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国際人権ひろば No.156(2021年03月発行号)

特集:アウティング-「暴露」「さらし」を考える

インターネットを発端とする部落のアウティング行為の現在

上川 多実(かみかわ たみ)
BURAKU HERITAGEメンバー

 部落問題について考えるための前提

 「部落問題」という言葉を出すと「黒人差別の問題ですか?」と聞き返されることがある。「部落」という単語になじみがなさすぎて「ブラック」に聞こえるのだろう。先日は「ブラック企業の問題ですね」という新しいパターンにも遭遇した。

 部落問題は、その人の居住地や受けた教育、時代によって認識や理解度の差が大きい。いきなり本題に入れないのはもどかしいが、最低限の共通認識のもとで話を進めるためにまずは部落問題とは一体どういう問題なのかを簡単に共有しておきたい。

 部落問題とは、封建時代(鎌倉時代から明治維新までの武家政治の時代)の身分制度の中で賤民身分であった人たち(教科書では「えた・ひにん」や「差別されていた人たち」と習うことが多い)が居住していたとされている地域(これを被差別部落という。略して「部落」とも呼ばれる)や、賤民身分の人たちを祖先に持つとされている人たちに対する差別の問題である。「されている」としたのは、目で見てわかる属性ではないために本当に部落に居住しているか、本当に賤民身分がルーツかどうかにかかわらず、そうレッテルを貼られてしまえば誰もが差別を受ける可能性があるからである。結婚や就職、引っ越し、土地購入などのライフイベントに伴って表面化しやすいと言われているが、日常的な忌避や見下し、経済格差、最近では「本当はもう差別はないのに利権欲しさに差別があると吹聴している」というような言説による差別もある。

 アウティングを提訴

 そんな中、現在大きな問題になっているのはインターネット(以下、ネットと略す)を発端とする部落のアウティングだ。これまでも「どこが部落か」「誰が部落出身者か」という真偽入り混じった情報が掲示板などに書き込まれてきたが、2010年ごろからは鳥取ループと名乗る人物たちが全国の部落の所在地や詳細な情報をSNS等で発信し始めた。さらに、Wikiというソーシャルメディアを使い開設したサイトでは、それらをリスト化しまとめた上に、部落解放同盟の関係者と彼らが判断した1,000人以上の個人情報リストも掲載するなどアウティング行為をエスカレートさせ、2016年には全国の部落の所在地をまとめた「全国部落調査復刻版」という書籍を出版しようとするまでに至った。

 この書籍は部落解放同盟が差し止めの仮処分申請をし、それが認められたために実際に出版されてはいないが、現在もその仮処分を確定させるための本訴が東京地裁で続いている。この本訴では、出版差し止めだけではなくアウティングをしているウェブサイトの削除なども求めており、アウティングされた部落に住んでいる人や個人情報が掲載された人など248人と部落解放同盟の1団体が原告となっているのだが、私も原告の一人である。というのも、彼らが掲載した個人情報リストには私も掲載されていたからだ。

 ここで、私がこのリストに自分が掲載されていることを知った経緯を紹介したい。

 ある日、当時小学校の低学年だった子どもに「ママの名前をインターネットで検索した」と告げられた。私は2011年にBURAKU HERITAGEというウェブサイトを友人たちと立ち上げ、部落について発信したりイベントをしたりしているのだが、顔も名前も出して活動しているために時々名指しで誹謗中傷されることがある。もしかしたらそれらが子どもの目に触れてしまったのではと思い、確認のために検索サイトで自分の名前を打ち込んだところ、検索結果の上位に件のサイトが表示されたのである。そこには「部落解放同盟関係人物一覧」というタイトルと共に個人の名前や住所、電話番号などが掲載されており、部落解放同盟に勤める私の両親の名前や住所(正確ではないものだった)と共に娘として私の名前やツイッターアカウント名が記載されていたのだった。このサイトも裁判所から削除の仮処分決定があり削除はされたものの、ミラーサイトと呼ばれる同様の情報が掲載されたサイトには一時、自宅の住所や顔写真、勝手に作られた家系図までが掲載されていた。

 他人事として消費するという差別

 この話を、ある大学での講演で話したところ、学生からのリアクションペーパーに「部落の一覧リストがあるなんて知ってしまったら、調べたくなってしまう」というものがあった。すでに調べたことがあるという学生からは「ただの好奇心で調べただけで、知ったからといって『あそこがそうなんだ』としか思いませんでした。差別する気持ちはありません」と書かれていた。

 部落の一覧リストを悪用して周囲の人間が部落の出身かどうかを意識的に調べるような人たちももちろんいるだろうが、この学生たちのような「そんなリストがあるなら見てみたい」「単なる好奇心で調べてみた」という人たちの存在も、この問題においては非常に厄介だ。そこに暮らす人たちが受けてきた差別や、抱えていくであろう不安、不利益に対する想像力と、自分もこの問題を抱える社会の一員であるという自覚があまりになさすぎるからだ。自分は差別を受ける側ではないと慢心し、このリストを他人事として消費しているからこそ出てくる態度だと言えるだろう。また、アウティングをするサイトが存在したとしても、それを閲覧する人がいなければ情報は誰の目にも触れてないことになり、被害は最小限に食い止められる。つまりアウティングサイトの存在を支えているのはそのページを閲覧する人たちであり、動機が単なる好奇心であったとしてもそれは結果として差別に加担している行為なのである。

 政府が動いたことで起きた変化

 実は2020年からこのアウティングサイトは閲覧できない状態になっている。また、以前は「部落」「同和」といったワードを検索にかけると差別的な内容のサイトが上位に表示されることが多かったが、最近は部落問題の理解や部落差別をなくすための知識を得られるようなサイトが上位に上がってくるようになってきた。

 これらの変化がなぜ起きたのか、その理由や上位評価基準が公表されていないため推測でしかないが、2016年にネット上での部落差別の状況悪化を踏まえ「部落差別解消推進法」が施行されたこと、2018年に法務省が特定の地域を部落だとネットに掲載することは人権侵害のおそれが高いと指摘する通知を出したことと、これを根拠にした自治体によるモニタリング事業の取り組み、2020年に総務省がネット上の誹謗中傷に関するプロジェクトチームを立ち上げて以降、誹謗中傷をした投稿者を特定するための手続き簡素化などの動きが進んでいること、同じく2020年、法務省人権擁護局が出した「部落差別の実態に係る調査報告書」の中でネット上に部落のアウティングや部落出身者への誹謗中傷をするページや、これらのサイトを差別的な意図をもって閲覧しているとうかがわれる者が一定数存在すると報告されていることが背景にあるのではないかと筆者は考えている。

 ここ数年、被害者を中心とした人々が上げた声が少しずつ社会の中で拡がり、こうした動きに繋がってきた。しかし、ネット上から完全に差別的な情報が消えたわけではないし、一度ネットにアップされた情報を完全に消し去ることは難しいと言われている。差別的なサイトが野放し状態だった間に、それらの情報に触れ、差別意識を持ったり強化されたりした人々が今後差別行為を行うことや、その情報を拡散することもないとは言い切れない。

 更なる状況改善のためには、まずはこの問題を知った人々が自分もこの差別を抱えている社会の一員であり、自分と無関係の問題ではないと気づくこと、次に、その中で沈黙するのは差別を温存させることに加担する行為であると気づくこと、更に、そこから脱するためにアクションを起こし、改善に向かってようやく進み始めたこの機運を後押しすることが重要になってくる。社会を構成する一人一人がどう動くかが問われている。