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国際人権ひろば No.57(2004年09月発行号)

特集1:ヒューライツ大阪10周年記念事業 Part3

国内人権機関と市民社会 - アジアの人権保障システムを考える

パネリスト:武者小路 公秀, チョン・カンジャ, 武村 二三夫
コーディネーター:川村 暁雄

  ヒューライツ大阪は設立10周年記念事業の一環として、6月29日に「アジアの人権保障システムを考える」と題した国際シンポジウムを開催した(会場:三井アーバンホテル大阪ベイタワー)。パネリストとして、韓国からチョン・カンジャ(鄭康子)さん(韓国国家人権委員会委員・韓国女性民友会共同代表)、日本国内から武村二三夫さん(日本弁護士連合会)、武者小路公秀さん(当センター会長、大阪経済法科大学アジア太平洋研究センター所長)を迎えて、川村暁雄さん(神戸女学院大学助教授)のコーディネートのもとにそれぞれの立場から発題がなされ、パネリスト同士、また会場参加者との積極的な意見交流・討論がなされた。以下、発題の内容を中心にシンポジウムの概要を紹介する。


川村:アジアには、ヨーロッパ、アフリカや米州にあるような地域人権保障システムが存在せず、これをどうつくるかが課題になっている。この10年間、アジアでの人権確立に向けての歩みは進んでいる。例えばタイ、フィリピン、インド、スリランカ、インドネシア、韓国などにおける国内人権機関設立がそれを明示している。一方、日本にはまだ国内人権機関はなく、その仕組みをどう構想するのか、併せてアジア全体の人権保障の仕組みをどう考えていくのか。その辺りをパネリストから提言をいただきたい。

「アジアの人権の地層を見据えてこそ」
武者小路公秀

  人権保障システムの裏にある動きについて話をしたい。
  今日の問題はグローバル化に関わる問題であるが、アジアのように古い歴史を持っている地域は、今の人権保障の問題も人権の古層から新層までいろんな問題が密接に複雑に絡みあっていることを考える必要がある。たとえば日本の部落差別の歴史的な起こりは、4000年前の古代インドからでてきたカースト制度の影響がある。しかし昔の形で今の部落差別があるのではない。
  また、自由権のしめつけである「治安維持法」は、植民地主義と開発独裁国家とがつながって出てきたが、「反テロ戦争」の下でさらに深刻になってきている。日本は民主国家、人権を守っているといわれているが、アムネスティ・インターナショナルは、反テロ戦争下で日本に「良心の囚人」がいると確認している。それはイラクに派遣された自衛官の家に派遣反対のビラ配りをして逮捕された人たちのことである。
  そうした地層の中での問題解決はむずかしい。しかしアジアで80年代90年代から、いろんな地層の問題をつなげる動きがあり、ダリット解放運動と日本の部落解放運動、また先住民族同士の運動がようやくつながってきた。1998年5月、韓国の光州でアジア人権憲章(注1)が発表された。これはアジアの人権活動家、弁護士、大学教員たちが1980年代から集まってつくったものである。
  この憲章は、「人権の普遍性」を確認し、ヨーロッパとアジアの人権が違うとは考えていない。ただ人権のとらえかたは、歴史の流れの中でかなり違う。アジアの諸民族は長い時代、とくに植民地時代に権利と自由において甚大な被害に苦しみ、いまだに多くの搾取や抑圧を受けていることを前提にしている。「憲章」の出発点は人権ではなく生命の権利からである。すべての生き物に生命の権利があり、平和に生きる権利が必要であり、平和に生きるには民主主義が大事で、そのためには文化的アイデンティティが必要であり、それを守るためには良心の自由がなければいけない。そこに発展と社会正義の権利が全部に重なるというかたちになっている。これまでの人権システムは自由権と社会権に分けているが、この憲章は発展と社会的正義の権利を自由権に含めて主張している。社会的弱者の集団の権利にも注目している。ここからどのような制度が大事であるかがでてくる。
  「憲章」が社会的弱者集団の権利として取り上げているのは、女性、子ども、異なった能力を有する人々(障害者)の権利である。また身分制度、労働者、学生(アジアの学生は植民地主義とその後の民主化と社会正義のために闘った)の権利、囚人および政治的被拘禁者の権利を取り上げている。
  この憲章の発表時は、まだ、「反テロ戦争」が起きる以前であった。アジアの中で日本の植民地支配、冷戦、開発独裁の被害をうけた韓国で、国家人権委員会がどのように出てきたのかを受けて、人権の地層が複雑に絡んでそこにイラク問題も入ってくる日本で人権保障システムをどうつくるか、チョンさんからいろいろ示唆があると思う。

