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国際人権ひろば No.149(2020年01月発行号)

特集:外国人技能実習制度をめぐる「ビジネスと人権」の課題

「ビジネスと人権」の視点から外国人技能実習生の権利保障を考える

尾家 康介(おいえ こうすけ)
弁護士・外国人技能実習生問題弁護士連絡会

不当な扱いを映し出したテレビ番組の衝撃

 2017年12月に放送されたテレビ東京の番組「ガイアの夜明け」で、衣料品の下請工場で働く技能実習生たちが、賃金未払い等の不当な扱いを受け、使用者の対応が不十分であったことから、発注元である衣料品のブランド企業に直談判に乗り込むも、門前払いを受けて都心のビルの前に立ち尽くす姿が映し出された。発注元のこのような対応に批判の声が上がり、インターネット上ではブランドが特定されて、「炎上」した。

 これをきっかけとして、認定NPO法人ヒューマンライツ・ナウと外国人技能実習生問題弁護士連絡会が当該ブランド企業と対話を行い、2019年6月、「サプライチェーンにおける技能実習生問題等に関する提言」を発表した。この提言の中では、当該ブランド企業が、技能実習生を雇用している取引先(下請企業)に対して調査を行い、対応が不十分な企業とは取引を停止するなどの取り組みを行ったことなどが紹介されている。

発注元企業の「責任」

 これまで、賃金未払い等の権利侵害を受けた技能実習生を救済するためには、直接の使用者である実習実施機関(受入企業)に対して請求を行うほかなかった。直接の雇用関係がなければそれに基づく権利主張もできないのが原則であり、例えば技能実習の監理団体についても、裁判所は多くの場合法的責任を認めてこなかった。

 しかしながら、実習実施機関は中小零細企業が多く、金銭的な解決を目指したとしても支払い能力がないこともあり、また、そもそも賃金未払い等が起こる原因が発注元による価格引き下げ圧力にある場合などは、発注元からすれば取引先の一つに過ぎない当該実習実施機関で問題が是正されたとしても、別の取引先にしわ寄せが行って、また同じ問題が起こる。サプライチェーン(製品の供給・調達から販売・消費までの一連の流れ)の頂点をなす発注元企業が問題解決に取り組もうとしない限り、サプライチェーン全体としての問題の解決は望めなかった。

 こうした意味では、冒頭の事案において、発注元企業が、NGOなどとの対話を経て、自社ではなく取引先とその雇用する技能実習生との問題について取組みを行ったことは、サプライチェーン全体の問題解決につながる手法として注目される。このような取り組みの背景にあるのが、「ビジネスと人権」の考え方である。

国連「ビジネスと人権指導原則」が示す「企業の責任」

 「ビジネスと人権」(Business and Human Rights)の考え方は、2008年、国連人権理事会に提出された「保護、尊重及び救済の枠組」で提唱された。「人権」は伝統的には国家と個人との関係において議論されてきたが、多国籍企業をはじめとした企業活動(ビジネス)が国家と同じかそれ以上に力を持つ現代においては、国家とともに企業も人権を尊重する責任があるとされる。①人権を守る国家の義務、②人権を尊重する企業の責任、③救済措置へのアクセスがこの枠組みの柱になっている。その後、2011年には「ビジネスと人権に関する指導原則:国連『保護、尊重及び救済』枠組実施のために」が国連人権理事会に提出された。国連は、同原則の普及、実施にかかる国別行動計画(NAP)を作成することを各国に奨励している。日本もこの指導原則を支持しており、国別行動計画策定に向けて準備が進められている。

 指導原則においては、人権を尊重する企業の責任として、「企業活動による人権への悪影響の惹起またはその助長を回避し、惹起した際には対処すること」「企業活動と直接関連する、または取引関係による製品もしくはサービスに直接関連する人権への悪影響については、企業がその惹起に寄与していなくても、回避または軽減に努めること」とされており、直接の雇用関係がある場合に限定されない責任があることが明確にされている。

