機関との合同セミナーを組み込むところにも特色があり、毎回本当に有意義かつ楽しい経験を参加者のみなさんと共有することができた。2011年の韓国ツアーでは聖公会NGO大学院大学、2013年の中国延辺朝鮮族自治州へのツアーでは延辺大学女性学センター、2016年の台湾ツアーでは国立台湾大学婦女研究室との合同セミナーを行い、大学院生も含めた研究報告等を通じてそれぞれの地域の現状と課題の理解を深め、学術交流を進めることができた。各国の女性たちの歴史的課題と運動や政策の進展は、日本の状況からは学ぶべきことは非常に多かったが、同時に交流を通じて女性の課題の共通性も確認でき、互いに共感し理解を深める、国境を超えたシスターフッドを実感するツアーであった。こうしたツアーには背景や問題意識の異なる多様な参加者が集まるので、参加者同士の交流も刺激的で面白かった。


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韓国・木浦(モッポ)の女性団体との交流会で挨拶する著者(2012年)


 2017年には大阪市立大学人権問題研究センターも加わり、複合差別と(1ジェンダーについての2回のセミナーを開催した。それぞれの機関のネットワークによって実現したセミナーで、女性たちの多様な課題についての問題提起と交流の場となった。

 国際的な視点の有効性

 ヒューライツ大阪の活動の特色は、まず第1に、大阪を単に日本の一都市ではなく、アジア・太平洋に位置付け、国際人権についての啓発を行ってきたことにある。人権情報とはまさに国際的視野において提供される必要があるからである。

 人権は、一国の市民権に限られた権利ではなく、人が人として尊重される普遍的な権利である。こうした国際人権概念の確立と普及は、一国の中で差別されたり、尊厳を欠く扱いをされたりする状況に立ち向かう大きな力になる。シンポジウムのコメントで申惠?さんが触れておられたように、日本は選択議定書も未批准であるにもかかわらず、国際人権規約、子どもの権利条約、女性差別撤廃条約に基づく条約委員会からの勧告はすでに一定の成果をもたらしている。近年のマイノリティ女性に関する国連女性差別撤廃委員会の総括所見による勧告は、当事者女性たちのロビー活動の成果である。

 そもそも女性差別撤廃条約への批准が日本の政策を多少なりとも動かしてきたことは銘記すべきである。この批准のために要求された国内法の整備によって、国籍法改正、雇用機会均等法の策定、家庭科の男女共修が実現したのである。

 日本にはいまだに差別を禁止する法律もなく、人権問題の国家レベルの専門機関もない。これが全ての人々の権利が脅かされる危険な状態であることが意外に認識されていないことが、日本の深刻な課題である。こうした日本の課題は、国際人権情報を知ることにより明確化する。ヒューライツ大阪が設立当初よりアジア・太平洋に開かれたセンターとして設置されたことの意義はとても大きい。

 ネットワークの成果と課題

 ヒューライツ大阪のもうひとつの特色は、ネットワーク型の活動によって、近年焦点化してきた複合差別の視点からの人権の諸課題への取り組みを実践してきたことにある。ヒューライツ大阪の活動は、国内外の多様な人権問題と反差別の運動を、対等な「横」の関係でつなぐことによりエンパワーしていくものであった。今日、人権の取り組みは、多少の進展が巨大なバックラッシュに遭遇しかねない困難な状況に直面している。ヒューライツ大阪の今までの活動の蓄積によって形成されてきたネットワークの力が今まで以上に必要とされる時代が来ているのではないだろうか。

 一方ネットワークの新たな展開であるインターネットは危機的状況に直面している。30周年記念シンポジウムでは性的マイノリティへの攻撃や部落差別の拡散が報告された。近年ますます深刻化しているインターネット上の人権侵害にどのように対抗するかは深刻で困難な課題であるが、この問題について、X(旧ツイッター)やフェイスブックなどのプラットフォームの性質が人々のそこでの振る舞いを誘導している側面があるという荻上チキさんのコメントでの指摘は、困難な状況の改善に向けて重要なヒントを提供していると思われる。交流と議論の場を提供する側の理念が問われている。

 人権は法制度等によって保障されるべき政治課題であり、また異なる背景と課題をもつ人々をつなぐ連帯の鍵となりうるものである。ヒューライツ大阪の活動はますます重要性を増していくと考える。困難な時代を前にして、今までの活動のさらなる展開と次世代への継承を願っている。


<脚注>

1)
クレンショーが唱えたintersectionality(Cren-shaw1989)は、近年「交差性」という訳語、あるいは原語のまま「インターセクショナリティ」が用いられることが増えているが、クレンショーのもとでこの概念を学んだ元百合子氏はできるだけその具体的な内容が理解されやすい訳語として「複合差別」を使用し、この語によりマイノリティ女性の運動は女性間の差異と格差を告発するとともに連帯の可能性を開いてきた。こうした経緯をふまえ、本稿では主に当事者運動が用いてきた「複合差別」の語を用いる。