特集:人権条例の最前線
こども基本法の成立(2022年6月)・施行(23年4月)を受けて、「子どもの権利条例」や「こども基本条例」を制定する自治体が急増している。
筆者が運営委員を務める子どもの権利条約総合研究所では、「子どもの権利保障をはかる総合的な条例」(以下「子どもの権利条例」と総称する)を制定した自治体の一覧を作成・更新してきた (1 。これは、「子どもの権利保障を総合的にとらえ、理念、制度・しくみ、施策などが相互に補完し合うような内容を備えた条例」を対象とするものである(そのため、名称や条文に「子どもの権利」という言葉が含まれている条例や子どもの権利についてある程度具体的に規定している条例でも、掲載していない場合がある)。
この一覧に掲載されている自治体数は、21年7月の時点では52だったが、22年4月には61、24年4月には69に増加し、最新の一覧(25年4月現在)では81に達した。長野県(14年・77市町村)、山梨県(22年・27市町村)、新潟県(24年・30市町村)、滋賀県(25年・19市町村)のように県レベルで条例を制定したところもあるため、これを数に入れれば、子どもの権利条例の適用対象である自治体の数はもっと多いことになる。他方、地域的には北海道・東北・北陸、東京・神奈川、東海などに偏る傾向があり、それ以外の地域ではまだそれほど制定が進んでいない。
条例の制定は首長が主導して進められることが多いものの、最近では地方議会が主体となり、超党派の議員立法で制定するところも増えている。福岡県の那珂川市(21年)や糸島市(24年)のように、市民による提案や請願がきっかけとなって条例の制定に至る例もあるのは興味深い。
条例の策定・実施のプロセスで子どもの意見表明・参加を保障することも重要で、多くの自治体は、子どもから構成される検討委員会や会議を設置し、あるいは子どもを対象とする意見募集を実施するなどして、何らかの形で条例に子どもたちの意見を反映させるように努めている。
とりわけ岐阜県本巣市の取り組みは、市内の小中学生約2,500人が議論して「こども憲章」をとりまとめ、それを「こどもの権利条例」(25年)の基本理念として位置づけるという、他に例のないものである。大阪府泉南市(12年)や東京都の武蔵野市(23年)・北区(24年)・世田谷区(25年改正)などのように、条例策定に関わった子どもたちのメッセージを条例前文に掲げている自治体もある(泉南市では、25年の条例改正にともない、条例とともに育ってきた子ども・若者のメッセージが追加されている)。「子ども会議」のような機関の設置を規定し、条例制定後も引き続き子どもの意見表明・参加を推進していこうとしているところも少なくない。
また、1998年に日本で初めて子どもの人権オンブズパーソンを設置した兵庫県川西市は、25年4月1日に「川西市こども・若者参加条例」を施行した(同条例も前文に子ども・若者のメッセージを掲載している)。子ども・若者の意見表明と参加の促進に特化した条例は、これが初めてと思われる。一方、子どもの意見表明・参加はあくまでも総合的な子どもの権利保障の枠組みのなかに位置づけてこそ有効に進めることが可能となるはずで、子どもの人権オンブズパーソンが設置されているとはいえ、権利としての意見表明・参加がどこまで有効に進められるかを注視していく必要があろう。
前述の川西市を皮切りに、第三者機関として一定の独立性を有する子どもの相談・救済機関を条例に基づいて設置する自治体も徐々に増えており、その数は25年5月現在で57に達した(子どもの権利条約総合研究所調べ)。「子どもの権利擁護委員(会)」「子どもの権利救済委員(会)」などという名称の機関が多数を占めるが、「せたホッと」(東京都世田谷区)や「なごもっか」(愛知県名古屋市)のように、親しみやすい愛称を(多くは子どもたちからの公募によって)決めているところもある。
これらの機関はいずれも、子どもや保護者からの相談に応じた個別救済、自ら特定した問題に関する職権調査などに取り組んでいる。調査結果を踏まえて勧告・提言等を行う権限も有しているものの、全体として、子どもの最善の利益を踏まえた調整活動が重視されているのが特徴的である (2 。青森県むつ市のように、子ども計画の実施結果に関して「必要に応じて......こどもオンブズパーソンの意見を聴くことができる」と条例(24年、22条2項)で規定し、施策の実施・評価面でこのような機関に一定の位置づけを与えている自治体もある。しかし、子ども施策の策定・実施・評価に関してこれらの機関の意見を積極的に求め、あるいはこれらの機関が積極的に意見を表明していく事例は、まだほとんど見られない。
