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国際人権ひろば No.153(2020年09月発行号)

特集:新型コロナウイルス感染症と人権

コロナ危機後のより良い社会に向けた『責任ある企業行動』とは~COVID-19&BHR基本アクション

佐藤 暁子(さとう あきこ)
弁護士

はじめに

 新型コロナウイルス感染症は、人々、社会、環境に対し大きな影響を与え、いまだその感染拡大収束の目処はたっていない。飛沫感染することから、人との距離をとり、密閉空間に集まらないことなどが推奨され、企業活動のあり方も大きな変化を余儀なくされている。全世界が同時期に未曾有の状況に晒されるなか、企業に対してどのような行動が期待されるのか。

 国連「ビジネスと人権に関する指導原則」(以下、指導原則)に則った責任ある企業行動の具体的な取組みの一助となるべく、2020年4月末に公表した「新型コロナウイルス感染症拡大の人権への影響と企業活動における対応上の留意点(第1版)」注1を踏まえ策定した、「コロナ危機後のより良い社会に向けた革新的かつ責任ある企業行動に関する基本アクション(COVID-19&BHR基本アクション)」注2について紹介したい。なお、本稿はこの基本アクションを推進する「ビジネスと人権ロイヤーズネットワーク」を代表するものではなく、私見であることを付言する。

基本アクションの概要

1:影響評価

 まず第1に、新型コロナウイルス感染症拡大が、サプライチェーン上の労働者も含め、自社の事業活動に関連するステークホルダーに及ぼしている影響の評価が必要である。指導原則は、企業が人権尊重責任を果たすために、自社のみならずサプライチェーン全体での人権リスクを特定し、予防・軽減、そして是正や救済を行うという一連のプロセスである人権デューディリジェンス(人権DD)の実施を求めている。感染症拡大のような平時と異なる状況下では、人権リスクの内容、範囲、またその予防等への対応は異なることから、基本アクション2以下の要素を踏まえつつ、改めて人権への影響を評価することが求められる。人権DD実施の際には、自社のリソースだけではなく、NGOなども含む外部の専門家を利用することが推奨されているが、とりわけ今回のコロナ禍のように物理的な接触が限定される場合には、国際機関やNGOが公表している情報を丹念に調べ、各々の状況を十分に把握することが肝要である。既にサプライチェーンを含めた人権DDを実施し、関連するステークホルダーと十分な信頼関係を構築していた企業は、今回の危機に際してもその資源を活用し迅速に対応しており、改めて日頃からの人権DDやコミュニケーションの重要性が明らかとなったと言える。

2:安全衛生の確保

 人権リスクのなかでも、感染症という特徴から安全衛生面のリスクへの対応が早急に求められる。生命・健康は、侵害されると回復が困難であることから、必然的に優先度が高い人権リスクである。感染防止策が十分であるか、公表されたガイドライン等を参考にサプライチェーンも含めて確認することが必要となる。可能な範囲でリモートワークを活用するなどして感染リスクを抑えるべきだが、新たな働き方に伴うメンタルヘルスの問題への配慮も求められる。

 感染拡大下では、急激な需要増加の対応に苦慮したセクターもあり、この場合は、雇用を継続する上でいかに安全衛生を徹底するかが課題である。国内でも、いわゆる3密状態が解消されない職場環境に対する不安の声も上がっており、海外でも食肉処理場や縫製工場での集団感染の発生が報じられている。

 また、PPE(個人防護具)など安全衛生確保のために用いられる医療資材の製造過程に関する人権リスクや廃棄後の環境汚染リスクも指摘されている。安全衛生を第一に考えつつ、そのために他の人権が侵害される事態も防止することが指導原則の趣旨に適う。

3:雇用の維持

 労働者の生計維持のためには、雇用の継続を前提としながら、必要な場合には、法律に則った休業手当を保障することとなる。現実として、どうしても雇用の継続が困難となった場合でも、一方的な契約の中断・終了ではなく、労働組合などとの対話を通じ、労働者への負の影響を緩和するよう努めることが求められる。国際労働機関(ILO)も、国際労働基準に基づく労使による社会対話の促進の重要性を強調している。

