MENU

ヒューライツ大阪は
国際人権情報の
交流ハブをめざします

  1. TOP
  2. 資料館
  3. 国際人権ひろば
  4. 国際人権ひろば No.180(2025年03月発行号)
  5. アメリカの新政権と人権の未来

国際人権ひろば サイト内検索

 

Powered by Google


国際人権ひろば Archives


国際人権ひろば No.180(2025年03月発行号)

人として♥人とともに

アメリカの新政権と人権の未来

三輪 敦子(みわ あつこ)
ヒューライツ大阪所長

 2025年1月20日に発足した第二次トランプ政権は、矢継ぎ早に政策転換を打ち出しています。この原稿を書いている1月末時点で、人権の観点から最も暗澹とした気持ちにさせられたのが、DEI政策の撤廃と中絶への資金拠出停止、そして性別に関する大統領令です。

 DEIとは「Diversity, Equity and Inclusion(多様性・公平性・包摂性)」の頭文字を取った言葉で、「全ての人は平等な権利を有しており、平等に扱われ包摂されるべきであって、あるグループに属しているという理由で不利益を被ることなく、各々の欲するところに応じて同じ機会を与えられるべき」という考えに基づく政策であり方針です。この政策をトランプ大統領は「大統領令:政府の急進的で無駄なDEIプログラムと優遇策を終了する」により撤廃しました。同大統領令の概要は以下のとおりです。

  1. バイデン政権は、DEIの名の下で、連邦政府の実質的に全分野にわたり違法で不道徳な差別的プログラムを強制的に実施した。プログラムにより支出された公的資金は莫大な無駄であり恥ずべき差別だが、それは今日をもって終了する。アメリカ人には、全ての人間を平等な尊厳と敬意をもって扱う政府、アメリカを偉大にすることのみに納税者の貴重な税金を支出する政府がふさわしい。
  2. 今後、連邦政府の全ての雇用慣行、組合契約、研修契約・計画は、この大統領令に則って見直される。
  3. 60日間以内に、全てのDEIおよび「環境正義」担当部署と担当職と公平性を目的とする事業計画やプログラムを廃止する。

 中絶に関しては、1976年に下院で可決された「中絶に対する連邦予算の支出禁止に関する修正条項(Hyde Amendment)」の強化に関する大統領令が1月24日に出されました。これは、「人工妊娠中絶に自分たちの税金が使われることを強制されるべきではないというアメリカの納税者の長年にわたるコンセンサス」を反映した大統領令であると説明していますが、これには様々な反論があることは言うまでもありません。

 この大統領令には追加の情報提供がおこなわれており、そこでは「メキシコシティ政策」と呼ばれる「他国において中絶をおこなったり積極的に推進する団体への拠出停止」に関する大統領覚書に署名したことも記されています。
さらに第一次トランプ政権が同政策をグローバルヘルスへの支援にも拡大したと述べたうえで「生命を肯定するこの政策が世界の女性の健康を害することはなかった」としていますが、現実はその認識とは全く違うものでした(1。第一次政権の成果として「強制的な中絶と避妊手術を支援していた国連人口基金への拠出を停止した」ことも挙げており、WHOへの拠出停止と併せて、世界の保健状況への影響が深く懸念されます。

 大きく報道された「性別は男女の2つのみ」とする「大統領令:ジェンダー・イデオロギーの過激主義から女性を守り連邦政府に生物学的真実を取り戻す」では、冒頭の「目的」でトランスジェンダー差別に満ちた表現が並んでいます。

 性別に関する生物学的現実を否定する考えを信奉する者たちにより、自身は女性であると男性が名乗り、そうした男性が、家庭内での虐待から逃れる女性用のシェルターや職場における女性用シャワー等、1つの性のための私的な場所や女性を対象にした活動へのアクセスを許可する法的あるいは他の強制的な手段を使ってきた。

 また、「性別の生物学的現実を抹消しようとする試みは、女性の尊厳、安全、福祉を奪う、女性に対する根本的な攻撃」との表現には、性の多様性に関する議論や認識の深まりへの無理解と歪曲が顕著です。前政権の方針を 「性は2つに分類されるとの考えを表明する自由への侵害」とし、こうした権利と自由への侵害には告訴を検討するという立場は、あまりにも極端であり、分断と対立を煽るレトリックに満ちています。社会を構造的に理解する際に欠かせない概念であるジェンダーに対するバッシングでもあります。

 アメリカは人権理事会からの離脱も表明しており、2024年11月号のこのコラム「多国間主義の危機は国際人権保障体制の危機」で書いた懸念が現実のものになっています。多様性に関する理解の進展を真っ向から否定する米国の新政権は、植民地主義的、帝国主義的政策への傾倒を深めてもおり、多様性に満ちた世界を人権が大切にされる平等で公平で公正で平和な世界にするために、限りなく重くて深刻な現実が目の前にあります。


<脚注>

1)
勝部まゆみ「グローバル・ギャグ・ルール(GGR)がセクシュアル・リプロダクティブ・ヘルス/ライツ(SRHR)に与える影響」『国際人権ひろば』2018年5月号参照:https://www.hurights.or.jp/archives/newsletter/section4/2018/05/ggrsrhr.html