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国際人権ひろば No.153(2020年09月発行号)

特集:新型コロナウイルス感染症と人権

コロナ禍が浮き彫りにした移民の脆弱性

髙谷 幸(たかや さち)
大阪大学教員、ヒューライツ大阪理事

 新型コロナウィルス感染拡大のなかで困窮状態にある移民への支援として、筆者がかかわっているNPO法人移住者と連帯する全国ネットワーク(移住連)では、二つの基金による現金給付の支援を行ってきた。本稿では、主にその支援から見えてきた、コロナ禍で移民が直面している課題について中間報告したい。

「移民・難民緊急支援基金」と「ささえあい基金」

 二つの基金は、移住連がNPO法人なんみんフォーラムの協力により立ち上げた「移民・難民緊急支援基金」(支援基金)と、移住連貧困対策プロジェクトとして参加している反貧困ネットワークの「新型コロナウイルス:緊急ささえあい基金」(ささえあい基金)である。

 まず「支援基金」は、仮放免者など住民登録のない人たちが特別定額給付金の対象外になったことへの批判の意味合いも込めて、彼らを主な対象とし、それ以外に生活に困窮している移民・難民の方も含めて、一人3万円の給付を行ってきた。5月初旬立ち上げ以来、7月20日までの2ヵ月あまりで1,007人に支援を行った。内訳は、仮放免者をはじめ非正規滞在者(有効な在留資格をもたない者)が718人、特定活動121人、短期滞在102人、技能実習12人、留学、日本人の配偶者等が各6人などとなっている。また国籍別では、トルコ(クルド)408人、ミャンマー84人、ベトナム69人、フィリピン52人などが多く、ジェンダー別では男性635人、女性372人となっている。年齢は30代が247人と最も多いが、10代以下の子ども・若者も209人にのぼっている。

 一方、「ささえあい基金」は、在留資格にかかわらず生活に困窮している移民・難民を対象に、一人2万円の給付を行っている。こちらは4月末から開始し、7月16日までで452件の申請を受け付けた(世帯ごとにカウントしているため人数ベースではもっと多い)。世帯代表者の在留資格は、永住者や定住者など中長期の在留資格をもつ者が215人、仮放免者を含め非正規滞在者が204人などである。また国籍別では、多い順に、フィリピン103人、ペルー101人、トルコ(クルド人)79人、ブラジル45人となり、ジェンダーは男女ほぼ半数となっている(申請の不備などにより数字はいずれも概数)。

 このように、二つの基金の給付状況は、対象者に一部重なりがありつつも、それぞれの基金の特徴が出る結果となっている。以下では、そのデータをもとに代表的なカテゴリーごとにその実態を見ていこう。

移民たちの実態(1)-仮放免者/非正規滞在者

 仮放免者とは、有効な在留資格がなく、入国管理施設(収容所)に収容されたものの一時的に解放されている者をいう。収容された人の多くが帰国する中、長期収容に耐え、仮放免された者は、家族がいるなど日本に生活基盤があったり、難民申請中など何らかの事情で帰国できない人がほとんどである。

 収容所は感染リスクが高いため、4月以降、入管が仮放免を認めるケースが相次いだ。しかし仮放免後は原則、就労が禁止され、また住民登録もできないため公的な福祉制度は利用できない。そのため仮放免者は、家族・親族、コミュニティ、支援団体、宗教施設などに頼って生活をすることになる。だが、コロナ禍のなかで、それまで頼ってきた家族やコミュニティのメンバーも失業したり生活が立ちいかなくなっている例が少なくない。また教会もミサがなくなり献金が集まらなくなり、彼らの生活を支えることが難しくなっていた。

 こうしてもともと過酷な生活を送ってきた仮放免者はより追い込まれた状況に直面している。ガスや電気が止められ、食料もままならない、家賃が払えず追い出しの危機にあっているなどの声が寄せられている。くわえて仮放免者は、数年にのぼる収容生活のなかで、健康状態に問題を抱えている人も多い。しかし、健康保険が使えないため診療を抑制し、さらに体調が悪化するという悪循環も生じている。まさに「医・食・住」という生きるために不可欠なものが脅かされている状況である。