4:サプライチェーンへの対応

 上記基本アクション3の理念はサプライチェーンにも該当する。注文取消・支払遅延等の結果による企業活動の停滞が及ぼすサプライヤー企業とその労働者らへの負の影響についても、できる限り緩和することが期待される。多国籍企業のサプライヤーが多く存在する国・地域の失業者数は増加の一途をたどっている。自社の存続を検討する際には、事業活動を支えているサプライチェーンの維持と一人一人の労働者の人権リスクが直結することを十分に考慮すべきである。

5:不安定な労働関係への配慮

 労働者のなかでも、とりわけ社会保障へのアクセスが困難な外国人労働者や非正規雇用、ギグワーカー(インターネットなどを介して単発の仕事を請け負う労働者)、インフォーマル労働者等に対する影響は甚大である。外国人労働者や雇用保険被保険者以外へも適用される雇用調整助成金など、政府による措置を十分に活用することはもちろんのこと、利用可能な支援に関する情報の提供や契約上の地位の違いによる差別的な取扱いの防止など、不安定な労働関係が原因となる負の影響の緩和について、ジェンダー視点も併せた検討が必要となる。

6:社会的に脆弱なグループへの配慮

 上記に加え、子ども、高齢者、女性、障害者、外国人、性的マイノリティなどは、社会構造上、従来から脆弱な立場に置かれており、それが感染拡大下においてはさらに深刻となっている。企業は、例えば在宅勤務と休校による児童虐待や女性に対するDVのリスクの増加、リモートワークや感染防止策の店舗等での導入に伴って必要とされる障害者への合理的配慮、また、外国人嫌悪の増大といった具体的な人権リスクへの対応が求められる。

7:苦情処理・問題解決体制の整備

 指導原則は、企業が人権尊重責任を果たし、かつ救済へのアクセスを確保するために、関連する全てのステークホルダーの人権リスクを申し出ることができるグリーバンスメカニズムの設置を求める。人権リスクはできる限り予防しても完全になくすことはできず、だからこそ実効性のあるグリーバンスメカニズムの構築が重要であり、特にコロナ禍のように、これまで経験のない事態で迅速かつ適切な救済を実現するために果たすべき役割は大きい。

8:医療従事者及びエッセンシャルワーカーへの支援・配慮

 現在の状況では、生活インフラや医療を支えている「必要不可欠な労働者」(エッセンシャルワーカー)への支援は各国共通の課題である。可能な範囲での物的支援をはじめ、彼らに対する偏見を許容しないことを明示することで支援をする企業もある。事業活動に関連する場合、長時間労働、メンタルヘルスといった顕著な人権リスクに取組むことが必要であり、消費者のニーズに応えることだけが社会的責任の果たし方ではないことに十分に留意する。

9:プライバシーの配慮

 国内でも運用が開始された感染追跡アプリなどデジタル監視技術の活用に際しては、プライバシーの観点からその人権保障が十分であるか検討し、プロセスの透明性を確保することが極めて重要である。アムネスティ・インターナショナルほか100以上の国際NGOが4月に協働で提示した、人権の保護と過剰な監視防止のための条件注3などを参照に、生じうる人権リスクに常に留意する。

10:パートナーシップ

 新型コロナウイルス感染症による影響は幅広く、個別の取組みだけでは十分に対応しきれない。したがって、政府、企業、投資家、市民社会、その他のステークホルダーの連携による、より良い社会への回復に向けた協働が大きな鍵となる。

これからの社会のあり方

 以上のとおり、感染症拡大下において責任ある企業行動を確保するためには、平時の対応に加え、「指導原則」の観点から更なる検討が求められる。ウイルスは感染において差別しないが、その影響は差別的である。企業は、日頃からライツホルダー(権利保持者)との信頼関係の構築に努め、状況に応じた個々の人権リスクに丁寧に取組むことによって初めて、持続可能な社会、そしてそれを前提とする持続可能なビジネスを実現することができる。

 

1:
「新型コロナウイルス感染症拡大の人権への影響と企業活動における対応じょうの留意点(第1版)」の全文
https://www.bhrlawyers.org/covid19(ビジネスと人権ロイヤーズネットワーク)

 

2:
「COVID-19&BHR 基本アクション」の全文
https://www.bhrlawyers.org/covid-19-bhr(同上)

 

3:
日本語の概要「新型コロナウイルスと監視 人権への脅威」
https://www.amnesty.or.jp/news/2020/0416_8720.html(アムネスティ・インターナショナル日本)