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国際人権ひろば No.173(2024年01月発行号)

人権のいま

マイクロアグレッション教材「で」考えたいこと~『ちがいドキドキ多文化共生ナビ2』(大阪府外国人教育研究協議会)発刊(1によせて~

北川 知子(きたがわ ともこ)
大阪教育大学非常勤講師

『ちドナビ1』(2017)から『ちドナビ2』(2023)へ

 2017年6月に大阪府在日外国人研究協議会が教材集『ちがい ドキドキ 多文化共生ナビ』を公にした(以下2017年版を『ちドナビ1』、2023年版を『ちドナビ2』と表記)。近年、海外から転入する子どもの増加を背景に、国際理解・多文化共生教育が学校に求められる一方で、大阪の学校現場では世代交代が急激に進み、在日外国人教育の実践知の継承が課題になっていた。そこで、経験の浅い教員や学校の助けになるものを、と企画・公刊されたのが『ちドナビ1』である。そして、その後の情勢や現場のニーズの変化もふまえた続編として『ちドナビ2』が、このたび発刊された。『ちドナビ2』の巻頭では、作成にかかわった教員たちの思いが次のように綴られている。

 きちんとマイノリティの声を聞こう!きちんとちがいを見つめよう!/まるで格差や差別がないかのようにふるまうのはやめよう!/そのうえで、「ちがいがすてき」や「差別があるのはおかしい」と言える子どもを育もう!/マジョリティ性のある子どもに多くの気づきがあり、その姿がマイノリティの子どもたちに届き、響く学習をつくろう!/そんな思いでこの『ちドナビ2』を発刊します。(*/は原文の改行位置)

 本稿では『ちドナビ1』掲載のマイクロアグレッション教材「無意識の言葉が心に刺さる~気づいてほしいこの思い~」のブラッシュアップ版として『ちドナビ2』冒頭に掲載された「無意識の言葉が心に刺さるⅡ~社会に埋め込まれたメッセージを考えよう~」について、ブラッシュアップの背景と作成過程について紹介する。(以下、マイクロアグレッションを「MA」と略記する)

現場からのフィードバックと、作成側の戸惑い

 『ちドナビ1』作成作業が行われていた2015~16年の当時、まだMA概念はほとんど知られていなかった。しかし海外につながりをもつ児童生徒や教員にとっては日常的に経験する現象であり、「わかるわかる!」「こういうの、あるあるだよね」とうなずきあった作成メンバーは直ちに教材化にとりかかった。筆者はその途中からアドバイスを求められる形でかかわり始めたが、大阪で長年在日外国人教育に携わってきたメンバーならではの慧眼に感嘆したことを覚えている。ただ、他の教材が実地授業での検証を経て練り上げられていたのに対し、MA教材に関してはその時間が足りなかった。そこで作成メンバーを中心に積極的に実践に取り組むとともに、実践後のフィードバックの収集に努めることになったのだが、そこで手ごたえとともに戸惑いを感じることになった。


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『ちがい ドキドキ 多文化共生ナビ2』
( 大阪府外国人教育研究協議会、2023 年)


 手ごたえは、授業実践のなかで、MAを体験していてもそれが言いづらい、クラスの仲間に言えずにいたマイノリティ側の子どもたちが顔を上げて語り始める姿、それを真摯に傾聴し受けとめるマジョリティ側の子どもたちの姿が現れたことだった。一方、戸惑いの方は、マジョリティ側がピンとこないまま「傷つく人がいるから発言には気をつけましょう」と倫理的に心構えを説いてまとめられてしまう実践報告が少なくなかったこと、「難しい」「小学生/低学年では無理」といった反応だった。『ちドナビ1』で、授業者向けのさまざまな補助資料や解説にページを割いたつもりだったが、それでは足りなかったということか...頭を抱えつつ検討は続いた。

