人権の潮流
2024年11月25日から27日にスイス・ジュネーブの国連欧州本部にて開催された第13回国連ビジネスと人権フォーラムに参加する機会を得た。本フォーラムは、国連人権理事会のビジネスと人権作業部会が主催しており、国連ビジネスと人権に関する指導原則(以下、指導原則)を実行し、推進する中で見られた傾向や課題をさまざまなステークホルダーが議論する場となっている。毎年11月の最終週に開催され、各国または地域的、国際的な枠組み、国や産業界、個々の企業、市民社会のそれぞれのレベルでの取り組みを議論している。本フォーラムの主な論点を紹介しつつ、参加しての所感を以下に記したい。
2024年のフォーラムのテーマは、「企業活動でよりよく人権が保護されるための 『スマートミックス』を実現するには」とされ、各国または地域的、国際的な取り組みや、企業の自主的または政府によって義務化された取り組みの組み合わせを意味する「スマートミックス」が議論の中心となった。こうした取り組みがどのように相互補完して機能しているのかを確認し、「スマートミックス」を人権に影響を受けているライツホルダー(権利保持者)の救済にどのようにつなげていくのかが議論された。
2023年に続き、対面とオンラインで参加ができ、オンライン参加者はライブ動画配信を視聴することとなった。事務局の発表では、2024年は156カ国から3,869名が参加登録し、その内訳を見ると、企業34%、市民社会組織30%、アカデミア13%、各国政府7%、国連機関4%、国内人権機関、先住民グループがそれぞれ2%、労働組合1%とされた。
今回のフォーラムは、開会・閉会を含む2つの全体セッションと23の個別セッションで構成された。個別セッションでは、人権課題(気候変動、ジェンダー、人種差別、サプライチェーンにおける児童労働・強制労働、紛争影響地域との関わり、AIの開発・利用、開発による土地収奪等)、ライツホルダー(障害者、移住労働者、先住民の人々、アフリカをルーツに持つ人々、女性、性的マイノリティ、人権擁護者、子ども、ユース等)、地域(アジア・太平洋、中央アジア、アフリカ、中東・北アフリカ、ラテンアメリカ、中央・東ヨーロッパ、西ヨーロッパ等)、セクター(テクノロジー・AI、武器産業、採掘、金融、再生可能エネルギー、食品、農業等)ごとにテーマが設けられ、議論がなされた。武器産業の人権デュー・ディリジェンスに関するセッションが本フォーラムで初めて設けられた。
セッションでは、企業の事業活動によって影響を受けている先住民族の人々や性的マイノリティ、労働組合等のライツホルダーが登壇し国や企業に人権への負の影響に対応するよう求める一方で、国や国内人権機関、地域間組織が各国または地域間の人権デュー・ディリジェンスの義務化の取り組みや国別行動計画の実施状況を、また、企業や企業イニシアティブ、国際機関等はそれぞれが行ってきた自主的な取り組みを報告した。
昨年に続き、企業の登壇者はコンサルタントや弁護士が多く、事業会社では企業の若手担当者の登壇が目立った。初期のフォーラムでは事業会社で意思決定権を持つ経営層が登壇していたことを考えると、ビジネスと人権の取り組みが、人権尊重の考え方を企業の経営に統合することから、より実践的な人権の負の影響への対処に移ってきているといえる。
開会セッションでは、フォルカー・トゥルク国連人権高等弁務官が登壇し、人権を中心に据えた経済システム「ヒューマンライツ・エコノミー」を可能にするために、国や企業のリーダーが長期視点を持つことが必要であると強調した。気候変動や地政学的、また社会環境的な要因によって課題が複雑化する困難な時代において、社会保障の受給や人々の生活の安定は各国の経済状況や社会環境の影響を受けやすいため、人権を中心に据えた、より長期的な持続可能性を考える必要があると指摘した。
企業やその他の営利組織は、利益を生み出し事業を継続していくために平和や社会の公正、安定から利益を得ており、国や企業のリーダーはその影響力を行使して持続可能な社会の実現に向けた変化を起こすことが期待されると述べた。
事業活動を通じて人権に負の影響を受けている先住民族や地域コミュニティ、労働組合等のライツホルダーは、企業や営利組織が事業活動や調達活動でつながる先に人権を持つ一人ひとりの人がいることを認識し、人権的・人道的な考え方をないがしろにして経済活動を優先することがないようにと訴えた。
企業が事業活動を通じて与える人権への負の影響はグローバルに拡散しているため、国際的な連携の下での対応が必要であると同時に、各国において被害が起きている現場での変化につなげる取り組みが重要であることが確認された。また、各国の価値観や慣習が異なる中で、各国および国際的な取り組みの「スマートミックス」がそうした差異を埋めるものになるという指摘があった。
企業の自主的な取り組みと国の義務化による「スマートミックス」については、企業の取り組みに限界があることから、人権デュー・ディリジェンスの義務化を含めた、国別行動計画に基づく各国の人権保護のための政策的アプローチが不可欠であることが強調されていた。一方で、企業の自主的な取り組みも十分とはいえず、個々の企業では対応が難しい人権課題については、さまざまなステークホルダーの連携による対応を模索する必要性が指摘された。特に、「スマートミックス」によって国および企業が責任を押し付け合い、それぞれの責任の所在が不明確になることは避けなければならないことが確認された。
「スマートミックス」の取り組みが進みつつあるのが欧州である。地域間の法制度として、欧州連合(EU)域内外の一定規模以上の企業に人権・環境デュー・ディリジェンスを義務づけるEU企業持続可能性デュー・ディリジェンス指令(CSDDD)が2024年7月に発行され、それに先がけて、フランス、オランダ、ドイツでは、各国において企業にデュー・ディリジェンスの実施やその情報開示を求める法制度が整備されてきた。
こうした取り組みが進んではいるものの、ライツホルダーの救済については、各地で起きている企業の事業活動を通じた人権侵害と国によるライツホルダーの人権保護がつながっていない現状がある。企業の人権尊重への対応を義務化するために人権デュー・ディリジェンスの法制化が各国また地域的、国際的に進みつつあるが、一方でこれが強調されすぎると、指導原則ができる前の、企業を法的に拘束する国際規範設定の試みがうまくいかなかったころの議論と重なるおそれがある(1。企業の自主的な取り組みと企業に対する規制の「スマートミックス」を実現させるための議論を進めていく必要があると感じる。
「スマートミックス」の実現には、自社の事業活動を通じて人権に与える負の影響を理解し対処するために、指導原則の考え方に沿った有意義なステークホルダーエンゲージメントの実施が欠かせず、ステークホルダー、特にライツホルダーとの対話・協議が必要であることがどのセッションでも強調されていた。紛争影響地域においては、人権に与える負の影響の深刻度がより高まることから、自社の事業活動による負の影響を十分に把握するためには、マルチステークホルダーの関与が欠かせないことが確認された。
国や企業における意思決定がトップダウンで進むことがほとんどであることを考えると、エンゲージメントを通じて、意思決定に関われない人々の声を聞くことが重要であるとも指摘されていた。また、利益を優先する国と企業が結託することで人権侵害につながることが多いことから、企業の事業活動に関するすべての協議に、国・企業・ライツホルダーの三者が含まれるべきであるという指摘があった。
第13回ビジネスと人権フォーラムの様子
(撮影:白石 理)
<脚注>
1)
国際規範とは「多国籍企業及びその他の企業に関する規範」を指しており、その失敗については「指導原則への序文」
https://www.hurights.or.jp/japan/aside/ungp/2012/02/post.htmlを参照。