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国際人権ひろば No.58(2004年11月発行号)

特集:紛争と人権 Part3

ネパールの平和促進における国家人権委員会の役割

ニラジ・ダワディ(Niraj Dawadi) ネパール国家人権委員会/ナショナル・プロジェクト・コンサルタント

■ はじめに


  ネパールでは、1996年2月にネパール共産党毛沢東主義者(以下、マオイスト)が既存の政治システムの打倒を目指して「人民戦争」を宣言して以来、政府の治安部隊とマオイストの武装組織との武力紛争が続いている。この紛争は重大な人権侵害を引き起こしているだけでなく、政治的、社会的そして経済的システムにも甚大な影響を与えている。紛争によりすでに1万人以上の人々が死亡し、何万人もの負傷者や避難民がでている。
  相互尊重と法の支配に基づく安定した社会の創設は、人権活動家だけでなく紛争解決や平和のために働く人々にとっても主要な目標である。ネパールの国家人権委員会(以下、人権委員会)は、2000年3月、武力紛争のさなかに設立された制定法に基づく独立の委員会である。設立以来、人権委員会は政府とマオイストの間で、人権アプローチによる紛争解決の努力を積極的に進めている。
  本稿では、平和構築における人権委員会の主要な取組みについて概観する。人権委員会は政府とマオイストの間の武力紛争に介入できる特別の権限を与えられているわけではないが、平和促進において主要な役割を担っている。具体的には和平のための人権委員会の主要なイニシアティブ、つまり2003年の停戦合意における人権委員会の役割について、紛争における人権の原則へのコミットメントの要求、そして人権の原則に紛争当事者が着手するための初歩的な段階として、紛争当事者が交渉を進めるための手段となりうる人権協定の提案を取り上げる。

■ 停戦合意


  2003年1月の紛争当事者の口頭による停戦合意以降、人権委員会は文書による正式な停戦合意を強く勧告し、続いて停戦合意案を提示した。その後政府とマオイストは、停戦合意の定義、戦力の移動、移動の自由、停戦のモニタリング・メカニズムの手段などについて記した22項目の行動規範に署名した。22項目の行動規範のうち13項目は、人権委員会が準備した停戦合意案から直接取り入れられた。同年の5月9日、人権委員会のイニシアティブにより、行動規範の順守をモニターするための13名からなる委員会の設置が表明された。
  しかしながら行動規範は関係者の協力不足のために実行されなかった。2003年4月27日、5月9日そして8月17日の3回にわたって政府とマオイストの和平交渉が持たれたが、交渉は最終的に8月19日に決裂し、停戦合意は8月27日に崩壊した。政府側は対話の崩壊はマオイストの責任であると非難し、マオイスト側は政府は交渉の主要な核心に対応しなかったと反論した。

■ 人権の原則へのコミットメントを求めて


  2003年の紛争当事者の対話の失敗をうけて、人権委員会は対立する両者別々に、人権の原則と国際人道法へのコミットメントを求めることにした。翌年の3月10日、人権委員会は政府に対して「人権の保護のための最低限かつ迅速な措置」を勧告した。この勧告は、人権委員会の人権保護に関する政府への提言という立法上の任務に基づいている。
  政府は3月26日に、人権委員会の勧告に応えて人権の原則と国際人道法へのコミットメントを宣言した。この宣言には、人権委員会が政府に提案した重要な問題についても表明されており、人権委員会は政府の誠意の表明として歓迎した。しかしながら、この宣言が実行されることはなく人権委員会は失望させられた。しかし再度4月17日に、宣言を実施するための現実的な提案を政府に提出した。
  政府に対する人権保護の要求と同時に、同年の5月27日、人権委員会はマオイストに対しても、人権の保護のための最低限の措置と、人権の原則と国際人道法の順守について要求する文書を提出した。それはマオイストに対してジュネーブ諸条約の共通第3条の順守を要求し、特にその活動に対して命令責任を負うことを求めたものである。