「市民が支持する人権委員会を」
チョン・カンジャ

  韓国国家人権委員会(以下、人権委)は、2001年11月25日に設立された。私が考える人権委とは何か、どのように設立され、何をしてきたかについて話したい。
  第一に、人権委には3つの性格がある。(1)人権を専門に担当する機関である。法律や政策の改善、人権侵害に対する調査および解決を図り、また人権教育を通して国民の人権保障と向上を図る。(2)国家の自省機関であると考える。国家が国民の人権保障という責任と義務を果たすために、自らを省みて誤りを正すことができる機関という意味で、「国家の自省装置」といえる。(3)国際人権基準を実現する機関である。国連は国内人権機関の設立を勧奨してきた。93年のウイーン世界人権会議でもその原則が確認され、この会議に参加した韓国の市民団体は設置の重要性に目覚め活動を始めた。97年の大統領選挙で金大中候補(後に大統領)は「国家人権委員会設置」を公約した。市民団体は、「設立共同対策委員会」を結成したが、国家人権委員会法が制定されるまで、市民社会と政府の間の長きにわたる葛藤と対立があった。人権委を法務省の下に設置するという強力な意見があったが、市民団体はそれなら人権委を作らないほうがよいと強く反発した。
  第二に、独立性の問題である。現在の人権委は、立法、司法、行政府、大統領からも独立している。実現のため、市民団体がハンスト、座り込み、国会訪問などあらゆる活動を3年間にわたって行った。
  委員数は、わずか11名で(委員長1名、常任委員3名、非常任委員7名)、この内女性は4名である。委員は法律家、大学教授、NGOなど人権分野の専門家で構成されている。
  委員会の構造については、全体委員会(政策、救済内容、事業の決定)、常任委員会と3つの小委員会がある。小委員会の第1は人権政策および教育協力分野、市民社会との関係を担当し、私はここに所属している。第2は人権侵害分野であり、自由権と関連する人権救済を行う。第3は差別問題を担当している。個人のプライバシーが絡む場合を除いて委員会は公開が原則である。事務局は、5局、18課、1所属機関があり、事務総長1名と215人のスタッフがいる。世界の国内人権機関の中でも規模が大きいが、私たちは350人くらいの規模を考えていた。人権教育分野は、人権侵害、予防のために重要な役割を果たすので、人権機関の中でも独立した機関にすべきだと考える。
  第三に、人権委は政府とともに、現在、国家人権政策基本計画(NAP)の策定を進めている。これは国家の人権関連政策と制度を点検し改善するための中・長期の総合計画である。国連社会権規約委員会は、01年5月、韓国政府に対し、NAPを策定し次回の報告に含めるように勧告を出した。現在、NAP策定のために、人権委は「推進企画グループ」を組織している。また人権委と政府の各部署、一般委員から成る「人権政策関係者協議会」を組織する予定である。人権政策を立てる際に国民の参画は必須である。国民意識調査などを実施する予定でその調査方法を現在開発中である。
  03年から04年に集中的に取り組んだことの一つが差別禁止法である。韓国には差別慣行がたくさんあり、それを変えるため法的実効力をもつ制度をつくらなければならいという意見があった。03年1月、人権委は「差別禁止法制定推進委員会」をつくり、専門家が各国の法令と事例の分析、法律案の主要争点の議論を行ってきた。04年下半期通常国会で立法化を推進する予定である。差別禁止法には、性別、家族状況、障害、年齢、出身国をはじめ18の差別事由が含まれている。このような理由で差別を受けている社会的弱者を保護し救済システムをつくろうというものである。
  もう一つは、懸案の人権問題解決のためのタスク・フォースチームの組織化である。主な課題として国家保安法、非正規(パート)労働者、社会保護法、クローン技術と複製問題、生命倫理問題などが挙がっている。タスク・フォースチームが政府に勧告を出す予定である。懸案事項のひとつが、北朝鮮の人権問題である。委員会は、「北朝鮮人権研究チーム」を組織している。また市民団体との協力および国際協力を進めているところであり、今年9月にソウルで第7回国内人権機関国際会議を開催する予定である。
  設立来3年間に受付けた申立件数は、1万件に達する(01年803件、02年2,790件、03年3,815件、04年は5月末現在で、2,839件)。申立の類型は、人権侵害が8,439件(82.4%)、差別行為が698件で約6.8%である。差別行為の数字は小さいが、差別行為は集団を対象にするものなので、6.8%の救済はその背景にいる多くの人の救済になるので意味は大きい。侵害者の多くは刑務所、軍隊、検察などの国家機関である。人権委は国家機関から独立する必要性がここでわかるだろう。
  人権委に対する世論調査の結果があるが、国民の73%と専門家の91%が肯定的な評価であり、また国民の80.3%と専門家の93.7%が、人権改善に期待できると回答している。特に評価された活動は、イラク戦争反対意見表明、100大企業の応募用紙の差別的項目調査、NEIS(教育行政情報システム)の人権侵害項目削除勧告、テロ防止法制定反対意見表明、ソウル地検の被疑者拷問死告発および捜査依頼などである。また人権侵害や差別を受けた場合の解決方法として、人権委に申立てる人が33.2%、市民団体や専門家に相談するが29.7%、法的解決が13.5%、侵害機関に直接抗議するが11.3%、泣き寝入りが10%であった。この数字は国民が人権委の努力を高く評価していることの表われであるとみている。日本でもぜひ人権委員会をつくってほしい。

