MENU

ヒューライツ大阪は
国際人権情報の
交流ハブをめざします

  1. TOP
  2. 資料館
  3. 国際人権ひろば
  4. 国際人権ひろば No.156(2021年03月発行号)
  5. おいしいバナナのまずい問題~生産地フィリピンで起こっている人権侵害

国際人権ひろば サイト内検索

 

Powered by Google


国際人権ひろば Archives


国際人権ひろば No.156(2021年03月発行号)

アジア・太平洋の窓

おいしいバナナのまずい問題~生産地フィリピンで起こっている人権侵害

石井 正子(いしい まさこ)
立教大学異文化コミュニケーション学部教授

 ブランド化が進んだ私たちのバナナ

 スーパーの入口付近の生鮮食品コーナー。みかんやリンゴなど、国産の旬の果物とちがって、一年中絶えることなく不動の位置を占めている。それが、バナナ売り場だ。みかんやりんごはむき出しで売られている。が、バナナは3~5本がビニール袋に詰められている。忙しいみなさんは、ビニール袋のパッケージには目を留めず、値段と見た目で選ぶことがほとんであろうか。

 だが、時間があるときに、パッケージに注目してほしい。よく見ると、じつに様ざまなブランド化が進んでいる。パッケージには、安全重視の日本人消費者の心をつかむべく「管理栽培」「自社農園」などの文句がうたわれている。生産への「努力」や「真心」を強調し、丁寧な農作業の美しいイラストが添えられる場合もある。バナナの栽培・流通の現状を詳しく調査し、エシカルな食べ方を問いかけた著作『甘いバナナの苦い現実』1の著者の一人であるフィリピン系アメリカ人のアリッサ・パレデスさんは、「バナナがこんなにもブランド化されて売られているのは日本だけだ!」と驚く。

 高地栽培バナナ:より高く甘いバナナの、より苦い現実

 そうしたたくさんの品揃えのなかに「高地栽培」として売られているものがある。ブランド名は「甘熟王」「スウィーティオ」「ハイランドハニー」「最高峰バナナ」などだ。値段は低地栽培バナナより少し高い。

 高地栽培バナナとは、その名の通り標高が高い山腹で栽培されるバナナのことである。バナナは昼夜の寒暖の差が大きい場所では糖となるでんぷんを実に多く蓄積する。それゆえに、低地栽培バナナよりも糖度が高い甘いバナナとなるのである。

 しかし、輸出用バナナ生産地の高地進出は、深刻な問題が伴うことがある。農薬禍である。輸入果物のバナナが安いのは、広大な土地に単作で大量生産されているからだ。商品作物のバナナには種はなく、株分けで増やす。そのため、同一品種内の遺伝的多様性が乏しく、病気に弱い。その予防に欠かせないのが農薬散布だ。

 ミンダナオ島南コタバト州にティボリ町がある。山間部には、先住民族のティボリ人が住んでいる。2004年、この町のラコノン村のティボリ人の地権者は、バナナ栽培会社と25年間のリース契約を結んだ。リース契約では、地権者は土地のリース代(賃借代)と引き換えに借主(バナナ栽培会社)に土地を一定期間貸す。会社はリース代を支払い、栽培、流通、マーケティングのすべてを管理する。数十人の地権者から土地を借りれば、広大な土地が確保できる。一方の地権者は、リース代を得ることに加えて、バナナ園となった自分の土地で農業労働者として働くことができる。

 バナナ園が進出する前、ラコノン村のティボリ人たちはトウモロコシなどを生産していた。だが、収穫は不安定であった。リース代は1ヘクタールあたり年間1万ペソ(約2万円)と安いが(6年目からは2年ごとに500ペソ上がることが記されている)、契約を結べばリース代と農業労働者としての収入が安定的に入ってくると期待した。2009年、借主が当初契約を結んだ会社からスミフル・フィリピン社(以下、スミフル)に代わった。

 ところが2017年11月、ティボリ人の地権者たちがスミフルに抗議する事件が起こった。リース代が毎年分振り込まれない、約束された医療補助や奨学金が十分に提供されない、などが理由であった。

 何よりも地権者や周囲の住民を悩ませているのは、2011年ごろから始まった農薬の空中散布である。契約当初は空中散布の話はなく、開始するにあたって会社からの十分な説明はなかった。早朝に小型飛行機から散布される農薬は風にのり、バナナ園に隣接する民家や通学路に降り注ぐ。空中散布が始まってから、家庭菜園の野菜が枯れたり、家畜が死んだり、目の疾患や皮膚のかゆみなどの被害が生じている。住民の訴えは、ダバオ市の環境NGOや教会関係者によって制作されたYouTube『毒の雨』2という映像作品でも公開されているので、ぜひ視聴してみてほしい。

