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国際人権ひろば No.33(2000年09月発行号)

人権の潮流

野宿生活者たちの声~大阪城公園で

蔵重 龍(くらしげ りゅう)
NHK報道局科学文化部記者

 大阪では野宿をする人が増え続けている。多くは不況による会社の倒産やリストラなどで職を失った人たちだ。この二、三年、公園に青いシートで作ったテントを張って暮らす人が目立つようになった。特に大阪城公園では、五年ほど前までは数えるほどだったテントが今は千を超える。さながら阪神大震災の時の避難所の光景だ。公園の木立を分け入ってこれまでに聞いた二百人ほどの中から、印象に残った声を集めてみた。

空き缶一つに命がけ

 公園で野宿する人の多くは仕事を持っている。大半はごみとして捨てられたアルミ缶や電器製品の配線などに使われている銅線集めだ。空き缶は廃品回収業者に持ち込むと一キロ八十円程で売れる。空き缶は百個で一キロ、千個集めて八百円。 中には東大阪や富田林、遠くは枚方市あたりまで足を延ばす人もいるが、一日中歩き回って、やっと五千円程度の稼ぎだという。

 最近は、空き缶を集める人が急増したため、限られた空き缶を巡って奪い合いが起きている。Aさんは、空き缶を巡るトラブルに巻き込まれナイフで頭と背中を刺される重傷を負った。

 Aさんは阪神大震災で経営していた建設会社が被災。銀行の貸し渋りなどが重なり会社は倒産した。従業員五十人を抱える会社社長から一気に公園生活に転落した。

 「空き缶一つに命をはらないとあかんのかと思うと情けなくなる。」社長だった時は、一日に何千万円もの資金を動かしていたとこぼすAさん。 握りしめたこぶしをじっと見つめていた。

法律が人を殺す

 収入が少ない中で、食べ物はどうしているのか。多くの人はインスタントラーメンやおにぎりですますが、コンビニやスーパーで捨てられる期限切れの弁当をもらう人も多い。 ところが、このほど食品リサイクル法が制定され、コンビニなどが捨てる食品の余りものにも一定割合のリサイクルなどが義務付けられることになった。これまで捨てていた弁当を、豚の餌などのリサイクルに回すところも出てきた。以前は一日三食ともコンビニ弁当で済ませていたBさん。最近はほとんど弁当が手に入らないという。

 「飢え死にする人が出るかも知れない。 法律を作るような偉い人はそんなこと考えたことないんでしょうね。」こみ上げる感情のせいかBさんの声には、張り詰めた緊張感があった。

悪いのは盗まれる方

 公園で長く暮らす人たちのテントには、一通りの生活用品が揃う。中には自家発電機を電源にテレビや冷蔵庫を使っている人もいるが、最近、盗難が頻発している。テーブルの上に置いていたインスタントコーヒーの缶。飼っている猫の餌。集めてきた空き缶など。少しでも目を離すと何かがなくなる。Cさんも毎週のようにものがなくなるとこぼす。自家発電機も盗まれた。「盗むのはここにいる人ではなく、外からくる人だ。」といいながら、「だれがやったかは見当がついている。」と仲間がやったような口ぶり。 仲間を追及するとトラブルになることを恐れてか、口をつぐむ。本来は助け合わなければいけない仲間たちを疑わなければならない現状を認めたくはない。そんな様子だった。「ここでは盗まれる方が悪いんですよ。」Cさんの悲しげな表情は忘れられない

ここに人がいる

 暴走族などの少年らによる夜間の襲撃も深刻な問題だ。特に夏休み期間には激増するという。最近も大阪城公園ではないが、野宿生活者が若者に殴り殺される事件も起きた。逆にナイフで少年を刺し殺してしまったケースもある。真っ白い髪をした六十五歳になるDさん。隣のテントについ最近花火が投げ込まれた。Dさんは、必ず夜眠るときはラジオをつけっぱなしにする。

 「ガソリンを付けて燃やされたテントもあるんです。ここに人がいるんだぞということを訴えないと。いきなり火を付けられたら終わりです。」

大阪城内友の会

 今年、五年間公園で暮らす長老と呼ばれる人が中心になって、互助組織「大阪城内友の会」を立ち上げた。会では、週二回の炊き出しと夜回りをしている。夜回りは二、三人のスタッフがほぼ毎晩、病気の人はいないか、トラブルは起きていないか聞いて回る。炊き出しには三百人が列をつくる。

 会は、公園にはじめてできた野宿生活者同士の助け合いのコミュニティだ。会員の自立をめざして、仕事の斡旋、生活保護の受け方などの勉強会も開く。また公園を利用する一般の市民に迷惑をかけないようにテントを目の高さまでに抑えることやごみを一カ所に集めるように一人一人に呼びかけている。

不思議ですね

 会の炊き出しには、近所の主婦などもボランティアに加わる。三百人がぞろぞろと並ぶ光景は、さながら難民キャンプだ。ボランティアの主婦Eさんは、十五年間毎日、犬を連れて大阪城公園に散歩に来ている。ある日、偶然、公園の炊き出しの前を通りかかった。こんなに近くにこんなにたくさん困っている人がいるのかと愕然としたという。「まるで震災時の神戸の避難所みたい。 神戸には全国から何万人ものボランティアが駆けつけたのに、なぜここにはこないんでしょうか。不思議ですね。」Eさんは、ここのボランティアは本当に楽しいと話していた。