移民たちの実態(2)-フィリピン女性

 歓楽街で働くフィリピン女性からの申請も多く集まった。職場は3月から客が減少し始め、4~5月は休業している例が多かったが、休業補償などの手続きをしているお店はほとんどなく、結果として無収入というケースが目立った。友人に借金をしてしのいでいたが、シングルマザー世帯も多く、支援団体からの食料支援も命綱になっている。彼女たちの多くは中長期の在留資格をもっているため福祉制度を利用できるが、普段から日々の現金払いで働いていることなどにより書類が整わなかったり、日本語での複雑な申請手続きを独自にすることは難しく、結果として制度にアクセスできていない例も珍しくない。

 また、フィリピン女性をはじめとする移民女性は、ホテルの清掃業で働いている人たちも多いが、彼女たちの多くも補償なく休業に追い込まれていた。観光客が激減しているいま、この影響は長期に及ぶのではないかと推察される。

移民たちの実態(3)-南米系労働者

 ブラジルやペルー出身の南米系労働者は、自動車など製造業の現場で非正規雇用で働く割合が高い。彼らの場合、解雇や雇い止めのほか減産により休業を余儀なくされている例が多い。なかには、工場の従業員のなかで外国人ばかり先に解雇になったという例もあった。リーマンショックの際にブラジル人労働者の失業率は約4~5割にのぼったといわれているが、静岡県が行ったネット調査では、コロナで失業中のものは22.1%にのぼっているという(「静岡新聞」2020年7月22日)。コロナ禍は、リーマンショックから10年以上経った今でも、移民たちがおかれている状況はほとんど変わっていないこと、言い換えればその間の無策を明るみに出したといえるだろう。

移民たちの実態(4)-技能実習生、留学生

 技能実習生も製造業で働いている割合が高いが、仕事が減り、いつ再開するかわからないという訴えがみられた。食べ物がなく「川で魚をとってしのいでいる」という例もあった。

 留学生も多くはアルバイトをしながら学んでいるため、そのアルバイトの減少により、非常に困窮した状況におかれている。とくに飲食店で働いていた場合、お店が休業になったというケースが目立つ。

 また、新型コロナウイルスの感染拡大が年度の終わりと重なったこともあって、卒業や技能実習期間が終了したものの帰国できないケースも目立っている。入管は彼らに対し、在留資格の面では柔軟な対応をみせているが、仕事ができないこと、また生活保護が認められていない在留資格のため、数ヶ月にわたり非常に困窮状態におかれている。

 さらにこれは、技能実習生や留学生に限らないが、もともと生活がギリギリだったという移民たちが少なくない。そのため貯金がない場合も少なくなく、一旦収入がなくなったり減ったりすると、すぐに生活に影響が出る傾向にある。

求められる取り組み

 以上のように、様々な背景をもつ多くの移民が、コロナ禍のなかで生活困窮に陥っている。しかし福祉制度やコロナ禍の支援には、在留資格の面で制限があり、対象外となっている移民も少なくない。国際的な人の移動がとめられるなか、同じ社会に暮らしているにもかかわらず、連帯の輪から漏れているのである。

 しかしこのような移民たちが直面している排除や周縁化は、コロナ禍によって始まったというよりも、彼らがもともと脆弱な位置におかれていたことの帰結である。「誰も取り残さない」というSDGsの宣言をお題目に終わらせるのではなく、排除のない形で緊急支援を行うと同時に、移民の生活を長期的に支える抜本的な政策が必要である。

おわりに-現金給付から考える尊厳と自由

 最後に、現金給付という支援の形について触れておきたい。筆者は当初、現金給付は緊急支援として意味がある一方で、「単にお金を配るだけ」という形に終わらないか若干の危惧も抱いていた。

 だが、給付を受け取った方からの反応を聞くなかでそうした危惧は消えていった。なかでも印象に残ったのは、「自分の存在が忘れられていないと思った」という声や、「自由に使える現金がありがたかった」という声である。現金給付には、当事者に幾ばくかの自由と尊厳の感覚を与えるという、経済的価値以上の意味があることを知った。これは逆にいえば、そのような自由と尊厳が、人にとって根源的な価値でありながらも、顧みられることが少なく非常に脆いものであることを示しているように思う。