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国際人権ひろば No.181(2025年05月発行号)

人として♥人とともに

北京会議30年後のジェンダー課題

三輪 敦子(みわ あつこ)
ヒューライツ大阪所長

 2025年は、平和と人権、なかでも女性の人権に関し、世界と日本にとって重要な節目の年にあたります。

 まず、第二次世界大戦終結80周年、そして国連創設80周年です。女性差別撤廃条約を日本が批准して40周年、また第4回世界女性会議(北京会議)で採択された北京宣言・行動綱領30周年にあたります。日本の人種差別撤廃条約への加入30周年でもあります。さらに「女性と平和・安全保障」という新しい問題領域につながった安保理決議1325号採択25周年になります。

 毎年3月には国連に各国政府が集まり「女性の地位委員会(Commission on the Status of Women:CSW)」が開催されますが、今年は「北京+30」をテーマに北京会議後30年の進展と課題が議論されました。

 北京会議後30年を一言で表現するならば、「進展した分野は確かにある。しかし30年前には想像できなかったレベルのバックラッシュ(反発と抵抗)が世界中で多くの女性と少女の人権、命、尊厳を脅かしている」ということになるかと思います。

 1990年代の前半、私は国連女性開発基金(ユニフェム、現UN Women)のアジア太平洋地域バンコク事務所で、アジア太平洋地域における北京会議の準備プロセスに携わりましたが、当時、ユニフェムが力を入れていたのは、女性に関するデータの整備でした。

 当時は、たとえば成人識字率を性別に収集・公表している政府は限られていました。性別のデータがなければ女性が置かれている状況を正確に把握できませんし、ジェンダー平等実現のために必要な課題を理解し政策を策定することも不可能です。そのような背景から、各国の統計局と協力し、性別データを収集してコンパクトな冊子にして広く配布することを支援していました。また、様々な会議で「ジェンダーを議題に挙げる」ことにも力を入れていました。

 北京会議をきっかけにジェンダー状況を把握するためのデータ整備は大きく進展し、また、どんな会議でもジェンダー平等への言及がおこなわれるようになりました。クオータ制等の暫定的特別措置の導入により女性の政治参加が進展し、ジェンダーに基づく女性に対する暴力に関する理解も深まっています。差別と不平等の交差性・複合性や性の多様性に関する認識も拡がってきました。

 一方で、2000年代に入り、ジェンダー平等に向けた実践は、様々な困難、反発、抵抗に直面しており、そして、そうしたバックラッシュが激烈化しているという懸念すべき状況があります。

 それらの課題は、以下の3つのカテゴリーに分けられるかと思います。


  1. 変化への抵抗
      女性と男性の両方にとって自由に選べる選択肢が増えるだけと思える変化に対し頑迷な反発と抵抗が示されてきました。その反発は往々にして「伝統」や「文化」の名の下で示されます。世界では宗教的原理主義を背景とする暴力的な過激主義の形を取る場合もあり、ジェンダー不平等と差別的規範が復活し、女性と少女の自由と命と未来を脅かしています。

  2. 危機がもたらす停滞/後退
      気候危機、パンデミック、武力紛争、自然災害といった危機は、不安定な非正規雇用を強いられている女性のさらなる困窮につながっています。危機下では女性の無償のケア労働が増加し強化されることも報告されています。2022年以降、紛争に関連する性的暴力が50%増加したと報告されており、被害者の95%は女性と少女です。

  3. 技術革新がもたらす新たな暴力/差別
      デジタル暴力は、盗撮、リベンジポルノ、ディープフェイク、ネットストーキング、ヘイトスピーチといった形で、特に女性と少女に深刻な影響を与えています。女性の政治家や人権活動家が標的になることもあり、殺人予告や個人情報の暴露など命を脅かすレベルの脅威にさらされ、辞職に追い込まれる事例も発生しています。生成AIによる暴力や固定観念の強化も懸念されます。SNSという媒体が暴力を過激化させていますが、法整備や対応は全く追いついていません。


  第5回世界女性会議が開催される見込みがないのも残念な状況と言えるでしょう。背景にあるのは「性と生殖に関する健康と権利(SRHR)」そして多様な性/二分化できない性を生きる人たちの課題に関する深刻な対立であり、その深刻さは、ほとんど戦場と表現できるレベルだと感じさせられます。個人の生命、尊厳そして自己決定権を始めとする人権にとって決定的に重要なこれらの課題をどう前進させるかが、今後のジェンダー平等の進展を分ける重要な鍵になると感じています。