僕の値段は300万円

 四十歳過ぎのFさん。最近、テントを訪ねてきた男性に戸籍を売らないかと持ちかけられたという。三百万円払うと言われた。Fさんによると男性は東南アジア系のマフィアで、日本人の戸籍を手に入れて偽装結婚や密入国に使うのだという。Fさんは、ちょうど同額の借金を抱えていた。もう少しで首を縦に振りそうになったが、思いとどまった。

 「こんな生活しているんだから失うものはないが、私という個人につけられた値段が三百万円なのかなと思うと・・・」と言うなり、押し黙ってしまった。

(* 実際には、偽装結婚のための名義貸しと考えられるが、Fさんは自分の戸籍にこだわっていた。)

これくらいのこと何でもないやろ

 勤めていた住宅リフォーム会社が倒産して大阪城公園で暮らすようになったGさん。公園を脱出したい一心で職安や新聞での求人募集を含め、五十件近くの就職活動をしたが、ほとんど「住所がない」ことを理由に断られた。唯一、住所がないことを知りながら雇ってくれたのが大阪のラブホテル。時給は三百円。それでもよかった。仕事の内容は部屋の掃除だと言われた。ところが二日目から、トイレのし尿浄化槽の掃除をやれと言われた。本来ならばつけるはずの着替えも渡されず、そのまま肩までし尿に浸かれと言われた。ホテルの経営者の言葉を思い出すと、やり場のない怒りで今でも胸が苦しくなる。

 「おまえは公園で暮らしているんだからこれくらいのこと何でもないやろ。」「なめるな。」啖呵をきって飛び出した。「絶対にゆるさへん。絶対にゆるさへん。」日焼けした顔が怒気でさらに赤黒く見えた。

あの暮らしには戻りたくない

 大阪市内のリサイクルショップで働くHさん。三ヶ月前まで大阪城公園でテント生活をしていた。初めは銅線などを集めていたが、ほとんどお金にならなかった。そのうち粗大ごみの中にまだ使えそうな製品が多くあることに気づいた。次の日から、電気工学の専門書を買い込み、独学で電気製品の仕組みを勉強。大抵の故障は直せるようになった。直してから中古ショップに持ち込むと高値で引き取ってもらえた。半年で貯金がたまり、アパートを借りて公園を脱出。リサイクルショップにも就職が見つかった。

 Hさんは、公園を脱出した今でも、公園の炊き出しを手伝いにきている。「ここの仲間には世話になった。ここでの暮らしにいろいろ教えられた。でももう絶対、戻りたくない。その思いが今の私を支えている。」

優しい言葉は嬉しいねえ

 Iさんは空き缶集めの仕事だけで月に五万円を稼ぐ。生活用品はほとんどが購入したもの。廃棄食品や炊き出しも食べたことはない。食べたくないと言う。

 「私たちがごみを再利用することによってごみ処理の量が減り、市民の税金も少なくなる。ある意味で社会の役に立っているこの仕事には誇りを持っている。」

 「ボランティアが食料や衣料を持ってきてくれても、そんなものは自分で調達できる。」

 「でも、道行く人が優しい言葉をかけてくれると、やっぱり嬉しいねえ。」

言葉がめっぽう重い。

 これほど本質をついた言葉や率直な感情の吐露に巡り合うことはまれだ。野宿者の多くは五十代前半から六十代前半。 今の社会を支え、そして戦後の日本を築いた世代だ。

 「ホームレスの問題に根本的な解決策はない。全員が高齢化して死んでいくのを待つのが一番いい。偉い人はそう思っているんでしょう。」山ほどのアルミ缶をのせたリヤカーを引く男性の真っ直ぐに伸びた背中を振り返りながら公園を後にする。

(編集部より)
 人間は安心して生活できる場所があってこそ、それぞれの個性を存分に発揮し豊かな人間性をはぐくみ、人間として尊厳ある生活を送ることができる。しかし、野宿生活者たちは、安心して生活する場所がないまま放置され、人間としての尊厳を保持して生きるための基本的人権が保障されていない深刻な状況にある。生命の安全を確保する権利、健康で文化的な生活を営む権利、雇用を確保する権利、公正な労働条件の下に働く権利、衣食住・医療などの生活保障を受ける権利、さらには基本的人権の実現を追求する権利を侵害され、生きる気力をも根こそぎ奪われるかのような極限的な困窮状態にある。

 野宿生活者たちの多くは毎日懸命に社会の中で働いて社会の中で生きている。にもかかわらず、社会から排除され、人間としての尊厳を何のためらいもなく踏みにじられている。人間的な心の交流を閉ざされ社会からの孤立を余儀なくされている。 そのことがますます人権の蹂躙を深刻にしている。

 自力で権利を取り戻す努力も、社会的排除という壁の前に限界がある。権利を実現していくためには、社会全体が問題を共有することが不可欠である。

 今一度、野宿生活者たち自身の声を傾聴したい。筆舌に尽くしがたい状況に置かれてもなお、誇りを持って黙々と懸命に働き、自らの良心に従って互いに助け合い、自らの力で人間らしい生活を取り戻そうと努力し、歯を食いしばって生きる人たち。その一人ひとりの人間の尊厳を体現する生き様に誠実に向き合うこと、このことこそが、人間としての尊厳にふさわしい社会の実現のための出発点となる。


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