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国際人権ひろば No.164(2022年07月発行号)

特集:人権と戦争に関する国際的な基準(ルール)

今こそ核兵器を禁止する~ICANと市民の取り組み~

渡辺 里香(わたなべ りか)
ピースボート インターナショナルコーディネーター

暴力と憎しみの連鎖を止める

 2022年2月にロシアによるウクライナ侵攻が始まって以来、この戦争は3か月以上収束する気配を見せない。それどころか、プーチン大統領が「唯一の正しい判断だった」と主張する武力侵略を止めることができず、国家間の微妙なパワーバランスの中で有効な手立てを世界の誰も持ち合わせていない。このような恐怖の中で、強大な軍事力にすがろうとする人々の反応は多くの国にあり、日本でもアメリカとの核共有議論を求める声があったり、軍事費をこれまでの2倍にすべきとの提言が政府に提出された。また、フィンランドやスウェーデンなどは、今回のウクライナでの戦況を見てNATO(北大西洋条約機構)に加盟しようと動いている。
 核兵器の使用さえも示唆されるという最大級の恐怖の中で、大国の軍事力にすがっていれば国も国民も安心していられるのだろうか。軍事力を背景に国益や大義を守ろうとする大きな声の裏では、必ず小さき声の人々に多くの犠牲が出ることを忘れずにいたい。私たち人類はこれまで、数々の絶望的な戦争から学び、国際人道法などのルールや非人道的な殺傷能力のある兵器は全面的に禁止する法律を作ってきたのではなかったか。暴力によって生じた悲しみと憎しみは、必ず次の暴力を生み出し、連鎖する。それを回避するためには、一秒でも早くこの戦争を終わらせ、武力ではなく人間を中心とした安全保障と国際秩序を取り戻す努力をしなければならない。特に、一発の使用で世界が取り返しのつかない壊滅的な被害を被る核兵器を、規制する規範と国際ルールが必要なのだ。
 国連事務次長、軍縮担当上級代表の中満泉さんも指摘するように、現在ロシアは「核兵器で脅しながら通常兵器で侵攻するという『核抑止力』の最もあってはならない形」を見せつけている。核兵器廃絶国際キャンペーン(ICAN)国際運営委員であり、ピースボート共同代表である川崎哲の言葉を借りれば「この危機的局面において、核兵器が絶対に許されない兵器であるという国際規範を強化し、立て直さなければ、世界は核の無秩序へと転がり込んでしまうだろう」そして「核兵器が許されない非人道兵器だと訴えることは被爆国・日本としての道義的責任」でもある。
 本稿では、核の無秩序に陥らないための国際ルール「核兵器禁止条約」の成り立ちとICANおよび日本の市民の取り組みを紹介したい。

核兵器禁止条約

 核兵器禁止条約は、核兵器の非人道性に着目して全面的に禁止し、その使用や威嚇はいかなる状況においても許されないと定めたもので、核兵器廃絶への道筋を定めた史上初の条約である。特筆すべきは、前文で「被爆者(原文にもhibakushaと表記されている)と核実験被害者が被ってきた受け入れがたい苦痛を心に留める」とし、核被害者への援助と汚染された環境回復を定めていることだ。この条約が、国連加盟国の3分の2に近い122か国の賛成のもと、2017年7月7日に採択され、2021年1月22日に発効した。2022年5月末現在61か国が批准している。
 戦後77年以上にわたり核なき世界を求めてきた被爆者たちの「原爆は人間として死ぬことも、生きることも許さない」という心からの訴えが、核兵器は非人道的であり、二度と使われてはならないという機運を高めてきた。2010年には赤十字国際委員会(ICRC)が核兵器は非人道兵器であり禁止・廃絶すべきだとの総裁声明を出した。これは1945年原爆投下直後、放射能によりその使命である救援活動ができなかったことへの反省と核兵器のもたらす破壊的被害に深い憂慮を示すものである。また、2013年から2014年にはノルウェー、メキシコ、オーストリアで「核兵器の人道的影響に関する国際会議」が開催され、今日核兵器が使用された場合に予測される環境への影響、核の飢饉、大量の避難民、電磁波による世界の通信網の破壊などが科学的知見から議論された。その結果、核兵器の使用はいかなる意味でも、国際人道法に合致しないという認識が広がったのである。核兵器の被害を語り続ける被爆者とこれらの世界的な動きが、「核兵器に対する強い禁止規範作り」に繋がったというわけである。
 この一連の過程で重要な役割を果たしたのが、被爆者から被爆の実相を聞き、核兵器は最大の環境破壊の原因になると考え、核の抑止力という危うい政治的バランスに異を唱える市民やNGOだ。特に、107か国から635団体が参加する(2022年5月現在)世界のNGO連合体であるICAN(核兵器廃絶国際キャンペーン)は、核兵器の非人道性に関する声明や会議に多くの政府が加わるように働きかけ、NGOの参加も促した。また、核兵器禁止条約の交渉から成立にかけて大きく貢献したとして2017年のノーベル平和賞を受賞した。著者が所属する国際NGOピースボートは、ICANの参加団体の一つとして被爆の実相を世界に伝えるという重要な役割を担っている。

