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国際人権ひろば No.165(2022年09月発行号)

特集:子どもの権利促進に向けた法整備と課題

改正児童福祉法への期待と課題

伊藤 嘉余子(いとう かよこ)
大阪公立大学教授、NPO法人CAPセンター・JAPAN理事長

はじめに

 児童福祉法等の一部を改正する法律案(注が2022年6月8日に参議院本会議で可決、成立した。改正法は2024年4月1日施行予定である。


子どもの意見を聴く仕組み

 2019年1月、千葉県野田市で小4女児が虐待を受け亡くなった事件で、児童相談所は女児が「家に帰りたくない」と話したり、父親による虐待を打ち明けたりしたのに、それを軽視して一時保護を解除し、結果、女児を救うことができなかった。
 2022年に入ってからも児童虐待事件は相次ぎ、一時保護の解除後に子どもが犠牲になるケースが目立つ。3月には長野県社会福祉審議会が、県の専門里親だった男が4人の児童に性的、身体的虐待を繰り返していたとされる問題の報告書をまとめ「虐待を周囲が把握していたのに、関係機関で情報が共有されなかった」と、アドボケイト制度の導入を提案している。
 子どもは養育者である親・施設職員・里親と児童相談所とのはざまで、自分の意見や願望、意思などを表明しにくい状況にあることが少なくない。アドボケイトという第三者が子どもたちの声をしっかりと聞き取り、子どもたちの人生に大きな影響を与える決定に子どもの声を反映させる仕組みをつくることは重要であると考える。
 あわせて、アドボケイトの養成・育成、アドボケイトの役割や専門性に関する共通理解・認識の浸透についても今後さらに精査・議論する必要がある。

一時保護開始時における司法審査の導入

 今回の法改正で、一時保護開始時に「司法審査」の導入が決まったことのインパクトは大きい。全国の児童相談所が対応する児童虐待相談件数は20万5000件を超え、過去最多を更新した。一方、児童虐待相談件数のうち、一時保護に至る事例は半分にも満たない。その背景には、児童相談所が親からの反発や関係悪化を恐れて、一時保護をためらうケースも少なくないという事情もある。こうした状況を鑑み、裁判所が一時保護の必要性を判断することで速やかな保護につなげるとともに、保護者の理解や納得を得られやすくしようというねらいが、今回の司法審査導入には込められている。
 しかし、その一方で、司法審査導入に伴い、児童相談所が担う事務処理・手続きのための業務負担が過重になる恐れもある。現段階でも、児童福祉司ひとりあたりの担当ケース数が100件を超え、国連子どもの権利委員会から「児童福祉司(ソーシャルワーカー)を増員して、担当ケースを減じるべき」との改善勧告を受けている状況の中、児童福祉司の事務的負担を増やすことの悪影響は懸念されるところである。司法審査によって、子どもと家族へのより効果的なソーシャルワークが可能になるというのであれば、同時にそれが本当に可能となる職員配置数、人材育成の仕組みづくりなどについても積極的に議論・検討し改善していく必要がある。
 また、改正法では児童相談所が「一時保護が必要」と判断してから7日間は児童相談所の判断のみで一時保護できる仕組みになっている。そして、裁判所に対して意見や不服申し立てができるのは児童相談所のみで、保護される子ども本人やその親への意見・意向聴取は仕組みとして組み込まれていない。一方で、先述したとおり、改正法では子どもの意見や意向を聴く仕組みを都道府県ごとに整備することが盛り込まれている。一時保護の要否の判断プロセスにおける子どもの意向聴取の仕組みの導入については今後議論する必要がある。

社会的養護経験者の自立支援とアフターケア

 児童養護施設をはじめとする社会的養護経験者の児童自立生活援助事業について原則22歳までという年齢制限が撤廃された点は、社会的養護を巣立った子ども・若者の支援ニーズを単に年齢で区切るのではなく、一人ひとりの子ども・若者の状態や意向などから丁寧にアセスメント・支援すべきであるという方向性や原則が示されたという意味で評価できるといえよう。
 しかし、課題もある。まず、今回の法改正による年齢制限の撤廃は、あくまで「措置の延長」であり、一度措置を解除されると戻ってくることができない。施設生活が長い子どもの中には、集団生活の制約に息苦しさを感じ、早い自立・措置解除を希望する人も少なくない。しかし、いったん施設を出てみると「施設のありがたみ」「社会で生きていくことの難しさ」を感じることも多いという。そうしたときに、一定の年齢までは再び出身施設等で受け入れられる仕組みがあると、子どもは安心してチャレンジできるのではないだろうか。
 また、社会的養護経験者の拠点事業の自治体間格差の是正についても課題である。今回の改正法では、当該事業について都道府県の業務と位置付けられたが、現段階ですでに自治体間格差が小さくない現状である。事業実施数、支援の質等、どこの自治体においても一定の支援が受けられるような「支援の標準化」が必要である。