「弁護士会がめざす国内人権機関の在り方」
武村二三夫

  弁護士会は、国内人権機関の役割を日本で戦後一貫して果たしてきたという特別の思い入れがある。弁護士会が人権救済を受付け、審査して勧告・警告・要望を出してきた。中でも公権力の問題をたくさん扱ってきた。警察での取り調べにおける暴力や自白の強要、刑務所での暴行、入管の外国人に対する人権問題を掘り起こして、社会に警告・公表してきた。最近では、日の丸・君が代強制による教員処分、ホームレス強制退去などの新しい問題にも取り組んでいる。しかし、これらの人権調査活動は法的権限の裏付けがなかった。
  国内人権機関の構想をみると、弁護士会が取り組んできた公権力に対する活動が、国家予算で国家から独立して法的権限をもってすることになり、一層強化される。だから、弁護士会は積極的に協力しようという思いがあった。
  弁護士会案の基本は、独立性である。人権委員会を三権から独立させて第四権とみなす韓国の制度はすばらしい。日本の廃案となった人権擁護法案(注2)(以下、擁護法案)では、法務省の外局において「独立行政委員会」にするという。一定の独立性はあるが、法務省と縁が切りにくい。内閣府の下に置くことが最善だとは思わないが、仮に行政府に置くなら各省庁から距離があるのは内閣府であろう。内閣が影響を及ぼす恐れはあってもほかの省庁よりはましだという消極的な判断の結果である。
  擁護法案では、人権委員は5名でその内3名は非常勤である。韓国のように毎年2~3千件の申立があったら、ほとんど事務局任せになるが、この事務局は法務省からの役人になる。弁護士会案では、委員の選任は、国会に推薦委員会を設置し公開の聴聞委員会をするように言っている。
  現在、全国で1万4千人の無償の人権擁護委員が年間で約1万6千件の相談をうけている。その相当数が人権侵害だといわれているが、法務省は、擁護委員に調査協力はさせるが判断はさせない。人権擁護委員制度の評判は芳しくなく、人権侵害が起きたときここに相談しようという人は多くない。特に省庁による人権侵害を相談する発想をもつ人はほとんどいない。人権擁護委員の扱う人権相談のうち公権力による侵害はわずか4%で、ほとんどは教員による体罰、所持品検査などである。公権力による侵害を問題にすべきだが、実際には機能していない。
  また人権機関に、法務省人権擁護局から職員がそのままに移ってくるのではだめである。人権機関には独自に任免権がいる。委員だけでなく職員も独立しなくてはいけない。擁護法案は、事務局職員には弁護士資格を有するものを加えなければならないとしているが、とんでもないレトリックで、実際は検察官のことである。弁護士資格を有するとするなら、在野から弁護および人権擁護に必要な知識と経験を有するものをあてるようにと弁護士会では言っている。韓国では、NGO出身者が事務局に入り、政府職員と議論をしている。同じ事務局にいてそれぞれの意見は全く違っていることもあるが、議論するのは大事なことである。
  擁護法案では、地方事務所を置けるが地方法務局に委任できるとなっている。すると仕事は法務省に丸投げすることになる。申立に費用がかからず、だれでもすぐに駆け込めるには少なくとも都道府県に一つ事務所が必要である。そして申立の初期段階で直接委員が事情聴取すべきである。また人権侵害の対応は全国同じ基準であるべきだが、地方の実情がわかる委員が必要になる。