締約国会議とそれに向けた取り組み

 多くの非核兵器国と核被害者たちが注目する中、同条約の第1回締約国会議が2022年6月21~23日にオーストリアのウィーンで開催される。ウクライナにおける戦争で核兵器使用の脅威が現実のものになる中、きわめて重要な国際会議となる。締約国会議の主要議題としては、①核兵器の非人道性とそのリスク、②条約の普遍化/署名・批准の拡大、③核兵器の使用・実験被害者への救援と汚染環境の回復、④核兵器保有国加盟時の廃棄プロセスとその検証であろう。
 同会議のNGOコーディネーターに任命されたICANは、締約国会議の直前に「市民社会フォーラム(6月18日~19日)」を主催する。そして6月20日にはオーストリア政府が第4回「核兵器の人道的影響に関する国際会議」を開催する。この一連の行事の中でICANおよび市民社会が注力するのは、1)核被害者の声を直接届け、核被害者救援と環境回復に関する原則と行動への合意を各国に求めること、2)核兵器に使用・実験した国からの情報開示、3)ジェンダーと核兵器に関する問題提起、4)同条約の意義を発信して条約への賛同を広めることだ。
 ピースボートを始めとする日本の市民社会は、広島・長崎における原爆被害、太平洋の核実験による漁船の被爆、さらには福島の原発事故の被害など、核の被害者の援助と環境修復について、世界にいま伝えるべき情報や教訓が数多くあるとの認識を一層強めて準備をしている。ウィーンの会場では、被爆者証言の機会を作り、2021年12月にピースボートとICANが開催した世界核被害者フォーラムの成果を発表。また「核被害者援助に関する共同提言書」も提出する。ウィーンと広島・長崎をつなぐオンライン企画では、胎児の状態で被爆して脳と身体に障害をもつ原爆小頭症の当事者とその家族(広島)、同じように被爆しているのに行政区分に阻まれて被爆者とは認定されず訴訟を続けている「原爆体験者」(長崎)をスピーカーとして迎える。彼らは核被害が一生涯、また世代を超えて続くことを改めて世界の人々に伝える。日本国内でもこの機会に世論喚起、政府への働きかけの契機となるように「核禁ウィーク in Japan」を企画している。

 現在、ウクライナ侵攻を続けるロシアの行動は特異的に感じるかもしれない。しかし、これまでの歴史の中で日本も含め、同様の残忍な過ちを犯してきた。その事実を改めて考えた時、非人道的な大量破壊兵器である核兵器を国際ルールで先行して全面的に禁止し、核兵器は違法であるという規範を作ることは今までに増して喫緊の課題である。


no164_p8-9.jpgロシアのウクライナ侵攻に抗議し、平和と核兵器廃絶を訴えるキャンドルメッセージ。
(2022年3月8日、原爆ドーム前。中奥岳生撮影)



<参考資料>

・中満泉(2022)
 「核軍縮の必要と必然」岩波「世界2022.6」

・川崎哲(2022)
 「核兵器禁止条約という現実的選択」岩波「世界2022.6」

・日本原水爆被害者団体協議会(2021)
 『被爆者からあなたに-いま伝えたいこと」岩波書店

・世界核被害者フォーラム:https://nuclearsurvivors.org/jp/

・市民社会フォーラム:https://vienna.icanw.org/forum

・「核禁ウィーク in Japan」:2022banweek.nuclearabolitionjpn.com