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国際人権ひろば No.73(2007年05月発行号)

特集 グローバル化のなかでの人々の挑戦 Part 2

水を人々の手に取り戻す ~民営化ではないオルタナティブを模索して

山本 奈美 (やまもとなみ) コーポレート・ヨーロッパ・オブザーバトリー[1]

  「水は売り物でない」を合い言葉に、「水」の運営を人々の手に取り戻す運動が、大きなうねりを起こしている。いのちの源である「水」が売買された結果起こった惨憺たる現状に、世界各地で人々が立ち上がった。そんな人々の声に押され、一度は水道事業運営をグローバル水企業の手にゆだねる決定をした政府の数々が、水を公営に取り戻す決断を迫られているのだ。

■「民営化の恩恵という幻想」[2]


  元来、「競争原理」が働かない水道事業は、質の高いサービスを維持するためには、設備を最適なものに保ち、長期的視野に立った投資計画と運営計画が必要であり、水と衛生へのアクセスは、人々のよりよい生活を保障する最低限のサービスであることから、政府が保障すべきものとの考え方が主流を占めてきた。例えば欧州の中でも高い水道サービスを供給しているとされるオランダは、公営以外の水道運営を法律で禁じているぐらいだ。資金調達においても、民間企業の公営水道に対する優位性はないとの調査も報告されている。それにもかかわらず、発展途上国の主に大都市で、うまく機能していない公営水道の替わりに、より効率的な水道運営、よりよいサービスを届けることを目的に掲げた水の民営化が鳴り物入りで導入された。1990年代に、市場原理に基づいた政策を取る国際金融機関や先進国の開発援助機関が、陰に陽に民営化への圧力をかけたことが、民営化傾向を促進した大きな要因であった。
  しかし、「民営化が解決策である」という案が幻想であったことが明らかになるのに時間はかからなかった。生命の維持に必要な水が、民間企業の「利益」を生み出す商品として扱われたことがもたらす弊害は大きかったのだ。利潤を最大限にするため企業にとって、支出をできるだけ低く抑え、できるだけ高いサービス料を取ることは当然の運営方法だった。雇用が大幅に削られ、水道管が壊れていても設備投資は何年も見送る。民営化が水資源を保全すると謳われたが、現実は、利潤追求の前に保全は二の次であった。大抵の民営化された地域では、「投資回収のため」として、料金を急激に値上げするだけでなく、料金が払えない世帯は停水された。貧しい地域にも水道を拡大することが期待されていたが、グローバル水企業は利潤が期待できる市場にのみ参入するので、貧しい地域へ新規の水道のための投資はリスクが大きく、優先されることは決してなかった。このように「民営化の恩恵」とは、幻想だったのだ。

