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国際人権ひろば No.43(2002年05月発行号)

アジア・太平洋の窓

障害者権利条約と日本の課題

楠 敏雄 (くすのき としお)
DPI(障害者インターナショナル)日本会議副議長

障害者を取り巻く国際的動向

 国連は2001年第56回総会において、「障害者の権利条約(障害者の権利と尊厳の保護及び促進に関する包括的かつ総合的な国際条約)」の制定の促進を決議した。この条約は近年増加の一途をたどっている障害者の人権と社会参加の促進をめざして「世界人権宣言」の理念に基づいて発表されたものである。

 現在地球上には、全人口のおよそ1割に当たる6億人の障害者が生活していると言われている。周知のように、昨秋来のアメリカ軍によるアフガニスタンへの「報復爆撃」によって、多数の人々の生命が奪われ、さらにその数倍の市民が肉体的、精神的に障害を持つに至っている。こうした事態に象徴されるように、戦時下で直接戦闘行為に参加し、あるいは巻き込まれて障害を負った人はもとより、戦争によって引き起こされた貧困や飢餓、栄養不良や伝染病などで障害者となった人は、全障害者人口中のおよそ5分の1におよぶものと推定される。中でも15歳未満の子どもの割合が非常に高く、その点からも世界平和の実現は緊急の課題と言えよう。

 一方、先進諸国においては、脳欠陥障害や糖尿病などいわゆる成人病による中途障害者の増加が著しく、これに交通事故やストレス、失業、孤独といった社会環境の要因を勘案するとき、障害者問題は明らかに地球的規模の課題となっており、早急な取り組みが求められている。

 なお、昨年厚生労働省が行った「身体障害者実態調査」によると、日本の身体障害者数は、在宅が324万5千人、施設入所者がおよそ16万人の合計340万5千人余り、これに知的障害者の45万人、精神障害者の218万人を加えた障害者の総数は、600万人を超えていると推計される。しかし、アメリカ政府の発表では、アメリカの障害者人口は全人口の18%にあたる4,300万人と報告されており、日本の実態とは大きくかけ離れている。このことから見ても障害者の認定基準はそれぞれの国によってかなり異なっており、単純な比較は困難であるが、それにしても日本政府の認定基準はあまりに狭すぎると言わざるをえない。

国連レベルの取り組みの推移

 「障害者は特別なニーズを有する特別な市民と考えるべきではなく、他の市民と同等のニーズを満たす際に、特別な困難を持つ普通の市民と考えるべきである」。これは、1979年に国連の第34回総会で採択されたノーマライゼーションの理念を明記した「国際障害者年長期行動計画」中の一文である。この先駆けとなったのは、言うまでもなく1975年の「障害者の権利宣言("Declaration on the Rights of Disabled Persons")」である。前文と13の項目からなるこの宣言は、その後の国連の発表する各種の障害者に関わる文書や各国政府の障害者施策に大きな影響をおよぼすこととなった。

 なかでも宣言の第3項、4項、5項に盛り込まれた障害の種別に関わりなく普通の市民と同様の自立した生活を送る権利の規定や、7項の有益な労働に従事する権利、さらに9項、10項の社会参加の促進と差別や暴力の禁止、住環境および施設処遇における差別的対応の禁止などの内容は、当時の日本政府の施策の方向とは全く異なった画期的なものといえる。

 さて、先に紹介した長期計画は、2年後にスタートする「国際障害者年」の基本的方向を示すものとなったが、特に我が国においては政府に「ノーマライゼーション」施策への第1歩を踏み出させる意義深い出来事となった。また、翌年の1982年には障害者年をより具体化させるための指針として、「障害者に関する世界行動計画」が発表され、83年を初年度とする「国連障害者の10年」が定められ、各国政府に対し、機会平等化のための施策の充実を促した。

 課題としては、予防とリハビリテーションをはじめ、法制度の整備、物理的環境、社会保障、雇用、教育、スポーツとリクリエーションなどについて、それぞれ施策のあり方を提起している。さらに、障害者の10年の中間年に当たる87年にはストックホルムにおいて、各国政府へのアンケート調査に基づいて行動計画の進捗状況を整理するために「中間年評価に関する専門家会議」が開催され、特にアフリカやアジア諸国における取り組みの強化が要請された。

 これを受けて、1992年にはアジア太平洋経済社会委員会(ESCAP)の会議の場において93年から2002年までを「アジア太平洋障害者の10年」として、各国政府に施策の推進を働きかけることとなった。さらに、「障害者の10年」の検証をもとに93年の国連総会において「障害者の機会平等化に関する基準規則("Standard Rules on the Equalization of Opportunities for People with Disabilities ")」が採択され、加盟国すべてに取り組みの強化を勧告した。

