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国際人権ひろば No.134(2017年07月発行号)

特集 世界の働く子どもたち

インド:綿花畑のヤダマと家事手伝いのハナとの間

綿花畑と児童労働

 数千万人ともいわれた児童労働につく子どもたちを学校に呼び戻すため、インド政府は2009年に無償の義務教育を保障する法律を制定し、政府発表によれば、2011年にその数は数百万に減少した。さらに、2012年には14歳以下の子どもの労働を全面的に禁止する法律を導入した。しかし2014年、モディ新内閣は、14歳以下の子どもでも“家業”であれば働いてもよいと認める法律を制定した。これには大きな反対が起きた。まずその影響を受けるのは貧しい家の子どもたちだ。学校など行かなくてよい、家の仕事を手伝いなさい、そう親に言われる。教育を受けることができなければ、将来、十分な収入をえる仕事に就くのは難しくなる。また、家で仕事を手伝わされる子どもは、やがて遠くに働きに出されたり、人身取引の被害者になる確率が高まる。

 そうしたインドで、児童労働が集中するセクターに綿花生産がある。オランダのストップ児童労働キャンペーンとオランダ・インド委員会が2015年に出した「綿花畑の忘れ去られた子どもたち」と題する報告を紹介する。

 報告によれば、インドの綿花生産では50万人近い子どもたちが働いており、そのほとんどはダリット、先住民族あるいは低位カースト出身の子どもたちである。ダリットとは“壊されし者”という意味で、カースト制度のもと社会の最下層におかれてきたコミュニティに属する人びとを指す。これら50万人のうち、281,200人は15歳から18歳の子どもであり、約20万人は14歳以下の子どもたちである。この数字は綿花生産現場で働く全人口の25%近くを占めており、4人に1人は14歳以下の子どもということになる。

 報告はインドの6州* 72村にある396のハイブリッドの綿花農場を対象に実施した調査を分析している。これら6州における綿の生産はインド全体で生産される量のほぼ95%を占めている。インドのハイブリッド綿花の生産の特長は労働力のかなりの部分を子どもたち、とくに女子が担っていることだ。インドの産業でこれほど大きく児童労働に依存しているものはない。ハイブリッド綿花の生産は典型的な労働集約型である。生産のメインとなるのは授粉作業であり、手作業で行われる。この作業だけで綿花生産の全工程の約90%の労働力が投入されており、その大半は子どもたちである。子どもは大人より文句を言わずに集中して長時間働くし、言葉や身体的な虐待あるいは飴やリボンなど安価な褒美で御しやすい、たいていの雇い主はそう考えている。

 報告によれば子どもたちの賃金は最低賃金にさえ届かない。また、親の借金を返済するために働いている場合も少なくない。1日の平均労働時間は8時間から12時間に及ぶ。さらに栽培のために有害な農薬や殺虫剤が使われており、子どもたちは防護具をつけていない。大半の子どもは学校を中退しており、そうでない場合でも農閑期だけ学校に行くので、授業についていくのは大変だ。子どもたちの三分の二は女子であり、同じ仕事に就く男子よりも賃金は少ない。さらに、子どもたちのうち、70%は他の州から雇われて来ているか、人身売買で連れてこられている。

 最近(2015年)出た数字は、綿花生産に従事する全労働人口に対する児童労働の割合と、1エーカーあたりの児童労働の人数はどの州においても減少傾向にあることを示しているが、綿花生産で雇用されている児童の数は減少していない。特に家業として綿花栽培を始める零細農家が増え、作付面積が大きく拡大しているグジャラート州では児童の数が増えている。

 この産業における児童労働に対する州政府の対応は鈍い。特に、グジャラートとラジャスタンの州政府は、大量の数の子どもたちがこのセクターで働いているという事実を認めたがらない。バイエル、デュポン、モンサントなど一部の多国籍企業やインド企業を除き、種子業界の取り組みはほとんどない。報告書はこの深刻な問題に対して、世界の企業は自社製品のサプライチェーンを洗い出し、児童労働や低賃金労働に加担していないかを確認すること、そしてインド州政府は最低賃金の保障および関連する問題に対処するよう勧告している。

*6州:アンドラ・プラデシュ、テランガーナ、グジャラート、タミール・ナドゥ、カルナータカ、ラジャスタン

事例から

 14歳のヤダマはアンドラ・プラデシュ州の村にある貧しいダリットの家の出身だ。綿花農場で働いてすでに2年経つ。2年前ヤダマの母親は夫の治療代として農場主から8000ルピーを前借りし、ヤダマの賃金から天引きしてほしいと言った。ヤダマは農場では、授粉、種まき、草むしり、刈り取り、そして農薬散布の仕事をしている。中でも授粉はメインの仕事で、授粉時期は1日、10~12時間働く。1か月の賃金は4500ルピー。

