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特別寄稿:冤罪の防止・救済に「アミカス・キュリエ」の導入を

馬橋 憲男(フェリス女学院大学名誉教授)

袴田事件の教訓から
 袴田巌さんは2024年に再審無罪が確定した。死刑判決から約半世紀、最初の再審請求からでも43年が経過している。長年の勾留生活により心を病んでいるという。
 看護助手が患者の人工呼吸器を外したとされる湖東事件や、福井の女子中学生殺害事件などでは、被疑者は有罪判決を受けて服役後に再審無罪を勝ち取った。
 こうした事態を受け、政府は再審法の改正に着手。検察による証拠開示の範囲と抗告の是非を焦点に審議が行われている。
 ただし、再審法は刑が確定した後の救済を図るという点であることに留意すべきである。その間、冤罪の被害者は日々の生活や人生に回復できないほどの過酷な影響を受けかねない。さらに、冤罪により死刑を執行された場合、取り返しがつかない。死刑制度の廃止も同時に検討すべきである。
 実は袴田事件は冤罪のもうひとつの側面を浮き彫りにした。それは「裁判官の苦悩」である。静岡地裁で死刑判決を書いた裁判官は、退任後、手記やインタビューで自らは無罪を主張したが、3名による合議制のために不本意ながらそうせざるを得なかったと語っている。
 人は誰でも間違える。裁判官も決して例外ではない。
 ところが、冤罪を生んだ裁判所の責任のあり方や改善策について、当の裁判所からきちんとした説明がなく、国民は知りようがない。
 袴田事件のような冤罪は、他の民主主義国ではあまり聞かない。国際的には冤罪を防止・救済する制度が整備されているからだ。そのひとつが「アミカス・キュリエ」で、欧米の参審制や陪審制の裁判では慣行化している。市民裁判員や裁判官が審理する際、重要な人権に関する情報を提供することによって裁判を支援する仕組みである。
 日本の市民が参加する裁判員制度で死刑判決が出ている。冤罪を防ぎ、裁判員の精神衛生を守るために、アミカス・キュリエの活用について考えてみよう。

相次ぐ冤罪防止の国連勧告
 まず、日本の冤罪防止に関する国連勧告について確認しておこう。自由権規約と拷問等禁止条約の締約国審査で1993年から今日まで次のような改善勧告が繰り返し行われている。
・冤罪の「温床」と指摘される被疑者の取り調べについては、時間の制限、全過程の完全録音・録画、弁護士の立ち合いを採用し、「代用監獄」の使用を制限する。
・再審に関しては、死刑確定者に対する「義務的再審制度」を導入し、再審請求中の死刑執行を停止する。
・死刑を制限ないし廃止し、執行日を事前通知し、独居房を使用せず、被拘禁者への拷問などを防止するために独立した「不服処理機関」を設置する。

 さらに両委員会が重視し、毎回勧告しているのが、司法担当者に対する人権教育である。2013年の拷問禁止委員会は、「全ての公務員、特に裁判官並びに法執行官、刑事施設及び入国管理局の公務員が条約の規定を認識することを確保するため、研修プログラムを更に発展・強化させること」と勧告している。
 こうした国連勧告に国は真摯に向き合ってきただろうか。「法的な強制力はない」と一蹴し、国会でも十分な議論が行われてこなかった。いずれの勧告にも各国の貴重な経験と知恵や人権の専門家である審査委員の豊富な知見が凝縮されている。