権利条約の必要性と今後の手順

 条約制定の必要性について総会の決議の前文では、次のように述べられている。「(前略)こうした努力が障害者の経済的、社会的および政治的生活における完全且つ実効的な参加および機会を促進するには十分でなかったことを認め、(中略)世界の6億人の障害者が直面している不利益を被り、且つ傷つけらやすい状況について強く憂慮し、また国際文書の作成される必要のあることを認識し『人種主義、人種差別、外国人排斥および関連のある不寛容に反対する世界会議』が、障害者の権利および尊厳の保護および促進に関する包括的且つ総合的な国際条約の作成について検討するよう、国連総会に対して勧告したことを考慮し(後略)」 。つまりここでは世界の障害者が今なお数々の不利益や困難に直面していることを認め、他の差別に反対する諸機関と連携した条約の策定作業を進めるべきことを確認しているのである。

 条約制定のための今後の手順としては、まず全ての加盟国およびオブザーバーに、開かれた特別委員会を設置すること、2002年の57回総会の前に10日間程度の作業委員会を開催すること、国連の関連諸機関および各国政府、非政府機関などが特別委員会の作業に貢献するよう要請すること。国連関連機関や各国政府および地域セミナーなどの会合でまとめられた文書を、特別委員会の第1会期が開かれる前に提出するよう求めること。国連人権委員会による研究の成果、および社会開発委員会の障害特別報告者による最終報告書を特別委員会に提出すること、および特別委員会の進捗状況に関する包括的報告書を57回総会に提出するよう事務総長に要請することなどが規定されている。したがって、条約の具体的な内容については、今後特別委員会の審議に委ねられることとなるが、先進国と途上国との極端な経済格差や先進諸国の厳しい不況のもと、条約の制定に積極的な国は多いとは言えず、道のりは必ずしも平坦ではない。

JDA(日本障害者差別禁止法)の制定を目指して

 1993年に日本政府は障害者の自立と社会参加を阻む要因として、法制度の障壁、物理的障壁、情報と文化における障壁、心の障壁の4つが存在することを認め、それらの解消に取り組む方針を打ち出した。さらに95年には施策の数値目標を盛り込んだ「障害者プラン(ノーマライゼーションプラン7ヵ年戦略)」が発表された。このような動きに基づき、昨年5月にはいわゆる「交通バリアフリー法」が成立し、さらに公共建築物に関する「ハードビル法」の改正やITシステムの整備による情報格差の是正などがかなりの程度進展してきているが、そうした中にあって、法制度および心のバリアの改善はあまり進んでいない。特に93年の「障害者基本法」の成立の際に残された権利保障や差別禁止規定の明記は依然実現されておらず、その結果障害者が地域で自立した生活を送るための施策は一向に進まず、障害者に対する悪質な人権侵害も後を絶たない。

 一方、当事者自身の主体的運動に基づいて進められてきた全障連(全国障害者解放運動連絡会議)や、「DPI(障害者インターナショナル)日本会議」が中心となって、こうした状況を打開するために、「JDA(日本障害者差別禁止法)」の制定に向けて論議を深めてきたところである。また今年の10月には、札幌において「DPI世界大会」を開催し、権利条約の制定と合わせて、JDA制定の運動を盛り上げることにしている。

 差別禁止法において明確にされるべき内容としては、まずどのような行為、もしくは実態を障害者差別として認定するのかという点がある。この間の福祉の基礎構造改革の中で、当事者の主体性の確立が強調されており、利用者本人の意志と施策決定のあり方の整合性が大きなポイントとなるであろう。また、成年後見制度についてもより厳密な適応が求められる。さらに、権利保障については教育、労働、自立生活と住環境、所得保障と介助保障、適切な医療と情報保障などの諸課題を明記する必要がある。また、権利侵害が生じた際の救済システムに関する法整備も焦眉の課題とされている。この他、施策決定過程における当事者参加の確立も不可欠のテーマと言えよう。

 JDA制定の動きは、DPIのみならず日弁連や国会レベルなど各方面において論議が活発化してきている。国連における権利条約の制定の議決を踏まえ、特別委員会の動きとも連動させつつ、日本政府に対する働きかけを一層強めなければならない。

(DPI日本会議のホームページは、 http://homepage2.nifty.com/dpi-japan/ )