■ラテンアメリカで立ち上がる人々


  ラテンアメリカの大都市を中心として導入された民営化も、惨憺たる状況だった。例えば、1992年にウルグアイ・マルドナード州に参入したスエズ(フランスのグローバル水企業)とアグアス・デ・ビルバオ(スペインのグローバル水企業)だったが、水源である湖を干上がらせ環境を大きく破壊したと住民に訴えられた。アルゼンチンのブエノスアイレス州の水道事業契約を得たアズリックス社(米企業エンロンの子会社)は、雇用を2,000人から1,100人に減らしただけでなく、必要な設備投資も行わなかったため、下水処理が機能しなくなり、上下水道サービス事業は人々の満足いくものでなくなった。州政府によって勧告と処罰が繰り返されたにもかかわらず改善しなかった。
  盛んな市民運動が左派政権を続々誕生させているラテンアメリカ。このような現状に、人々は黙っていなかった。人々のデモで街があふれ、有名・無名の識者による民営化批判の主張がビラでインターネットで流れた。その象徴的な例が、ラテンアメリカで最貧国のひとつとされるボリビアのコチャバンバとエルアルトである。コチャバンバでは、1999年の民営化により水道料金は跳ね上がり、地域共同体が所有する水道も取り上げられた。地域住人による値下げという正当な要求に、軍が出動して「鎮圧」したが、大きくなるばかりの人々の声は、ベクテル社(米企業)を撤退させるに至った。一方、より豊かな生活を求めて貧しい地方から大都市に移住してきた人が多く住む、首都ラパスの衛星都市エルアルトでは、スエズ社との契約で謳われた「スラム地域も含めた貧しい地域にも水道を拡大する」という約束は達成されることはなかった。エルアルトの民衆は激しい反対運動を繰り広げたが、水の民営化の問題点を聞かれた、世界銀行担当官の言葉は、「(ボリビアの貧しい人たちは)もっと水を使うことを学ぶべきだ」[3]。アンデス出身の先住民が多くを占めるエルアルトの住民は、「母なる大地の血」である水を無駄遣いはしなかった。「水」を商品と捉えるグローバル水企業寄りの開発銀行と、いのちの源として捉える人々の感覚の乖離を如実に表した、この象徴的なケースは、スエズの撤退で収束した。
  人々の支持を受けて誕生した左派政権だけでなく、右派政権ですらこの状況に応えざるを得なかった。アルゼンチンでは中央政府がグローバル水企業との契約更新を拒否し、ウルグアイで盛り上がった市民運動は、「水は公共財」であり、「水へのアクセスは人権」で、「上下水道の公共サービスは、国の代理機関が独占的かつ直接に提供すべき」と憲法に入れ込むことに成功した。ペルーでは旧トレド政権が政権末期に続々と民営化を推進したが、そのひとつのウァンカーヨ水道公社の民営化プロセスは大きな反対運動によって停止され、撤回された。言語による地域間の壁が低いラテンアメリカでの情報共有は早かった。コチャバンバの水戦争は「水と尊厳を取り戻した人々」の象徴になり、ウルグアイの水と人権に関する条項を憲法に明記させた住民投票は、メキシコ[4]で、コロンビア[5]で、再現されようとしている。
  第4回世界水フォーラム[6](メキシコシティ、2006年3月)で、その勢いはますます増すことになった。グローバル水企業との強い結びつきのため、水道運営に民間セクター参入を強く押し進める傾向の世界水フォーラムに対抗し、国内外の市民団体の連合が中心となってオルタナティブ・フォーラム(水を守る国際フォーラム)[7]が開催された。世界各地から約4万人が参加した「水を守るデモ」に始まったオルタナティブ・フォーラムは3日間に渡り、3つのパネルと約30のワークショップが催され、民営化が選択肢ではなく、代替案を模索する取り組みについての話し合いがもたれた。

■「脱民営化後」の取り組み


  「脱民営化」を果たし、「公営」に戻したからすべてうまくいくわけでも、全ての公営水道がすばらしいサービスを提供しているわけではない。とくにマニラは、民営化された水道もひどいものだったが、その前の公営水道はもっとひどかった。そのために公営化論が起こりにくいとされている。だからこそ、前述の地域では、民営化も、機能していない公営水道の現状維持も選択肢でないと住民は決定し、公営水道を、よりよいものに改善する取り組みが始まっている。改善のキーワードはいかに「民主的」で「参加型」であるかだ。例えば、参加型民主主義で知られるポルトアレグレが高い人間開発指数(HDI)を誇るのは、住民参加で運営される効率的な水道事業が要因であると考えられている。貧しい人々の多く住むブラジル北東部の町、アラゴーニャスでは、何度も開催された住民会議を通して水道運営の改革に取り組んだ結果、乳幼児死亡率が劇的に低下した。こういった成功例を記録し、広く共有する作業も進んでいる。脱民営化を果たしたばかりの公営水道が、一足先に公営水道モデルの模索経験を持つ公社と協力関係を築く、地域レベルの公公パートナーシップ(Public-Public Partnerships)も試行錯誤で始まっている。例えば、ウルグアイ水道公社(OSA)からコチャバンバのSEMAPAに浄水化技術の協力事業が、エンロン撤退後の水道運営の立て直しに汗を流したブエノスアイレスの労働者たちが、脱民営化を果たしたばかりのウアンカーヨ水道公社(ペルー)の立て直しに手を差し伸べる計画が進んでいる。

