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国際人権ひろば No.148(2019年11月発行号)

特集:国際人権規約批准40年目の日本社会

「働き方改革」で侵される日本の労働権

竹信 三恵子(たけのぶ みえこ)
ジャーナリスト

 社会権規約は、さまざまな労働権の保障とそれを実現するための計画や政策づくりを締約国政府に求めている。同一労働同一報酬、男女の均等待遇、休息や余暇、労働時間の制限、労働組合を結成してストライキなどを行う労働基本権、などだ。日本社会は、こうした権利が法的には認められている社会と考えられてきた。だが、そうした権利がいま、「働き方改革」の名の下で、おびやかされ始めている。

労働市場の二極化

 日本の労働市場は、過労死・過労自死に追い込まれかねない正規労働者の長時間労働と、貧困と隣り合わせの非正規労働者の不安定・低賃金労働の二極化が、大きな問題になってきた。

 総実労働時間はこの十年で、2000時間前後から1700時間台へと減り、「先進各国並みになった」という声も出ている。だが、フルタイマー(一般労働者)の総実労働時間は2000時間前後を続けており、パートタイマー(短時間労働者)の比率が3割にまで増えたことで平均値が下がったにすぎない。

 最近では、厚生年金の加入要件が週20時間に下がり、保険料の負担を避けたい使用者が労働時間を意図的に短縮するなど、さらにこま切れ労働化が進む傾向もあり、二極化はむしろ進行している。

 こうした中で、問題視されているのが、過労死・過労自死だ。

 2018年版「過労死等防止対策白書」によると、脳・血管系の疾患で過労死と認定された人数は、1995年の5万人台から、2015年には2万7千人程度に減っているものの、なお高水準で、過労自死も目立っている。長時間労働が是正されない中で「女性活躍」が叫ばれ、電通の女性総合職の過労自死やNHKの女性記者の過労死など、女性への被害も問題化し、オリンピックの建設現場での20代男性の過労死など、民間企業ばかりか、無理な国家要請も問題になっている。

 一方で、非正規労働者の大半は、最低賃金水準に置かれ、年収200万円に満たない「ワーキングプア」(法定時間働いても経済的自立ができない働き手)状態に置かれ続けている。短期契約であるため、労働条件に異議を申し立てると簡単に次の契約を打ち切られ、労組への加入も難しいからだ。これは、働き手の5人に2人近くを占める非正規労働者が、労働三権という、働き手の待遇改善のためのもっとも基本的な権利を、事実上奪われていることを意味する。

 中でも派遣労働者は、名目的な職場である派遣会社の社員とされているため、実際の職場である派遣先との待遇改善交渉が極めて難しい。

男女格差をもたらす二極化

 このようなあり方は、男女の間の経済格差も生み出している。

 日本では、根強い性別役割分業によって、男性は家族を扶養するための過労死時間労働を、女性は家事育児を無償で担当するための短時間労働を強いられてきた。1985年に制定された男女雇用機会均等法でも、男女平等だからと女性保護が撤廃され、男性並みの労働時間に合わせられない大半の女性の非正規化を招いた。

 欧州の男女雇用平等は、仕事と生活を両立できる男女共通の労働時間規制によって、男性に家庭に帰る権利を、女性に経済力を持つ権利を保障した。同じ雇用平等に見えて、日本は、正反対の改変が行われたことになる。

 女性から急拡大した非正規の働き方は、「夫の経済力があるから低賃金でも不安定でも構わない」という社会通念を利用される形で、劣悪な待遇に据え置かれ、いまなお非正規の7割は女性だ。ただ、1997年の山一破綻以降の人件費削減経営の拡大の中で、この枠組みは若者や男性たちにも広がり、貧困の温床となっていった。

 こうした二極化はいま、次の事態に発展しつつある。非正社員が増え続け、正社員並みの基幹労働を最低賃金レベルの賃金でこなすようになると、正規は、非正規との待遇差の理由を説明せざるを得なくなる。残業や転勤などの義務を引き受けるから正社員は高い、という読み替えがそこに登場する。