  一番大きい問題は対象が狭いことである。国内人権機関設立の力となっているのは部落差別をなくす運動の流れである。そして人権擁護推進審議会の審議を経て、部落差別から差別一般に、さらに人権救済へと内容が広がってきた。そういう影響を受けて、擁護法案では、人権救済の対象は、差別、虐待、メディアによる人権侵害の3つだけである。われわれは差別と虐待だけでは不十分であると思う。日常で起きる公権力による人権侵害は、ほとんど権力濫用タイプである。差別、虐待に限定されると弁護士会で扱ってきた多くのパターンが除外される。これでは役に立たない。憲法、国際人権条約の規定する人権侵害一切を扱うべきであり、公権力によるものはすべて取り扱うべきである。これは独立性の問題と同様にぜひとも入れたい点である。
  次に個別の事後救済は大事であるが、それだけでは不十分である。社会的背景があるからこそ差別が出てくる。だから、政策提言をしなくてはならない。意識を支える制度的背景を変えていく必要がある。すると、教育も必要である。擁護法案には、教育は「啓発」とあるだけだ。本来教育は一つであるところ、「啓発」を担当する法務省と「教育」を担当する文部科学省とで担当が分断されているという問題がある。人権侵害の被害者・加害者・黙過する第三者にならないため早い段階から社会人まで教育が必要がある。特に裁判官、警察官などの専門職に対する教育は必要である。
  個別救済、政策立法提言、教育、これら3つが重要な機能であるということは、パリ原則(注3)で確認されている。擁護法案では労働問題は、人権委員会の対象にならず、厚生労働大臣の管轄になる。船員は国土交通大臣の管轄になる。他の人権問題と一元化するか政府から独立するべきである。
  日本のNGOは個々の力量はあるが結集力が弱いし、問題解決のため人権委員会が必要だという意識が高まっていない。擁護法案を変えるために世論の中に広めていく必要がある。それが国際世論の協力を得ることにつながると思う。チョンさんからのエールに応えていかねばならない。ぜひ、弁護士会もがんばるがいろんな団体もともにやっていただきたい。

  コーディネーターの川村さんは「独裁国家であった韓国が、アジアの中でも先進性をもって自らを自省できる人権機関を設立できたのは、民主化運動をうちたてた市民社会の力である」という分析を示し、「チョンさんの速やかに日本でも設立するようにという意見はもっともである。今後どうしていくのかがヒューライツ大阪を含めてわれわれ一人ひとりがかかわっていかなければならない重要な問題だと思う」という締めくくりの言葉をもってシンポジウムを終えた。
(構成:朴君愛, 李姫子)

(注1). 全文はこちらのページを参照。

(注2). 人権擁護推進審議会の答申を受けて、02年3月法案が国会に提出される。人権団体やマスコミなどから強い批判が出て継続審議となり、03年10月臨時国会解散により廃案になった。

(注3). 「国家機関(国内人権機関)の地位に関する原則(パリ原則)」、国連総会決議48/134(1993)。