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国際人権ひろば No.115(2014年05月発行号)

国連ウオッチ

緊急災害支援と国際人権 -「災害時における人の保護」に関する国連国際法委員会の議論から -

徳永 恵美香(とくなが えみか)
大阪大学大学院国際公共政策研究科 特任研究員

はじめに

 
 今回は、災害時における緊急災害支援と国際人権をめぐる国連の最新の動きとして、国連総会の補助機関である国連国際法委員会(以下、ILC)の「災害時における人の保護」の審議を取り上げ、「災害」の定義と被災国の義務について若干の示唆を加えたい。
 

 緊急災害支援と国際人権

 
 被災者の支援の第一義的責任を担うのは被災国である。被災国は、国際人権条約上の国家の義務に基づき、管轄内にある被災者を救援する実効的な積極的措置をとる義務がある。被災者の権利の保障に関わる国際人権条約としては、経済的、社会的及び文化的権利に関する国際規約(以下、社会権規約)や市民的及び政治的権利に関する国際規約をはじめとする主要国際人権条約が関連する。これらのうち、社会権規約12条や子どもの権利条約24条は健康への権利について、すべての者が到達可能な最高水準の健康を享受できるように実効的な措置をとるように締約国に求めている。また、障害のある人の権利条約11条は、危険な状況及び人道上の緊急事態として、自然災害を国際人権条約として初めて明示し、障害のある人の保護及び安全を確保するために必要なすべての措置をとるように締約国に求めている。また、女性差別撤廃条約の条約実施機関である女性差別撤廃委員会は、2011年の第50会期に「気候変動及び自然災害とジェンダー平等」に関する作業部会を設置し、同議題に関する一般的勧告の策定に向けて議論を行っている。
 それでは、被災国の災害対応能力が低い場合や、恣意的に被災者の支援を行わない場合はどうか。この場合、被災国には、国際人権条約上の被災国の義務と国際協力の義務等に基づき、支援国や国連などの支援機関からの人道支援を受け入れることで、自国の災害対応能力を補完し、管轄下にある人を一刻も早く保護することが求められる。被災国が海外からの支援を受け入れるためには、支援の申し出に対して、合意を行うことが国際法上の原則であり、これまで多数の国家実行がある。しかし、実際の支援活動では、支援機関の多様化と支援要員の増加等の問題から、被災国と支援国、経由国などの国家間や、各国家と支援機関などとの間で、支援の受け入れの可否などをはじめとする多数の法的問題が生じ、緊急援助活動の遅滞と混乱を招いている。海外からの支援の受入の恣意的な拒否や不作為が直ちに被災者の生命への権利を侵害することを考えると、国際的な緊急救援活動を円滑に受け入れ、被災者をできるだけ早く実効的に救援する積極的措置をとることが被災国に求められる。
 なお、海外からの支援の受入をめぐる個別の法的問題としては、(a)支援の開始と終了、(b)物資や機材(食糧、医療品・医薬品など)、(c)人員(ビザ、就労許可、専門的資格の認可、現地職員との協働、軍事要員による支援活動など)、(d)電気通信及びIT設備、(e)税関手続き及び課税、(f)物資や機材の国内輸送、(g)人員の国内移動(移動の自由、陸・海・空での移動)、(h)その他支援活動に関わるもの(銀行口座の利用や保険など)、(i)支援要員の安全、(j)調整、(k)災害支援の質とアカウンタビリティの確保、(l)早期警戒システムの構築などが挙げられる。
 

 「災害時における人の保護」に関する 国連国際法委員会の審議

 
 ILCは、「災害時における人の保護」の審議を通して、被災国の災害対応能力を補完する国際災害対応をめぐる国際法上の一般的な側面を普遍的かつ包括的に取り扱う初めての国際的な法的文書の成立を目指している。ILCは、国連憲章13条1項に規定された「国際法の漸進的発達及び法典化」という国連総会の任務を遂行するために、1947年に国連総会決議174(Ⅱ)に基づいて設置された国連総会の補助機関である。これまで、今日の国際社会で重要な役割を果たす海洋法条約や条約法条約、国際刑事裁判所規程などの草案の起草を行ってきており、国際的に果たす役割は極めて大きい。
 「災害時における人の保護」に関しては、2008年から2013年まで6回の審議が行われ、災害の定義、災害対応に関わる人道原則、被災国の同意原則と要件、支援国及び国際機関などの国家以外の主体の国際協力義務、及び災害リスク削減に関する国家の義務などを含む16の条文案が採択されている。
 

