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国際人権ひろば No.149(2020年01月発行号)

特集:外国人技能実習制度をめぐる「ビジネスと人権」の課題

ビジネスと人権-送り出し国ベトナムの事例から

小川 玲子(おがわ れいこ)
千葉大学教員

ベトナム送り出し機関の行動規範

 2019年6月の技能実習生の数は367,000人と5年間で約2.3倍に急増しており、そのうち半数以上をベトナム人が占めている。2014年には26,000人だったベトナムからの技能実習生は急激に拡大し、約19万人に達する一方で、2017年の「失踪」者数のうち半数以上をベトナム人が占めている1。これについてベトナムの送り出し側も認識しており、国際労働機関(ILO)、労働・傷病兵・社会省(MOLISA)とベトナムの送り出し機関が連携し、健全で責任のある送り出しを進めるための動きが起きている。

 ベトナムの送り出し機関は400を超えるが、その半数以上の機関は「ベトナム送り出し機関協会」(VAMAS)2に加盟している。VAMASは2010年に初めて倫理的な送り出しを進めるための行動規範を作成し、2018年にはILO条約189号(家事労働者条約)やILO公正なリクルートメント、SDGsを踏まえて改定された新しい行動規範を発表している。行動規範はベトナムの送り出し機関のための基本原則を定めており、ベトナム国内法、ILO条約や勧告、国際法に沿ったものとなっている。

 この行動規範は企業活動が人権侵害を行うことを予防・緩和するという人権デューデリジェンスの原則にのっとっており、移住労働者が法外な借金を背負わされたり、騙されたりすることを防ぐ目的がある。その内容は、法令遵守、ビジネス規範、募集広告、募集、研修、海外への送り出し、海外で就労する労働者の保護、契約、帰国と再統合、紛争処理、パートナーシップの構築、公正な競争の12段階に分かれており、移住労働のすべての側面が包括的に網羅されている。

 行動規範の項目としては、次のようなものが含まれている。送り出し機関は「透明性と法令遵守、ジェンダー平等を守り、労働者が送り出し機関やその関係者に対して支払うサービスの対価については、自主的にあるいは同意のもとで支払われることを保障しなければならない」(2.3)、「出国前研修を行い(中略)、契約の内容、移住労働者の法的地位と権利、セクハラやジェンダーに基づく暴力、リプロダクティブヘルスについての情報や就労国における支援機関の連絡先を提供しなければならない」(5.3)、「職場における危険やリスク、搾取や差別、セクハラや体罰、精神的・肉体的強制や言葉による暴力がないかについて注意を払わなければならない」(7.4)、「雇用契約は以下の要件を満たすものとする。① 職務と仕事の変更に関する明確で透明な手続き、② 労働条件、賃金、就労時間、祝日、有給休暇、残業とボーナス、③ 社会保険、食費、住居と住環境、④ 紛争解決のための手続きと補償、⑤ 交通費、⑥ 労働の安全性と労災」(8.5)などが含まれている3

行動規範のモニタリング

 さらにこの行動規範の実効性を高めるためのモニタリングと評価のための方法が定められている。VAMASの執行部、海外労働管理局、労働組合、労働省ジェンダー平等局などの職員によるモニタリングチームが編成され、① 送り出し機関による自己アセスメント、② 送り出し機関の管理職に対する聞き取り、③ 領収書や契約書などの書類のチェック、④ 移住労働者に対する聞き取り、の4つの方法でモニタリングが行われる。評価指標には行動規範に沿った項目が明記されており、例えば労働者が支払うコストに関する上記の2.3については、送り出し機関は「経費に関する明細を提出し、なぜその経費がかかるのかについての合理的な説明ができる」「募集のプロセスのどの時点でどのように移住労働者に経費の説明をしたのか説明できる」とあり、それぞれの項目につき点数が加算され、そのランキングはVAMASや労働省のホームページやメディアを通じて公開されている。

 行動規範を守らなかった場合の罰則規定はないものの、VAMASからは除名されるという。VAMASの副会長は「この行動綱領をすべての送り出し機関が遵守すれば、送り出し機関にとっても、ベトナム人労働者にとっても、日本の雇用主にとっても良い結果をもたらす」と意欲を見せる4。ハノイのILO担当官も「ベトナム人労働者にとって以前はどの送り出し機関に行けばよいか分からなかったが、今ではランキングを参考にして送り出し機関を選ぶことができる。行動綱領は労働搾取と強制労働と人身取引を防止し、倫理的なリクルートメントを促進し、ビジネス実践の水準を向上させる」という5。送り出しのプロセスを透明化することにより、労働者は騙されたり搾取された場合にはVAMASや労働省に直接訴えることができるようになった。当初は20余りの送り出し機関しか参加していなかったが、現在では多くの送り出し機関が参加するようになり、送り出しの制度を透明にする努力が続けられている。

