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国際人権ひろば No.153(2020年09月発行号)

特集:新型コロナウイルス感染症と人権

新型コロナウイルス感染拡大のなか、障害のある人が直面している課題

松波 めぐみ(まつなみ めぐみ)
大阪市立大学非常勤講師

はじめに

 私はこれまで、いくつかの大学で非常勤講師をしながら、月に数回だがヘルパーとして働いてきた。地域で ― つまり施設や病院ではなく普通のアパート等で、介助者の手を借りながら ― 暮らす重度障害者の家を訪問し、日常生活のお手伝いをするのが仕事である。また、京都で障害者団体のネットワークに携わってきたため、この数か月も様々な声を(主にオンラインで)聞いてきた。

 新型コロナの感染拡大は、障害のある人たちの生活にも多大な影響を及ぼした。コロナ禍において、マイノリティであるかれらの困難は見えにくく、「みんな大変なんだから」という世論にその声がかき消されがちである。

 本稿では、障害のある人がコロナ禍でどのような困難に直面し、またその中でどのように声をあげているかを、私自身の経験を交えて書いてみたい。

命の危険を感じる人たち

 新型コロナウイルスの流行を初期から深刻に受け止めたのは、重症化しやすい「基礎疾患をもった人たち」だった。2020年1~2月頃、海外での新型コロナ流行が報じられた頃、日本国内には「高齢者や持病がある人以外は、かかっても軽症(だから心配しなくてよい)」という楽観した空気が漂っていたが、かれらに楽観は許されなかった。

 私の友人に、春から専門学校に通う予定だった難病の若者がいる。電動車いすと人工呼吸器を使って生活する彼女は、主治医から「あなたがコロナにかかって重症化したら、体のかたちからしてECMO(体外式膜型人工肺)は使えない」と告げられた。それは、感染が命取りになることを意味する。彼女は泣く泣く休学届を出し、現在に至るまでほとんど外出せずに過ごしている。

 海外の一部の国では、重症患者が病院にあふれて人工呼吸器が足りなくなった場合に、誰を優先するかを決める「トリアージ」が実施されたと報じられている。日本ではまだそこまでの状況にはないが、友人のような「重症化リスク」を抱えた人は、こうした問題に敏感にならざるをえない。

もし介助現場で感染が起こったら~私が抱いた恐怖~

 ヘルパーとしての私が新型コロナを本当に怖いと思ったのは、「無症状だが実は感染していて、人にうつしてしまう」ことがあると知った時だった。自分が元気でも、出向いた先の障害のある人にうつしてしまう可能性がある。感染対策として「人との接触を8割減らせ」と言われ始めたが、自立生活をしている障害者は毎日違うヘルパーの手を借りざるをえない。また「2メートル距離をとれ」と言われても、着替え・トイレ・食事などがある介護現場では不可能である。一日に何回かは「濃厚接触」が生じるのが、重度障害者の生活である。

 もし「障害者宅でクラスター発生!」なんてことになれば、闘病の大変さだけでなく、「多数の介助者が出入りする」生活そのものが非難の目で見られるかもしれない。私はそこに底知れない恐怖を抱いた。今思えば、それも「感染した人が差別される病気」ならではの経験だったのだろう。自分は絶対、感染してはならない、と一時は強迫的に思っていた。必然的に、手洗い等の感染予防に励むようになっていった。ヘルパーの中には、同居家族に高齢者がいるなどの理由で、仕事を続けるかどうか悩んだ人もいる。当然、そうした状況は、障害者の側にも大きなストレスだった。

 幸い今のところ、障害者の個人宅でクラスターが発生した事例は国内ではない(施設や病院のほうが感染リスクは高い)。障害当事者と介助者の努力の賜物だと思う。

「距離をとる」「家にいる」「マスク」が障壁になる人たち

 3月上旬に政府の専門家会議から「三密」(密閉、密集、密接)を避けよというメッセージが出され、5月には「新しい生活様式」が示された。それらは感染拡大を防止し、重症化リスクを抱えた人の命を守るために大切なことではある。