 「災害」の定義と被災国の義務

 
 ここでは、特に(1)「災害」の定義と(2)被災国の義務について若干の検討を加えたい。まず、「災害」の定義についてであるが、災害は発生原因や形態、持続性によって様々であり、「災害」の国際法上の共通の定義は現在までのところ確立していない。しかしながら、災害による被害は、貧困や不平等など社会の排他的な状況によってさらに深刻になるという考え方が今日の国際的な流れとなっている。つまり、社会的不平等や差別の問題に取り組むことが災害の被害を軽減することにつながるということである。この考え方は、2005年1月に兵庫県神戸市で開催された国連防災世界会議で示され、成果文書として、「兵庫行動枠組み2005-2015」が採択された。ILCも、この考え方をもとにし、条文案を策定している。
 一方、被災国の義務については、インド洋大津波(2004年12月)やミャンマーのサイクロン「ナルギス」(2008年5月)、ハイチ大地震(2010年1月)、フィリピンの台風「ハイエン」(2013年11月)など、近年の大規模災害発生の際に必ず生じてきた被災国の支援受け入れの遅延や混乱を想定した議論が行われている。その中でも、特に、ミャンマーのサイクロン災害の経験は、議論に大きな影響を与えている。同災害では、各国や国連をはじめとする国際機関の緊急災害支援の申し出を、ミャンマー政府が災害直後から拒否し続けたことが被害を拡大させたが(災害発生から20日以上が経過してから支援を受け入れた)、このときの苦い経験を繰り返さないために、ILCは、外部からの受け入れのための要件を明らかにする試みを行っている。すなわち、被災国が恣意的に被災者に支援を行わない場合や、被災国の災害対応能力がきわめて低いにも関わらず、海外からの支援の申し出を恣意的に断る場合に、いかにして、被災者を保護し、健康への権利や食料、水へ権利などの権利保障を確保することができるのかということを明らかにすることを目指している。
 被災国が海外からの支援を受け入れるためには、支援の申し出に対して、合意を行うことが原則である。それでは、発生した災害が被災国の災害対応能力を超え、かつ被災国の管轄内にある被災者の保護を十分に行うことができない場合はどうか。ILCは、このような場合について、被災国に対して、国際人権条約上の国家の義務と国際協力の義務から、被災国の合意要件を緩和し、支援国や国際機関からの支援の申し出を断ることはできないとする一定の基準を示した(9条案「被災国の役割」、10条案「支援を求める被災国の義務」、11条案「外部からの支援への被災国の合意」)。また、外部からの支援への被災国の合意について規定する11条案は、外部からの支援の受け入れの可否を判断する被災国の裁量権を認め(同1項)、支援の申し出に対して受入の拒否をする場合には、理由を明示的に提示して、一定の時間内に返答しない場合は恣意的な拒否したものと判断するとの要件を示した。ILCが示したこのような被災国の義務は、領域主権や国内不干渉原則という国際法上の原則を、被災者の保護という要請から緩和し、災害支援とそれによる被災者の権利を実効的に保障するための一基準を示したという意味では意義がある。
 しかしながら、これらの要件も、いずれも十分とは言い難い。例えば、被災国の役割について規定した9条案は、特別報告者の提案した条文案では、「役割(role)」ではなく、「responsibility(責任)」という言葉を用いて、被災国の義務と責任を明示していたが、ILCの議論の中で、領域主権の立場を重視する立場が大勢を占めた等の理由から義務の内容が弱められてしまった。また、10条案の支援を求める被災国の義務について、ILCは、条文案の注釈で、「勧奨的(hortatory)義務」との立場を示している。このような条文案の義務の内容の実質的弱体化は、条文案の基盤となっている国際人権条約上の国家の義務との整合性を妨げるものであり、条文案の現実妥当性を危うくすると言わざるを得ない。すなわち、国際人権条約上、被災国には被災者の権利を実効的に保障するための積極的措置が求められるが、ILCで示されたこのような立場では、今後条約案または国際法的文書が採択されたとしても、その実効性に疑義を呈さざるを得ず、被災国が実際に用いるかどうか疑問である。
 
 以上で見たように、ILCの「災害時における人の保護」の審議は、国際災害対応をめぐる一定の基準を提示したとして評価できる一方で、その条文案には問題も多い。今後、被災者の保護を実効的に確保するために、さらに一層の議論の深化と条文案の修正が求められる。

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