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国際人権ひろば No.36(2001年03月発行号)

国連ウォッチ

「人身売買、特に女性と子どもの人身売買の防止および禁止ならびに処罰に関する議定書」の採択の意義と課題

米田 眞澄(よねだ ますみ)
(財)世界人権問題研究センター研究員

はじめに

 2000年11月、国連総会において、国際組織犯罪に対して効果的に対処できるような国際協力を促進することを目的としてつくられた国際組織犯罪禁止条約が二つの関連議定書とともに採択された。(1) 2000年12月12日から15日の署名式において、日本は国際組織犯罪禁止条約に署名したが、関連二議定書については署名を見送った。それぞれの条約は40カ国の批准をもって発効されるが、議定書の発効は、国際組織犯罪禁止条約の発効を条件としている。

 今回紹介するのは、関連議定書の一つである「国際組織犯罪禁止条約を補完する、人身売買、特に女性と子どもの人身売買の防止および禁止ならびに処罰に関する議定書」(以下、「人身売買禁止議定書」または「議定書」という)である。(2) 議定書は、前文と二十条からなる。議定書は、本体条約である国際組織犯罪禁止条約を補完するものであり、本体条約と一体で解釈されることが定められている(第1条)。

 議定書には三つの目的が掲げられている(第2条)。

(a) 女性と子どもに特に留意しながら人身売買を防止および禁止すること
(b) 人身売買の被害者を、その人権を十分に尊重しながら保護し支援すること
(c) 以上の目的を達成するために、締約国間の協力を促進すること

国際組織犯罪の撲滅をめざして

 国際組織犯罪禁止条約は、組織的犯罪集団が国境を超えた国際的な犯罪ネットワークの下で暗躍する現状を踏まえて、組織的犯罪集団への参加、犯罪収益の洗浄(ロンダリング)、贈収賄そして司法妨害(司法手続きのなかで犯罪の立証を妨害したり、虚偽の証言を行わせるなどの妨害をすること)をそれぞれ、締約国内において犯罪と規定し、その処罰を義務づけるとともに、犯罪によって不法に取得した収益を没収することを締約国に義務づけている。また、国内で処罰しない時は、犯罪者の引き渡しを求める他の関連締約国に犯罪者を引き渡すことを義務づけている。これによって、必ずいずれかの締約国において処罰が実行されるという枠組みをつくり、国際的組織犯罪の根を断とうというのがこの条約のねらいである。

 人身売買禁止議定書も、国際的組織犯罪撲滅のための国際協力の促進を目的に、各締約国内で人身売買を犯罪として規定し、国際的な組織的犯罪集団が関与する人身売買を防止し、撲滅するための国内立法措置およびその他の措置をとることを締約国に義務づけている。人身売買の撲滅のためには、議定書の前文が認めるように、送り出し国、経由国、送り先国がそれぞれ協力し、包括的かつ国際的なアプローチをとることが不可欠だからである。したがって、良識ある国際社会が、国際的犯罪ネットワークに対抗して、人身売買を含む国際的組織犯罪の撲滅のために犯罪集団の処罰を確実なものとする国際的枠組みを構築しようとする条約および議定書の意義は大きい。

人身売買の被害者の保護~意義と課題~

 人身売買の撲滅には人身売買業者の処罰の確保が不可欠であるが、人身売買の被害者を保護することも、人権の確保という視点からは不可欠である。この点、人身売買の被害者の保護が議定書の掲げる目的の一つにしっかりと位置づけられていることは高く評価される。(3)

 人身売買禁止議定書では、まず、人身売買を定義し(第3条)、人身売買業者の処罰(第5条)とともに、人身売買の被害者の保護についての規定を設けること(第6条から第8条まで)となった。そこには、被害者の肉体的、精神的および社会的回復のための措置として、適切な住居、被害者が理解できる言語での情報およびカウンセリング、医学的、心理学的、物質的支援、雇用、教育、訓練の機会などの提供、被った損害の補償を得る機会の確保、さらには送り先国における一時的または恒久的な滞在の許可などが規定されるに至った。

 しかしながら、これらは明確な義務づけとはなっておらず、「○○の措置を実施することを考慮する」、「適切な場合に」、「その国内法の下での可能な範囲で」といった言葉によって、緩やかに規定されている。処罰が明確な義務づけとなっているのとは対照的である。これは、人身売買の被害者の保護に各国、とりわけ送り先国が消極的であることの反映である。議定書の策定過程において人身売買の被害者の保護の確保を主張し続けてきたNGOにとっては、議定書は十分なものとはいえず、落胆を隠し切れない様子であった。とはいえ、被害者の保護が規定に盛り込まれた意義はけっして少なくない。

 今後、とりわけ人身売買の送り先国である日本に住む私たちは、「すべての人に人権を」という国際人権の基本に沿って、自国政府に議定書の批准と被害者の保護に必要な国内措置の確立を要求していかなければならない。

(脚注)

(1) 国際犯罪禁止条約および関連議定書の作成は、1994年11月にイタリアのナポリで開かれた国際組織犯罪世界閣僚において採択された「ナポリ政治宣言および世界行動計画」において、当該条約の検討が提唱されたことを契機としている。これを受けて、1998年12月の国連総会で、国際組織犯罪禁止条約の起草のための政府間特別委員会が設立され、2000年中の採択をめざして、国際組織犯罪を国際協力によって撲滅するための条約づくりが進められた。そのなかで、本体条約である国際組織犯罪禁止条約とあわせて、これを補完するための三つの関連議定書の締結交渉も進められた。その一つが、今回紹介する人身売買禁止議定書であり、他の二つは、移民の密入国の禁止議定書と銃器の取締に関する議定書であるが、銃器議定書は案文合意に至らず、引き続き締結交渉が行われることとなった。

(2) 国家間の合意を法的文書にしたものを一般に「条約」という。個々の条約につけられる名称は、「条約」以外にも「憲章」、「議定書」、「規約」、「協定」などさまざまである。したがって、今回紹介する「議定書」も国家間で一定の法的約束をしている条約の一つである。

(3) 人身売買は、20世紀初頭からの国際社会の関心事項であり、これまで国際的人身売買を取り締まるための国際条約もいくつか作られてきた。しかしながら、現代においては人身売買の目的も形態も多様化しており、人身売買のあらゆる側面を取り上げた国際条約が存在しないことが1990年代になって問題とされてきた。そのなかで、これまでの条約では、人身売買の定義がなされないまま、時として人身売買と売春の混同が見られたこと、人身売買の被害者の保護が不十分であったことなどの問題点も指摘されてきた。