 しかし「距離をとる」ことを求められることで生きづらくなっている人たちがいる。私が介助で関わっている肢体不自由の人のほか、視覚障害のある人も同様だ。外出を助けるガイドヘルパーが「手や肩が触れる、1メートル以上の距離がとれない」ことを理由に来てくれず(個人ではなく事業所の方針で)、家に閉じこもっている人がいる。かわりに食料品の配達の支援を受けているそうだが、本来なら人の助けを借りつつ自分で買い物に行きたいのに、「感染予防」を理由に自由が奪われている。

 同様に、視覚と聴覚の両方に障害がある「盲ろう者」も非常に厳しい状況にいる。かれらは、「触手話」(本人と手をつなぎ、動かすことで「通訳」を行う)や、「指点字」(本人の掌に指で、点字と同じ要領でタイプすることで言葉を伝える)という手段で、情報を得たり自身の意思を伝えたりしている。ところが、それが「濃厚接触」になるということで、通訳を受けにくい状況があるそうだ。

 また、外出自粛が求められていた時期、知的障害・発達障害のある人の外出支援(ガイドヘルプ)を中止する事業所も出てきたことで、環境が変わることを苦手とする人たちは大きなストレスを味わった。本人にとってじっと「家にいる」ことは難しく、暴れてしまう人もいた。そうした中、個々の判断で支援を続けた事業所もある。人ごみを避け、距離をあけて屋外を歩けば、感染リスクは低いのだ。

 さらに「マスクの着用」ルールが壁になっているのが、聴覚障害のある人たちである。「相手(聴者)の言っていることがわからず、マスクをはずしてほしいと思うが、言えない」という体験を、多くの聴覚障害者がしている。この困難を緩和するため、透明のマスクなども考案されているが、広がっているとは言い難い。

声をあげる女性たち~DPI女性障害者ネットワークから~

 新型コロナの感染拡大が深刻化してきた3月以降、さまざまな障害者団体が、自らの命と権利を守るための政策提言を行ってきた。ここでは、障害種別をこえて複合差別に取り組んでいる「DPI女性障害者ネットワーク」(代表:藤原久美子)が4月30日に政府に提出した要望書を紹介したい。その内容は、コロナ禍で「障害があることにまつわる困難」に加え、「女性であることの困難」が掛け合わされたものだ。以下は要約である。

  1. 緊急事態状況下における障害女性に向けられる暴力について、相談、避難等の各段階において、障害のある人への対応を組み込むこと。
  2. 介助派遣をはじめとした障害者の日常生活支援サービスは必要不可欠であり、緊急事態の間も維持される必要がある。ケアワーカーに手当を支給する等の制度改善も必要。
  3. 救命医療において、障害、性別、年齢に基づいて優先順位を下げてはならない。
  4. 緊急事態状況下でも、セクシュアルおよびリプロダクティブヘルスに関わるサービスは不可欠であり、差別を受けずにサービスを利用できるようにすること。
  5. 新型コロナウイルスに関して行政が発信する情報はアクセシブルであること。
  6. 新型コロナウイルスへの対応や復興に関わる政策討議の場には、必ず複合差別の視点を持った障害女性をはじめとする当事者を入れること。

おわりに

 この数か月、「自由に外出し、移動し、人に会う」ことが人間にとっていかに大切な権利かを、私自身いくらかは実感できた気がする。この権利を歴史的に制限されてきたのが障害のある人たちだった。2020年7月末の現在、新型コロナ感染者は再び増えており予断を許さない。感染拡大防止は重要だが、この状況下でも障害のある人の尊厳や自由は守られなければならないと改めて思う。

 いつまで続くかわからない「Withコロナの時代」を生き延びるには、障害のある人たちが直面している課題を、社会全体で共有していく必要がある。これまで直接の関わりが少なかった方も、関心を持ってくだされば幸いである。

 

注:
「新型コロナウイルス感染拡大下における障害女性の権利と生活の維持に関わる要望書」(DPI女性障害者ネットワーク)。多様な「当事者からの声」も収められている。https://dwnj.chobi.net/?p=930


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