 ある日、仕事中、ヤダマは激しい頭痛とめまいに襲われ、そのまま倒れ、医者に連れていかれた。「殺虫剤の臭いをかぐだけてアレルギーが出ます。畑で殺虫剤が撒かれたら頭痛とめまいがします。農場主にそのことを言ったら、いつも、数時間木陰で休んでいなさいと言うだけでした。倒れた日はいつもと違う激しい痛みがありました。その日は4人一組で仕事をしていたのですが、付近は5、6日前から農薬がまかれていました。他の2人も同じように頭痛がきつかったので、3人で農場主に訴えました。休みなさいと言われ、木陰に向かって歩きました。その途中、突然気を失って倒れました。農場主が母に連絡をして、2人で医者に連れて行ってくれました。点滴をされ、薬をもらいました。農場主が治療代の一部を払いました。仕事に戻るまで8日かかりました。」そう述べた。

 医者は「殺虫剤の大量吸引による“中毒症状”です。解毒剤を処方し、ブドウ糖を点滴しました。患者には殺虫剤が散布されている時は近寄らないこと、散布直後の畑でどうしても仕事をしなくてはいけない場合は鼻と口を覆うこと、仕事の後と食事の前には石鹸で手を洗うことなど注意をしました」と述べた。

小森 恵(こもり めぐみ)
ヒューライツ大阪研究員

インド、タミール・ナドゥ州のある村から

 子どもの教育や労働を考える場合、インドでは14歳が一つの基準となっています。少なくとも14歳までは義務教育とされ、この年齢までは公立学校での教育は無償、昼食も提供されます。また、14歳以下の子どもたちの労働も法律で禁止されています。

 今年11歳になるハナは公立学校の6年生、インド南部、タミール・ナドゥ州の農村で、6歳になる弟と両親と暮らしています。父親は数年前に失明し、それ以来、母親が一家の稼ぎ手となり、工場での不定期雇用や日雇い労働を通して月3,000ルピー(約5,000円)の収入を得ています。この数字が示すとおり家計はとても厳しい状況です。

 公立学校での義務教育(14歳、10年生まで)は無償であり、昼食も出るため、ハナも弟も公立の学校へ通っています。しかし公立学校の教育の質は決して高くなく、高等教育への進学は義務教育を終えるときの全国試験の結果による上、高等教育では英語での勉強が中心になるため、公立学校に通う子どもたちの多くはうまく進学ができません。そのため、農村部、貧困層でも少しでも収入のある家庭の子どもたちは、教育の質も保証され、英語教育を行なっている私立学校へ通っています(公立学校はタミール語教育)。農村部の私立学校の費用は比較的安いところで月3,000円、年間約3万円程度です。

 このような状況の中で、母親が仕事に出ている間は、ハナが家事、目の見えない父親や弟の世話の一切をしています。母親が家にいる間もその手伝いで大忙しです。ハナ自身が「仕事」をしているわけではありませんし、ハナが行う家事を「労働」として捉えるかどうかは人によると思いますが、ハナも家族も労働とは見ていません。いずれにせよ、家では勉強をする時間やスペースはほとんどありません。ハナは心の片隅で私立学校での勉強や高等教育への進学を望んではいるものの、経済的にも学力的にもその実現はとても難しい状況です。何らかの大きな変化がない限り、ハナも14歳になり次第、具体的な収入の得られる「合法的な」労働に出ることになるでしょう。

 このような状況にあるのはハナだけではありません。農村部、貧困層、被差別マイノリティの村には、事故や病気その他の理由で父親を亡くした母子家庭も多く、そのほとんどの子どもたちは、母親またはその他の家族が、今日を生きるための収入をギリギリの状況で稼いでいる中、家事や農作業を手伝っています。

 親を亡くした子ども、家庭内暴力、障害、差別、そして貧困、複合的にのしかかる困難の中で、多くの子どもたちがそれぞれの背景と現実を抱えて生きています。教育にしろ、労働にしろ、選べるほどの機会があるわけでもありません。一日3食取れるかどうかわからない状況の中で、家族や家計を助けるため、家事や農作業を行なっていても、そのための報酬を得ているわけではありません、誰かに「強制」されているわけでも、あからさまに「搾取」されているとも言えません。限られた可能性の中でできることをやっているという方が近いのかもしれません。

白根 大輔(しらね だいすけ)
マイノリティ女性・子ども支援 ISSYO 代表