 研究者も「日本は同一労働同一賃金でなく同一義務労働同一賃金」としてこれを合理化し、「メンバーシップ型雇用」「無制約社員」といった呼び名を繰り出していった。こうして、無期雇用の社員というだけだった「正社員」に、高拘束を容認する社員という義務が振られるようになった。

 やがて、こうした労働慣行は非正規にも浸透し、非正規の残業が当たり前になる。「高拘束=高賃金」の図式は消え、高拘束で低賃金の「名ばかり正社員」が増えていく。

 日本は1997年以降、主要先進国で唯一の賃金が下がり続ける国として知られるが、その背景には、こうしたスパイラルがあった。

「働き方改革」の危うさ

 2018年に成立した「働き方改革関連法」は、「罰則付き残業上限規制」で正規労働者の改善を、「同一労働同一賃金」で非正規労働者の改善を図ろうとした、と一般に信じられている。だが、中身を点検していくと、むしろ逆の実像が見えてくる。

 まず、残業上限だが、これは、2~6か月間の平均で月80時間、1カ月で100時間という過労死認定時間のぎりぎりに設定されている。

 これまでの労働基準法は、「1日8時間」だけだった。労使協約を結べばほぼ無際限に残業が認められる条項が盛り込まれていたことで、この原則は空洞化させられてはいたものの、働き手の生活時間の確保が原則だったといえる。ところが「働き方改革」は、ここに過労死寸前の労働時間規制を原則に付け加えることで、労基法が目指す労働者像を転換させた。すなわち、「ワークライフバランスを保障された人間らしい生活ができる労働者」から「生産の道具として死ぬ寸前まで働く労働者」への転換だ。

 加えて、労基法の労働時間規制が丸ごと適用除外される「高度プロフェッショナル制度」も導入された。休憩も帰宅時間も保障されない働き手が、ここに合法化された。

 同一労働同一賃金も、企業が正社員を能力、成果、勤続年数で評価している場合、非正社員がその基準で同じなら同一賃金とされ、加えて「職務・配置変更の有無」「その他の事情」の二つも盛り込まれた。

 ILOが推奨する国際基準の同一(価値)労働同一賃金は、会社外の客観的機関を通じて職務を分析し、スキル・責任・労働環境・負担度という観点から「やっている仕事」を点数化することで、「非正規(女性)はレベルの低い仕事しかしていない」という思い込みを打破し、差別を是正することを目指す。だが、「働き方改革」の同一労働同一賃金は、会社の恣意に左右される能力・成果による「値決め」を法定化し、賃金差別を温存するものとなった。

 最高裁が、手当などの格差是正判決を出したことで、これを成功とする見方が支配的だが、基本給の是正は、これまで1件もない。それは、このような「日本型同一労働同一賃金」では、会社の裁量が入りにくい手当などの周辺部分以外は、是正しにくいからだ。実際、手当などを基本給に繰り込んで恣意的な部分を増やす企業側の防衛策も出始めている。

 一方で、「公務員の働き方改革」として、非正規公務員を合法化して1年有期の「会計年度任用職員」を新設する地方公務員法改正も行われた。ここでは、労働基本権を保障されていた非正規公務員の一部が、労働条件の改善はほとんどないまま、「公務員」として労働基本権を奪われる事態も起きている。

 こうした基本権封じの動きを背景に起きているのが、「関西生コン事件」だ。関西の生コンクリート運搬の運転手の労組が、会社の法令順守を監視するために行った立ち入り調査(コンプライアンス活動)や、ストライキ、正社員化要求などを理由に、2018年から現在まで、威力業務妨害、恐喝、強要などの疑いで断続的に約80人が逮捕され、うち約50人が起訴されている事件だ。

 このような改変を直視し、私たちは、「企業の成長の道具としての人間」を目指す「働き方改革」を再度、押し戻す運動を、いま、ここから始めなければならない。