「アミカス・キュリエ」とは
 「アミカス・キュリエ」とはラテン語で「法廷の友」を意味する。裁判で人権をはじめ公益性の高い問題が関わっている場合、当事者以外の第三者が「アミカス・ブリーフ」という意見書を裁判所へ提出する。裁判の独立性を尊重するために、原則として裁判所の事前許可を必要とする。
 裁判官が専門的な人権問題に必ずしも精通しているとは限らない。アミカス・ブリーフの目的は、原告、被告のいずれかを支持することではない。審理で被告の人権に十分な配慮を確保するために国際人権権法、内外の幅広い知見を提供し、より公正な判決へつなげることである。
 英国、ドイツなどの欧州諸国では、このアミカス・ブリーフの歴史は古く、数世紀前にさかのぼる。現在、人権団体、法曹団体などと並び、政府から独立した「国家(内)人権機関」の主要な機能のひとつである。
 国家人権機関の地域組織であるアジア太平洋国家人権機関フォーラム(APF)と欧州国家人権機関ネットワーク(ENUNHI)は、それぞれ国家人権機関のアミカス・ブリーフについてのマニュアルを発行している。そのなかでアミカス・ブリーフの目的と理由、行使の方法などについて具体的な事例を挙げて紹介している。
 APFマニュアルによると、アジア太平洋地域ではオーストラリア、韓国、インド、インドネシア、モンゴルなどで国家人権機関に、アミカス・ブリーフにより司法へ介入する法的権利が与えられている。
 例えば1986年のオーストラリア人権委員会法は、「委員会は、適切と判断した場合、裁判所の許可を得て、人権問題が含まれる審議に関与する」と定めている。その対象は雇用差別、人種差別、性差別、障害者差別、年齢差別を禁止する各法律、それに同委員会法で規定された人権である。1988年から2024年の間にアミカス・ブリーフは94回行使された。
 このアミカス・ブリーフについては、裁判所からは裁判の正当性と合法性が強化され、有益であると評価されている。国によっては裁判所からアミカス・ブリーフを要請するケースも少なくない。インドの場合、国家人権委員会は、裁判所の要請を必要とせず介入する権利を認められている。

国連もアミカス・ブリーフを活用
 アミカス・ブリーフは国連も積極的に活用している。とくに特定の国やテーマごとに人権状況を調査・勧告するために国連人権理事会が任命する特別報告者にとっては日常業務といってよい。
 2013年の特定秘密法や2017年の共謀罪法の国会審議中にプライバシーや表現の自由を担当する特別報告者から日本政府に書簡が送られ、話題となったのは記憶に新しい。最近では袴田再審裁判の判決の2日前にあたる2024年9月24日付で6名の特別報告者が連名で、袴田事件とは別件で、死刑の事前告知、再審請求者の執行停止、残虐な絞首刑などの再考を求めた。
 アミカス・ブリーフの場合は、送付先は政府ではなく、最高裁判所や欧州人権裁判所、国際刑事裁判所(ICC)などの国際機関である。死刑など重い刑が最終的に確定する前に人権面での万全な審理を働きかけるためである。
 2024年に特別報告者が送付したアミカス・ブリーフは、イスラエル、米国、ICC、欧州人権裁判所などへ合計8件。ICCは同年11月にイスラエルのネタ二ヤフ首相に戦争犯罪の容疑で逮捕状を出したが、その3カ月前に20名の特別報告者が連名でアミカス・ブリーフをICCへ送り、パレスチナ被占領地での戦争犯罪を遅滞なく調査し、提訴するよう求めた。
 国連では特別報告者によるアミカス・ブリーフの効果について検証している。2024年に欧州人権裁判所は、スイスの高齢女性グループが自国政府による不十分な気候変動対策が原因で熱波により生活を脅かされていると訴えたことを受け、人権侵害と認めた。国連特別報告者の意見書が審理で力になったという。

むすび-日本は「国際標準」の対応を
 人権はすべての人に保障される普遍的な権利であり、その保護には国際社会が協力してあたる。日本が「国際基準」で対応していたら、袴田事件等の冤罪を防げたか、早期の救済が可能だったのではないか。再発防止には、人権において実質的に国の「最高機関」であり、政府の国連勧告の実施を監視する独立した国家人権機関を設置し、裁判所が国連機関によるアミカス・ブリーフを受け入れることがぜひとも必要である。

<参考資料>
・Asia Pacific Forum, A Manual on National Human Rights Institutions
 (https://www.asiapacificforum.net/resources/manual-on-nhris) 
・Shai Farber, The Amicus Curiae Phenomenon: Theory, Causes and Significance of
Third Party Interventions, Springer, 2024

(2026年01月13日 掲載)