■ 人権協定の提案


  武力活動の大幅な規制を目指した停戦合意は、紛争当事者の間で締結されたこれまでで唯一の文書であったが、停戦合意への介入は人権委員会の権限を超えていた。人権委員会にできることは人権に関する規定を監視することであり停戦合意全体に踏み込むことはできない。与えられた権限の制限と、そしてまた他の国々の経験を考え、人権委員会は紛争当事者に対して別々に人権協定に同意するよう促すことにした。この提案の背景には、人権委員会が独自に人権協定の順守を監視できるという考えがあった。
  2004年5月7日に和平交渉の第2ラウンドが始まったとき、人権委員会は、包括的な方法で人権侵害をモニタリングすることで虐待を防ぎ、また、客観的かつ信頼できる情報を提供することで両者間の信頼を醸成することを目的とした人権協定の草案を提示し、政府とマオイストの双方に対して署名を求めた。
  人権委員会が提案した人権協定の草案では、ネパールの75すべての郡を包含する5つの地域オフィスを設置し、そこに多数の現地人権監視員を展開することで人権協定の順守を監視することを予定していた。
  しかしながら、両紛争当事者は人権協定に対して意欲を表明したものの、公式に署名する動きはなかった。それでもなお、人権委員会は国内のNGOや国際的な人権グループ、政党や市民社会などと共に人権委員会の提示した人権協定に署名するよう要求を続けている。一方政府は、2004年8月12日に、公式な和平プロセスを進めるために首相や内閣の政党のリーダーからなるハイレベル・和平委員会を設立したが、人権委員会はこのハイレベル・和平委員会にも、交渉を進めるための起点として人権協定に取り組むように要求している。人権委員会はまた、マオイストに対しても、プレスリリースやマオイストの指導者たちとの直接交渉を通じて人道法を順守するように説得を続けている。これまでにマオイストたちが幾度となく人権の規範に従おうとしたことは重要であるが、しかし実際の彼らの活動にはいまだ反映されていない。

■ 人権協定の重要性


  明快な人権協定というものには、モニタリングの際に必要となる、人権に関する明快で実行可能な一連の優先事項が設定されているべきである。人権委員会の提案した人権協定には、紛争当事者が人権委員会が準備する場所に共に座り、忌憚なく彼らの関心事について話すことを認めている。この方法は、人権の尊重を深めることにより、紛争当事者が信頼を構築する手段について合意する機会を提供できる。人権を保護する手段を通じて両者が真の信頼を構築できれば、ネパールが現在直面している緊張を和らげ、和平の障害となっている諸問題に両者が力強く対応することを容易にするだろう。

■ 終わりに


  人権委員会は人権協定以外にも、紛争によって影響を受け不利な立場にいるグループへの対応、説明責任や免責の問題への対応、いかなる交渉プロセスにおける人権の重要性の強調、和平への人権アプローチ適用におけるすべての関連するステークホルダーとの協力拡大など平和プロセスを進展させるための努力をしている。
  2004-2008年の人権委員会の戦略プランは、紛争を原因とする人権の否定と紛争の兆候としての人権の侵害の双方に焦点をあてている。これらの問題に対する人権委員会の立場はきわめて明快であり、和平交渉、平和構築、和解、発展と再構築、制度構築そしてマイノリティや社会的に阻害されたグループの保護を推進できると考えている。
  また人権委員会は、信頼ある公平な機関として、現在の混乱によってネパールの国としての信頼が低下しないように取り組んでいる。もし人権委員会のような機関がなかったとしたら、平和への希求と紛争の間にあるギャップはさらに拡大するであろう。例えば、人権委員会の働きかけにより、ネパールの軍と警察内に人権部が設置されたことは、人権委員会の活動の成功を示している。
  人権委員会は平和への貢献においてユニークな立場にいることは間違いない。しかしながら、いかなる交渉や和平過程においても、対立する紛争当事者の協力が不可欠である。紛争から平和への移行に成功した国々の事例は、平和への純粋でかつ長期的な関与だけが本物の移行に到達できるということを示している。2004年10月末の時点で、政府とマオイストの間の和平交渉に大きな進展はないが、人権委員会はネパールの平和を促進する活動をこれからも強めていく。(訳:野澤萌子・ヒューライツ大阪)

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