地域の子育て支援にかかる社会資源の機能・名称の煩雑さの課題

 保育所等の身近な子育て支援の場における相談体制の整備に向けて、既存の「子ども家庭総合支援拠点」と「子育て世代包括支援センター」の見直し、「こども家庭センター」の新設等、名称や役割が煩雑だったものの改善に取り組むこととなった。その一方で「名称のわかりづらさ」という問題は残った。
 例えば、大阪府では、児童相談所機能を含む地域の子ども家庭相談機能を担う機関のことを「大阪府子ども家庭センター」と呼んでいる。大阪府以外にも児童相談所を含む複合的な機能をもつ機関を「子ども相談センター」「こども家庭センター」等としている自治体は複数ある。
 また、名称の煩雑さだけでなく、機能・役割の煩雑さについても改善の余地があると考える。「子どもと家庭の支援を行う機関」は地域に複数ある。「児童相談所」「家庭児童相談室」「地域子育て支援センター」「児童家庭支援センター」...それぞれの役割や機能が不明確かつ名称が紛らわしいという状態では、住民からはわかりづらく、また有機的な機関間連携は難しい。
 さらに、例えば、徹底的に子どもの立場から子どもの権利擁護を行う機関、親子関係支援を主に行う機関、といった具合に分類し、「親子支援・家族支援」という視点や枠組みではなく「子どもに徹底して寄り添い支援を行う専門機関」の創設についても議論する価値があるのではないだろうか。

子ども家庭福祉にかかる新たな専門資格の創設をめぐる期待と課題

 全国の児童福祉司のうち、勤務年数が3年未満の者が半数を占めるという実態から、経験の浅さによる支援・実践への影響が指摘されてきた。今回の法改正は、こうした現状を改善すべく、子ども家庭福祉分野における実務経験者向けの認定資格の導入が改正法に盛り込まれた。
 新しい専門資格の創設によって、児童虐待対応をはじめとする子ども家庭福祉に関する知識や経験のある人が、サポートが必要な家庭のそれぞれの状況に合った対応ができるのではないかと期待されている。
 ただ、資格のあり方についてはいくつかの議論や課題がある。
 厚労省が示した案では、いずれも国家資格の「社会福祉士」か「精神保健福祉士」を持つ人が、児童虐待への対応や母子保健といった教育課程を終えれば、「子ども家庭福祉ソーシャルワーカー」に原則認定するとされている。当面の経過措置として、こうした分野で4年以上の実務経験がある人も認定されるようにする。
 しかし、新たな資格を国家資格にするべきだという意見や、社会福祉士などの保有を条件としない独立型の資格とする必要性を主張する意見もある。資格のあり方、要件等については引き続き慎重かつ活発な議論が必要であろう。
 また、子ども家庭福祉ソーシャルワークの専門職を養成できる研修担当者の育成や確保についても現段階では不十分であり、この点も含めて資格、養成のあり方について検討していく必要がある。

おわりに

 今回の法改正は、児童虐待の相談対応件数の増加など、子育てに困難を抱える世帯が、これまで以上に顕在化してきている状況を踏まえ、子育て世帯に対する包括的な支援のための体制強化等を行うことを主たる目的として行われた。結果としては、子どもの声を聴く仕組みや司法審査など、子ども家庭福祉の先進国といわれる国々で導入されている仕組みを複数導入することが盛り込まれ、改革への大きな一歩となる改正だと評価・期待できるところである。
 その一方で、日本のこれまでの仕組みや歴史的・文化的背景を十分に精査した上での提案・改革になっているかについては懸念もある。そして整備すべき「仕組み」は明らかになったものの、そこで実践にあたる人材の育成や確保については十分議論されているとはいえない。
 人を支援するのは「仕組み」だけではなく、そこで働く「専門職(人)」である。専門職養成、人材育成、職員配置について、必要な予算なども含めた現実的な議論が今後必要であろう。


注:
改正法の概要は厚労省のHP参照
https://www.mhlw.go.jp/content/000906719.pdf