また、設置自治体の少なさもあり、そもそもこれらの機関にアクセスして救済を求めることができる子どもの人数が限られている。こども家庭庁のプロジェクトチームが最近「こどもの悩みに寄り添える社会に向けて(中間報告)」を発表したが(25年5月)、「悩み」への対応に留まらず、権利侵害に関する相談・救済体制を国レベルでどのように整備していくか、自治体の取り組みも踏まえて検討していかなければならない。
少子化の進行に対する危機感もあって、子どもや子育てに関する条例を制定する自治体はこれからも増えていくことになろう。しかし、「子育て支援」条例の域を出ないもの、こども基本法の理念をなぞっただけで自治体独自の施策を積極的に進めていく意欲が感じられないものも、依然として少なくない。極端な例としては、神奈川県横浜市の「横浜市こども・子育て基本条例」(24年)のように、「(子どもの)権利」という言葉を明らかに意図的に忌避した条例もある (3 。こども基本法11条では子ども施策に子どもの意見を反映させるために必要な措置を講ずることが義務づけられているにもかかわらず、条例ではこれよりも後退した努力義務規定しか設けられていない例も散見される。
また、こども基本法で「こども」が「心身の発達の過程にある者」と定義され、子ども・若者育成施策推進法(09年)に続いて子ども(おおむね18歳未満)と若者(多くの場合30代まで)の両方を施策の対象とする方針が打ち出されたこともあって、子ども・若者の権利保障について一括して定める条例も徐々に増えているが、法的・社会的位置づけが異なる両者をひとまとめに扱うことについては慎重な配慮が必要である (4 。さらに、子どもの多様性の尊重について規定する条例もいくつか存在するものの、全体として、差別を受けやすい状況に置かれている子どもへの目配りが十分ではないという問題もある。
こうした課題は残るにせよ、多くの自治体で子どもの権利保障への関心が高まっていることは歓迎すべき進展である。実効的な権利保障が進むよう、子どもたちを含む市民とともに取り組みを進めていくことが求められる。
<脚注>
1)
子どもの権利条約総合研究所のサイトhttps://npocrc.org/data/参照。
なお、研究所が設けている基準を満たさないため一覧に掲載していない条例も
(一社)地方自治機構「子どもの権利に関する条例」
https://www.rilg.or.jp/htdocs/img/reiki/104_rights_of_the_child.htm にはおおむね掲載されているので、あわせて参照されたい。
2)
これらの子どもの相談・救済機関の活動については、
日本弁護士連合会子どもの権利委員会編『子どもコミッショナーはなぜ必要か――子どものSOSに応える人権機関』(明石書店・2023年)、(公社)セーブ・ザ・チルドレン・ジャパン『自治体における子どもの権利条例と子どもの権利救済制度に関する調査報告書~子どもが安心して声をあげられる・相談できる環境づくりに向けて~』(2025年4月)
https://www.savechildren.or.jp/scjcms/dat/img/blog/4676/1745200646814.pdf など参照。
3)
筆者のnote〈徹底して「権利」という言葉を忌避する自民党横浜市議団「こども・子育て基本条例」素案――その意図は?〉(24年4月6日)参照。
https://note.com/childrights/n/n4947274372e3
4)
2023年8月に発表された「子どもの権利の主流化」に関する国連事務総長のガイダンスノートも、指導原則で、子どもが「『若者』など他の異なる集団に埋没させられるべきではない」と強調している。https://note.com/childrights/n/n683ad6b845e8 参照。
日本の若者支援団体からも、子どもに関心が集中して若者固有のニーズが無視・軽視されがちである旨の懸念が表明されている。