■求められる、より「公共性」を目指した取り組みへの支援


  上記事例から、貧しい人々が安全な水へのアクセスを保障するための近道は、民営化ではなく、よりよい公営水道で、ただ国家や自治体が所有するだけではない「公共」の性格を備えた水供給システムの模索であり、このような取り組みへの資金的・技術的支援が急務である。ところが、こういった取り組みは大抵の場合国際開発機関から歓迎されず、資金調達が困難であることが多い。水をすべての人に届けるためには民営化が万能薬ではない、と認めながらも、国際開発機関は今もなお「民営の方が優位」との方針を固持し、上下水道事業への融資の条件として民間セクターへの開放、もしくは規制緩和へ向けた法整備など、民営化への地ならし活動に融資する姿勢を取り続けている。これに対して、公共の水供給に資金提供を行うよう、欧米や中南米をはじめとした国際ネットワークが働きかけた結果、潮流が少しずつ変わってきている。例えば、世界銀行、イギリス政府、日本政府などの資金で運営される国際諮問機関、PPIAF(民活インフラ助言ファシリティ)が公的資金を使って途上国で民営化を促進していると、欧州NGOを中心に大きくキャンペーンが展開された結果、ノルウェー政府がPPIAFへの資金提供を辞退する決定を行っている。
  このように水をめぐる国際的情勢が目まぐるしく動く中、日本の存在も注目されてきている。民営化を後押し続けるアジア開発銀行(ADB)や世界銀行をはじめとする国際金融機関に、日本はトップドナーとして多大な影響力を保持しているからだ。PPIAFにも多大な資金を提供し、国際協力銀行(JBIC)が公営水道事業への融資に民営化を条件付けている事例も報告されている[8]。国連ミレニアム開発目標 (MDGs)でも定められている、貧しい人にも安全な飲料水の供給を確保するためには、民営化という幻想に固執するのではなく、より民主的で参加型の、住民主体の水供給を模索する取り組みへの支援が求められているであろう。
  なお、より詳しい事例については、以下の書籍を参照されたい。

※コーポレート・ヨーロッパ・オブザーバトリー・トランスナショナル研究所編、佐久間智子訳『世界の〈水道民営化〉の実態?新たな公共水道をめざして』(作品社 2007年4月刊)

1. コーポレート・ヨーロッパ・オブザーバトリー(CEO)は、オランダのアムステルダムに事務所を置き、多国籍企業やそのロビーグループが、経済力・政治力にまかせて圧力をかけることによって、民主主義、公平さ、社会正義、環境が危機にさらされている現状について調査・キャンペーンを行っているNGO。トランスナショナル研究所とともに、「Water Justice」プログラムを運営している。
2. 国際公務労連(PSI)世界開発運動(WDM)、佐久間智子訳 『民営化の恩恵という幻想、途上国の水道サービスに投資していない民間セクター』(2006年3月)参照。豊富なデータで分かりやすい。
3. Finegan, William, New Yorker 8 April 2002, Letter from Bolivia
4. メキシコで現在展開されている「水は人権を憲法に明記させよう」運動。
5. コロンビアの水運動のネットワークECOFONDOが展開している。
6. 民間のシンクタンクである世界水会議 (World Water Council, WWC)によって運営されている、世界の水問題を扱う国際会議。グローバル水企業との結びつきが強いWWCが開催する世界水フォーラムは水の民営化志向が強く、発展途上国における民営化への反対運動が高まるにつれて、市民団体からの強い批判を受けている。
7. International Forum in Defense of Water
8. ペルーのピウラ水道公社への融資に民営化を条件付けたことが、ペルーの労働組合FENTAPによって報告されている。

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