 VAMASはモニタリングと並行して送り出し機関の職員や政府関係者を対象として、ILO条約や国内法、強制労働・人身取引、行動規範とモニタリングの方法についての研修を行っており、すでに数千名が参加し、行動規範に対する理解を深めている。また、行動規範を守るための10のステップとして、スタッフの研修、行動規範による事業の見直しなどを明記しており、その実効性は確実に高まっている。

日本の応答責任

 ベトナムの送り出し機関が送り出す先の多くは日本であり、行動規範の遵守は受け入れ国である日本の協力なしには不可能である。しかし、在ベトナム日本大使館も外国人技能実習機構もこの行動規範をホームページなどで紹介してはいない。VAMASの副会長は「日本の中小企業はあまりビジネス・マネージメントの知識がない。(中略)行動規範から学んでほしい」という。これらのベトナム側の努力に対して、日本側はどのように応答しているのだろうか。

 国連「ビジネスと人権に関する指導原則」における人権デュー・デリジェンスの考え方によれば、企業はサプライチェーンの末端にいたるまで人権侵害がないかどうかについて考慮する責任がある。特に日本は労働者から手数料又は経費を徴収してはならないとするILO条約181号(民間職業仲介事業所)を批准していることから、移住労働者の借金の問題はサプライチェーンの人権侵害の問題としてとらえられるべきであろう。人権デューデリジェンスを基本としたサプライチェーンの在り方は、東京オリンピックの調達コードにも明記されている。すでにスタジアムの建設、選手団が移動する車両や着用するユニフォーム、弁当を含めた食料品の調達など、メイド・イン・ジャパンの多くの工程は移住労働者抜きには成り立たない。

 SNSの普及と消費者意識の高まりにより、人権や環境に対して倫理的な行動をとらない企業は大きなリスクを抱えることとなった。近年においても人権・労働関係ではディズニー、ウォールマート、ナイキ、イケア、アップル、スズキなどが企業の信用低下につながった事例としてあげられており、企業はサプライチェーンの全体において人権や環境に対するリスクを管理することが求められている6

 日本の技能実習制度は長らく国際社会からも日本の市民社会からも批判されてきた。一方、韓国は日本に習って導入した産業研修生制度を廃止し、政府による一元管理による雇用許可制に変更した。雇用許可制のもとで就労した外国人に対する帰国前のアンケートによれば、「韓国のイメージが向上した」(63.4%)、帰国後に「韓国製品を購入する」(92.4%)とある7。韓国では移住労働者の受け入れがその国のイメージアップにつながり、投資と移民との間に好循環が生まれている。反対に日本では技能実習生としての経験は日本に対する印象を悪化させているという調査もある8。送り出し国との賃金格差が縮小した現在、国際規範に従った倫理的なリクルートメントと安全で秩序だった人の移動を保障する制度改正が早急に求められている。

1:

法務省平成29年の「不正行為」について
https://www.meti.go.jp/policy/mono_info_service/mono/fiber/ginoujisshukyougikai/180323/4_moj-genjyou.pdf、 「失踪」については巣内尚子、2019「『失踪』と呼ぶな」『現代思想』2019 Vol.47-5:18-33.を参照。

2:

VAMASの英訳はVietnam Association of Manpower Supplyだが、ベトナム語訳は労働力輸出協会である。

3:

詳細は
https://www.ilo.org/hanoi/Informationresources/Publicinformation/Pressreleases/WCMS_626488/lang--en/index.htm

4:

本調査は日本経済研究センター研究奨励金により実施された研究成果の一部である。調査は定松文(恵泉女学園大学)、巣内尚子(ラバル大学大学院博士課程)と共同で行われた。2019年9月、ハノイでインタビュー。

5:

同上

6:

一般社団法人グローバル・コンパクト・ネットワーク・ジャパン、2018年、「CSR調達入門書-サプライチェーンへのCSR浸透」p6. http://ungcjn.org/activities/topics/detail.php?id=270

7:

佐野孝治、2015、「韓国における『雇用許可制』の社会的・経済的影響-日本の外国人受け入れ政策に対する示唆点(2)」『福島大学地域創造』第26巻2号3-22頁.

8:

グエン ヒュー クィー、2015、「日本における外国人技能実習制度の改正後の諸問題-ベトナム人技能実習生に対する実地調査から」『国際文化ジャーナル』Vol.19:206-222.