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国際人権ひろば No.171(2023年09月発行号)

国連ウオッチ

国際社会からみた福島「避難者」に対する日本政府の対応

セシリア・ヒメネス=ダマリー(Cecilia Jimenez-Damary)
国内避難民の人権に関する国連特別報告者(2016-2022)

「国内避難民の人権に関する国連特別報告者」のセシリア・ヒメネス=ダマリー氏は、福島第一原発事故後の避難者の状況を調査するため2022年9月に公式に来日し、12日間にわたり政府や福島県の関係者、避難者、支援団体、研究者らと面談しました。その報告書は2023年6月の国連人権理事会に提出されました。提出に先立ち日本政府に確認を求めたところ、数多くの反論のコメントが寄せられました。それを受けて、ダマリー氏は統計数値などを修正した一方で、避難者からの聞き取りで得た情報に関しては、修正を加えていません。本稿は、ダマリー氏から本誌『国際人権ひろば』のために寄稿いただいたものです。参考のため、注として政府のコメントを付記しますが、政府の主張を支持する立場ではありません。
(ヒューライツ大阪)


 2011年3月の福島第一原子力発電所事故は日本の歴史において壊滅的で未曾有の出来事であった。地震、津波、原発事故という三重災害のさなか、約47万人もの人々が避難した。これら避難者の大部分はその後、帰還したか、あるいは別の場所に定住するようになったが、原発事故によって避難民となった多数の人々は、放射線に対する恐怖やその長期的な健康への影響の不透明性、また基本的なサービスへのアクセスに対する不安を抱えていることから、不確かな未来に直面し続けている。国内避難民の人権に関する国連特別報告者として、筆者は政府の同意のもと、2022年9月26日から10月7日まで日本を訪問した。

 報告書のなかで筆者は未曾有の規模の災害に対する政府の迅速な対応と、避難者に対する補償と救済、緊急保護、そして支援に向けた具体的な対策を実施したことに対して日本政府を賞賛している。一方で筆者は、公式の避難指示を受けた避難者と自らの意思による避難者との間における完全に異なる処遇に対して懸念を抱いている。筆者は避難者が人権を実現させる上での主要な課題を強調し、それらに取り組むための勧告を強調したい。

全般的な結論

 以下は国連特別報告者としての筆者の結論および勧告の要約である。

 未曾有の災害に面して、緊急対応の迅速さとその規模、国内避難民が補償を請求するための複数のチャネルの確立、そして災害直後の国内避難民に対して国および都道府県が支援を行ったことは評価したい。しかしながら、当局が福島県の復興と避難指示の解除へと重点を移すなかで、保護および支援の施策は、人権上の課題があるにも関わらず時間の経過とともに縮小している。これは特に住宅支援や精神的苦痛に対する補償において顕著にみられる。避難生活を継続することを希望する避難者、特により少ない支援しか受けられない「自主避難者」は、帰還を迫る経済的および社会的圧力に晒されている(1

 福島県からの避難者は、その理由が避難指示であるのか、あるいは原発事故の影響に対する恐怖によるものなのかを問わず、すべて同じ権利を有する国内避難民である。すべての国内避難民はどのような恒久的解決策を求めるかについて十分な情報に得た上で、かつ自らの意思によって決定できる権利を有しており、この権利は移動と居住の自由に対する権利に由来する。「国内避難に関する指導原則」は、すべての国内避難民に対して国内の別の場所で安全を求める権利、そして自身の生命および健康が危険に晒されるような場所への強制的な帰還から保護される権利を確立している。そして指導原則は、すべての国内避難民が自らの意思で、安全に、尊厳をもって帰還できるための、あるいは自らの意思で国内の別の場所に再定住できるようにするための条件を確保する第一義的な義務と責任を政府が負うものとしている。すべての日本国民の安全および平等な保護は、日本国憲法において保障されている。

 これを福島原発事故にあてはめると、帰還先における、長期的な影響が不透明な放射線レベル、生活手段や教育、医療、その他の必要不可欠なサービスの不足、限られた範囲内の除染といった状況のもと、多くの避難者は帰還に対して消極的である。また、このような状況は帰還した避難者の人権を脅かす課題となっている。これらの課題を覆い隠すのではなく、それに取り組むことは避難者の帰還を持続的なものにする上で重要である。同時にまた、多くの避難者が日本の別の場所で永住する権利を行使するかもしれないということを認識することも重要である。避難者は別の場所での永住という選択をもって差別されるべきでなく、「自主避難」か「強制避難」かに関わらず、定住できるように平等な支援と補償を受けるべきである(2

 全体的な勧告として、国連特別報告者は福島原発事故によって国内避難を余儀なくされたすべての人々に対して、特に今も避難生活を余儀なくされている人々に対して、保護、人道支援、および恒久的な解決策について人権に基づいたアプローチを確実に実施するよう日本政府に要請する。

 この考えを根底に据え、国連特別報告者は、すべての行政的および法的施策とその実施において、いわゆる「強制避難者」と「自主避難者」との間における差別的区分を完全に取り除くことを強く勧告する。

復興から先を見据えて

 国連特別報告者は、復興から先の政策、特に権利に基づいたアプローチの必要性を勧告する。

 2014年以降、日本政府は以下の3つの基準に沿って避難指示を解除してきた。①空間線量率で推定された年間積算線量が20ミリシーベルト以下であること、②当該地域にインフラや必要不可欠なサービスが再び確立されていること、③日本政府、県、市町村、住民との間で協議がなされることである。これらの基準およびその実施は幾つかの側面において問題がある。>