 何が問題なのか単純にまとめづらいが、まず日本では一般的に、差別を社会問題としてとらえず、個人の人間性や「傷つき」の有無に注目されがちだということは痛感した。差別を個人的・心理的問題だと解釈するフレームを疑わずにいると、MAが起きる構造に意識が向きにくい。そして「差別をするのは悪い人」と考える人には、自分の言動が差別に当たるという指摘は「人間性の否定」のように受け取られがちだ。MAは「マジョリティ側にとっては何気ない軽い発言で済むことが、マイノリティ側の心には突き刺さってしまう」ギャップの問題でもあり、それこそが両者の社会的な立場性の違い、構造上の立ち位置を表す。「悪気なく言ったことを責められる居心地の悪さ」に囚われて生じる「わからない」「難しい」という反発に留まって構造理解に進めない問題への対処も、『ちドナビ1』は手薄だった(これは同僚の理解が得られず、実践に取り組めないという問題としてもあがってきた)。そこで、差別は構造的に生み出される社会問題なのだということをさらに念頭に置いた練り直し、新たに掲載する参考資料探しなどが、ブラッシュアップの方向性として定まっていった。

『ちドナビ2』に込めた願い

 MA教材は、初版もブラッシュアップ版も、STEP1,2,3の三段階構成になっており、STEP2「外国にルーツのある人の思いを知ろう」はほぼ同じである。MAは日常的に繰り返されマイノリティの心に小さな傷をつけ続けることであるにもかかわらず、マジョリティ側にとっては気づきにくいことに問題があると押さえることは必須だ。だから、まずは「言いづらい」「気づけない」ことばを浮かび上がらせ、傾聴することから始めようという主旨は、変わらずこの教材の核である。

 変更したのはSTEP1とSTEP3である。まずSTEP1で個々の「ちがい」を認め合う、自分と異なる感じ方や感情、自分自身のネガティブな感情について否定せず肯定的に受けとめるアクティビティを置いた。子ども同士の関係性において「嫌だと言いにくいとき」「自分と異なる考えや気持ちとぶつかったとき」に見下したり否定したりせず、「そうなんだね」と聴き合う関係性を育むことから始めようと考えたのだ。幸い大阪には大阪府人権教育研究協議会が作成した「いま、どんなきもち?」(2という教材を用いた実践が蓄積されており援用させていただいた。そこにはMA概念を教えることに囚われず、何歳からでも取り組めるものとしてSTEP1を活用してもらいたいという願いもある。「いまのはなんか嫌だったな...」としか表現できないモヤモヤは、「そうなんだね」と受容する人たちが周りにいなければ表明できない。MAを感じた当事者が素直にポロっと「あれは嫌だ」をつぶやける、そのつぶやきを聞き逃さない仲間づくりを日常から少しずつ積み上げてほしい。

 一方、STEP3はSTEP2の学びを前提に「悪気なく言ってしまった」マジョリティの戸惑いを考える時間として設定した。改めてMAカードを見直し「発言者の意図・目的」を考え直してみる。それを通じて発言者の「軽さ(考えのなさ)」と伝わってしまうメッセージの「(マイノリティの心を抉る)重さ」とのギャップに気づいてほしい(このギャップについては、上智大学・出口真紀子さんのインタビュー「マイクロアグレッションとは?-差別を『ない』ことにしないために-」も参考資料として掲載している)。そして、ほんとうに悪気なく言ってしまった、友だちといい関係をつくりたいのに不本意だというなら、その願いが伝わることばを選び直そうと問いかけ、それを考え続けることに重きを置く締めくくりにした。社会にある差別が、ネガティブなメッセージを単語や表現に絡みつかせている。それを乗り越えて、自分の伝えたい思いをまっすぐ伝えることばを探せたとき、それはMAへのカウンターになる。そんな、差別に対抗する文化を、教室から創造してほしいと願っている。


<脚注>

1)『ちがい ドキドキ 多文化共生ナビ2~在日外国人教育実践プラン集~』
  実践プラン集作成プロジェクト編・大阪府在日外国人教育研究協議会(府外教)発行
  ※1.2.ともに問合せは:府外教ホームページに案内 http://fugaikyo.in.coocan.jp/

2)大阪府人権教育研究協議会ホームページ
  http://daijinkyo.in.coocan.jp/kyozai/page.htm