サプライチェーンにおける人権侵害防止の取り組み

 「ビジネスと人権」の考え方は、その後、バングラデシュのラナプラザビル崩落事故(2013年)などのいくつかの象徴的なケースを経て、企業が人権を尊重していないと見られることによって、その企業のイメージが下がって売上げに影響する、という形で広がってきた。ラナプラザビルの事故では、欧米向けの衣料品製造の下請けに携わっていた多くの労働者がビルの崩落に巻き込まれ、1000人以上が命を落とした。労働環境の危険性と労働条件の厳しさが問題視された。事故をきっかけとして、世界のアパレル企業220社が建物の安全性に関する協定を結んだ。

 このようなケースを通じて、サプライチェーンの中で労働搾取や児童労働、危険な労働環境に関係している商品は買いたくない、という消費者の意識が高まってきた(「エシカル消費」と呼ばれる)。同時に、サプライチェーンで人権侵害が起きている場合、たとえその企業自身が直接の加害者ではないとしても、評判を落とすことになった(「レピュテーション・リスク」と呼ばれる)。逆に、人権に配慮をする企業は、投資家からも高評価を受けるようになった(「ESG投資」と呼ばれる投資行動の一つである)。

 冒頭で紹介したテレビ番組の放送後に、発注元ブランドに対する批判が起こり、同ブランドの商品は買いたくないといった声があがったのは、このような社会の変化を示す一例であった。

 現在、先進国では、サプライチェーンの中での人権侵害が現に発生していることを直視して、これを法的な強制力をもって防止するための立法が相次いている。その嚆矢となったのが、2015年の英国現代奴隷法(UK Modern Slavery Act)である。この法律では、企業が、サプライチェーンの中で労働者の奴隷的な待遇が行われていないかどうかを確認・開示する義務がある。自社のみならず、サプライチェーンを構成する他の企業も対象とされているのである。その後、フランス、オーストラリアなどでも類似の法律が制定されている。

 日本ではこのような立法は議論されておらず、サプライチェーン上の問題について、発注元に対して法的責任を追及するための法律上の根拠はないため、発注元を訴訟等での解決に巻き込むことはできない。しかしながら、「ビジネスと人権」に対する認識が高まってきた中で、発注元企業との交渉や対話を通じて問題の全体的な解決を図るのに「ビジネスと人権」の発想が有用である。

 冒頭の事案で、発注元企業は、今回問題が明らかになった企業にとどまらず、他の取引先についても、技能実習生の雇用等に問題がないかどうか、自社のサプライチェーンの点検を行い、NGO等との対話を経て、その事実が公表された。個々の実習生の問題の解決は直接の雇用主である実習実施機関との間で行われるものではあるが、発注元が取引先全てについて問題の是正を行えば、その企業のサプライチェーンの中で、問題の根本的な解消につながる。そして、そのようにきちんと対応をする企業だということが知られれば、消費者はその企業の商品を選ぶようになるし、投資家にも評価される。逆に対応をしなければ、評判が下がり、不買につながる。裁判等の法的な解決とは異なるが、ビジネスと人権の考え方をテコにした発注元企業との交渉・対話は、より抜本的な改善につながる可能性を有しているのである。

技能実習生に対する人権侵害をなくすために

 2019年6月に放送されたNHKのドキュメンタリー「ノーナレ 画面の向こうから」では、タオルの製造の下請けに携わる技能実習生たちが過酷な労働を強いられる現場が紹介され、反響を呼んだ。そして放送のわずか2日後に、タオルの生産者団体は、「当該企業は当組合員等の縫製の下請企業であることから、社会的責任及び道義的責任を非常に重く受け止めています」などとしたコメントを出した(今治タオル工業組合「NHK『ノーナレ』報道についてのご報告」)。サプライチェーン上の問題によってブランドの価値が毀損されるリスクを認識し、すぐに対応をした好例といえる。この中で約束されているように、技能実習生の労働環境改善が果たされていくことが期待される。


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