 国際放射線防護委員会(ICRP)のガイドラインでは、「通常の計画被ばく状況(被曝が生じる前に防護対策を計画でき、被曝の大きさと範囲を合理的に予測できる状況)」において年間20ミリシーベルトという基準は、原子力発電所の作業員のように職業的な放射線被ばくに晒されている成人にのみ適応されるものであり、一般公衆に対する線量限度は年間1ミリシーベルトである。年間1ミリシーベルトは日本の国内法における一般市民の上限でもあるが、原発事故によって影響を受けていない地域に限定して適用されている。多くの人々は年間20ミリシーベルト基準を一般市民、特に放射線に対してより影響されやすい子どもたちに適用することに反対している。防護措置が実施される公共区域に関しては、「年間線量1~20ミリシーベルトの帯域の下半分」が基準レベルである。

 2つ目の基準について、国連特別報告者は2020年以降に部分的に避難指示が解除された双葉町には学校や病院が存在しないことを知らされた。他の避難指示についても必要なサービスが整備されていない状況で解除されてきたことが考えられる。

 避難指示の解除に関係する「協議」についても、当局とステークホルダーとの同意に向けた対話や解除のプロセスをステークホルダーと形成するようなものではなく、当局がステークホルダーに対して前もって考えられた避難指示解除の計画を伝えるだけのものであると、多くの避難者が報告している(3

 避難指示の解除は、それが避難生活を続けている避難者への支援の停止と結びつけられている点で問題を含んでいる(4。「国内避難に関する指導原則」は、国内避難民が出身地に帰還するかあるいは別の場所に定住するかについて自らの意思で選択できなければならないと明記しており、IASC(国連システム内外の人道支援関係者が集まる機関間常設委員会)による「国内避難者の諸問題に係る恒久的解決に関する枠組み」は国内避難民が行う選択は、特定の選択を支援の条件とすることや支援終了の恣意的な期間の設定などのような暗黙の強制を含む、あらゆる強制が行われることなく決定されなければならないと定めている。国連特別報告者は、帰還者に対して支援を継続する一方で、避難状態にある人々への支援を打ち切る施策はそのような強制を意味するものであると認識する(5

 復興への取り組みに対する資金は、帰還を望まない避難者への支援を犠牲にして供されているようである。国連特別報告者に対する福島県当局の説明によると、県外避難者への住宅支援は、その費用に耐えられなくなったために打ち切りは財政的にやむを得なかったということである(6。しかしながら、避難者および福島県民にとっての関係が不透明なプロジェクトに対してはかなりの投資が継続してなされている。

 復興政策は、その主要な対象を帰還者や福島県内の被災住民から新しい住民の誘致へと拡大しているようだ(7。「移住・定住促進」は今や復興庁にとって明確な目標である。「『復興・創生期間』後における東日本大震災からの復興の基本方針」(2019年12月20日閣議決定)は「事業者・農林漁業者の再建、風評の払拭に向けた取組等を引き続き進めるとともに、新たな住民の移住・定住の促進、交流人口・関係人口の拡大等を行う」必要に呼応するよう2021年に改定された。

 日本政府は避難した福島県民の多数が帰還を望んでいないことを正しく認識している(8。国連特別報告者は、福島県の人口回復に焦点を当てるのではなく、帰還を望まない避難者が県外において恒久的解決を得られること、そして福島県内の住民および帰還者が人権を全面的に享受できることを確実にするための施策を優先するよう勧告する。新しく住民を誘致する施策が適切でありうるのは、被災者への賠償が達成されてからであろう。このためには、復興に対して、避難者が直面する継続する人権課題への積極的な施策を含む、権利に基づくアプローチが必要である。


1:この点に関して日本政府は、保護および支援の施策は時間の経過とともに縮小していることを支持する根拠が挙げられていないとし、政府は強制避難者および自主避難者の双方に対して継続した支援を提供していると反論している。また、政府が避難者に対して帰還を強制することを示す事実はなく、帰還については個々の判断によると主張している。

2:日本政府は、多くの避難者が帰還に対して消極的であることを裏付ける根拠が示されていないとして反論している。また避難者への支援については、被災者支援総合交付金のように避難指示に関わらずすべての被災者に支給していることを例に挙げ、強制避難者と自主避難者の間に区別を設けていないと主張している。

3:この点について日本政府は、住民に対して、および地元の集会で説明をしてきたと主張。また協議でなされた提案や意見に対して真摯に応答し、双方同意のもとで避難指示解除を行ってきたとし、報告書の主張を支持する事実に基づいた根拠が示されていないと反論している。

4:日本政府は、避難指示の解除は、避難生活を続けている避難者への支援の停止と結びつけられているというのは不正確であると主張している。

5:日本政府は、支援は福島県外にとどまるかどうかという避難者の希望に応じて提供されるため、帰還者に支援が提供される一方で、避難民には支援が差し控えられるという見解は不正確であると反論している。

6:この点に関して、日本政府は福島県がそのような見解を述べたことはないと主張。さらに、自主避難者への住宅支援の打ち切りは財政的な理由からではなく、公共インフラストラクチャーの再建、除染および公営住宅の回復の進展、生活環境の改善が進んだことより、相談サービスの強化のような新しいサービスへの移行によるものだと主張する。

7:日本政府は、「移住・定住促進」は新たに拡張した施策であって、これにより帰還住民への施策が減少したことを支持する根拠は示されていないと反論している。

8:日本政府は、「多くの」という表現に対して主観的評価であると反論している。


(翻訳:朴利明・ヒューライツ大阪)


※ダマリー氏の報告書(A/HRC/53/35/Add.1)と日本政府コメント(A/HRC/53/35/Add.3)
 は下記のURL(国連人権理事会)に掲載されています。
 https://www.ohchr.org/en/hr-bodies/hrc/regular-sessions/session53/list-reports