 毒性学者の命がけの闘い

 輸出用バナナ園での農薬散布と健康被害。これは何も高地栽培バナナが本格的に展開する1990年代以降に始まったことではない。1982年に出版された名著『バナナと日本人』(岩波新書)で著者の鶴見良行はその危険性を指摘していた。2016年に公開された映画『バナナの逆襲』では、不妊症の原因となる農薬DBCPの製造が1979年に中止され、80年にはフィリピンで使用禁止となったにもかかわらず、86年までドール系バナナ園で散布されていたことが描かれた。私たちが食べるバナナの生産地での農薬禍は少なくとも過去40年間は続いている。それが低地から高地に広がっているのである。

 農薬禍を訴える住民に長年寄り添ってきた人物がいる。毒性学を専門とするフィリピン大学のロメオ・キハノ博士だ。だが、バナナ栽培会社を相手にするのは命がけだ。1994年、キハノ博士らは、深刻な農薬禍に見舞われた南ダバオ州ハゴノイ町のラパンダイ社のバナナ園で調査を行い、2000年に報告書を作成した。同年、同社はキハノ博士らを名誉棄損で刑事告発、2002年には民事訴訟を起こし、翌年キハノ博士は逮捕された。2007年、地方裁判所はキハノ博士に対するすべての訴訟を棄却した。が、一連の出来事は博士の仕事を妨害し、精神的苦痛を与えたことであろう。

 不屈のキハノ博士は、その後も農薬禍の調査を続けている。ティボリ町にも足を運び、2015年には高地での農薬散布が水系を汚染する危険性を訴えた3

 ちなみに、ラパンダイ社のオーナーはロレンソ財閥のルイス・“チト”・ロレンソ・ジュニア氏である。同氏は、キハノ博士が逮捕された2003年には農業省長官を務めていた。ラパンダイ社の顧問弁護士は、ドゥテルテ大統領の娘でダバオ市長のサラ・ドゥテルテの夫である。

 フィリピンの最高学府の博士でさえこのような憂き目にあう。住民の怖れは想像に難くない。ラパンダイ社のバナナは「エストレージャ」「みやび」というブランドで日本に輸入されている。

 深刻な労働問題

 バナナの袋詰は、バナナ園に隣接した梱包作業所で行われる。そこでも深刻な問題が起きている。例えば、スミフルのある梱包作業所では、長期にわたる非正規労働が常態化していた。労働者は正規雇用を求めたが、スミフルは仲介機関の社員だとして労使交渉を拒否。2017年にフィリピン最高裁が事実上の労使関係を認めたのにも関わらず、運動を起こした労働者は解雇され、労働組合員が殺害される事件も起きた。当時、スミフルの親会社の株式の49%を保有していたのは住友商事であった。だが住友商事は市民団体が労組代表を日本に招待して記者会見を行っている際中に株式をすべて売却した。労働者は今でもあきらめずに闘いを続けている。が、コロナ禍の影響もあり臨時の仕事をすることも難しく、困窮している。市民団体が「コロナ禍の人権侵害を許さない:フィリピンのバナナ労働者支援のためのカンパのお願い」4の呼びかけをしているので、ご協力いただければ有難い。

no156_p10-11_img1.jpg

マニラ首都圏にあるスミフル本社までデモ行進する労働組合のメンバー
(2019年1月、写真提供:FoE Japan)

 バナナが私たちに問いかけるもの

 私たちが消費するおいしいバナナのまずい問題について述べてきた。ただし、すべてのバナナ園で問題が起こっているわけではない。減農薬や有機栽培に力を入れ、法律を遵守して労働者を雇用する会社もある。となると、まず私たち消費者が短期的にできることは「安い」「きれい」という理由だけではなく、倫理的に生産されたバナナを選ぶことであろう。

 ただしバナナは、それだけにとどまらない問いを私たちに突き付けている。そもそも食料の海外からの輸入にはコストがかかる。大量生産は農薬を必要とし、環境負荷がかかる。輸出作物の大量生産は、現地の農業の自給的基盤を崩し、日本の食料自給の問題も大きくする。大量生産の食料を輸入するフードシステムそのものを見直す必要があるのではないだろうか。

 

1:石井正子編著(コモンズ、2020年)

2:https://www.youtube.com/watch?v=d_24-TUKkdA(日本語字幕付き)

3:Templonuevo, Haydee S. 2015. UP expert warns against massive chemical contamination in South Cotabato due to aerial spraying. Balita. January 16, 2015. http://balita.ph/2015/01/16/up-expert-warns-against-massive-chemical-contamination-in-south-cotabato-due-to-aerial-spraying/Accessed on August 14, 2015.

4:https://foejapan.org/aid/doc/2012_donation.html