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国際人権ひろば No.168(2023年03月発行号)

特集:「ビジネスと人権」2022年の動向

「レイシャルハラスメントを許さない」を職場の新しい常識に ~フジ住宅「ヘイトハラスメント裁判」をふりかえる~

文 公 輝(ムン ゴンフィ)
NPO法人多民族共生人権教育センター事務局長

控訴審判決が確定

 2022年9月8日、最高裁判所は、東証プライム上場企業であるフジ住宅株式会社(以下、フジ住宅、大阪府岸和田市)と、今井光郎代表取締役会長(以下、今井会長)らに132万円の損害賠償金の支払いを命じた、2021年11月18日付の大阪高等裁判所判決について、被告らによる上告を棄却する判断をおこなった。これによって、原告の全面勝訴に近い司法判断である控訴審判決が確定した。7年以上にわたった裁判闘争が、ようやく終結した。

 この民事訴訟は、ヘイトハラスメント裁判として知られる。2015年8月に、フジ住宅と今井会長を被告として、同社で働く韓国籍の在日コリアン3世が提起した、レイシャルハラスメント、パワーハラスメントに対する損害賠償請求訴訟である。2020年7月に、原告勝訴の一審判決が大阪地方裁判所堺支部で言い渡された。被告らが控訴したものの、2021年11月18日、大阪高等裁判所が被告らに対して、原審よりも増額した132万円の支払いを命じる判決を言い渡した。控訴審では、さらに、原告によるヘイトスピーチ文書等の社内配布差し止め請求を認め、控訴審と併行して申し立てた文書配布禁止の仮処分申立についても、ヘイトスピーチ文書等について禁止する命令を下した。この控訴審判決は、元原告の人種差別被害を救済するうえで、大きな効果をもっていた。とくに差し止めと仮処分が認められたことで、フジ住宅社内では、少なくとも直接的なヘイトスピーチ文書、原告に対する非難、誹謗中傷、攻撃する内容の文書配布がおこなわれなくなっている。


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2021年11月18日、大阪高等裁判所前で、支援者に控訴審勝訴を知らせる弁護団

「職場で人種差別を受けない権利」を明示

 被告らは、社内で長年にわたり繰り返した文書配布は人種差別を目的としていなかった、原告個人を名指しでおこなった人種差別もなかった、などと弁明していた。しかし控訴審判決は、文書配布行為の結果、フジ住宅社内で人種差別意識が醸成され、それによって、原告が、いずれ自分に対する直接的な人種差別言動がおこなわれるのではないかと憂慮する結果を招いたと認定した。そのことが、原告の、職場で人種差別を受けずに働く権利の侵害にあたると判断したのだ。さらに使用者である被告らには、人種差別のない職場環境を提供する配慮義務があったにも関わらず、それを怠ったと断罪したのだ。

 フジ住宅がおこなった文書配布行為について、控訴審判決が認定した違法行為には、概ね2つのタイプがある。まず、ヘイトスピーチ解消法が定義する、違法な差別的言動の客観的要件を満たすものである。「在日は死ね」などの文書があり、それらは1度だけの配布だったとしても、差別扇動の効果を生むものであるから、原告の権利を侵害する違法行為であると判断している。次に、特定の歴史認識や韓国等の政策に対する意見・論評・感想で、特定の国民をステレオタイプ化する、または中国や韓国に親和的な政治家等に対する人格攻撃や感情的反発を表す内容が含まれる配布物について、被告らが「使用者の優越的地位を背景に継続的かつ大量に」で配布したことによって職場内に人種差別意識を醸成する結果を生んだと認定し、原告の権利を侵害する違法行為であると判断した。

 控訴審判決は、これらの判断を、人種差別そのものを違法とする法律がない日本で、人種差別撤廃条約、ヘイトスピーチ解消法、パワーハラスメント防止法を踏まえ、現行法の規定を解釈することでおこなったのである。

 ヘイトハラスメント裁判は、日本の司法史上、はじめて、職場における人種差別言動、すなわちレイシャルハラスメントに関する判断が判例として確定したものであり、原告のみならず、日本で働く、外国にもルーツをもつ労働者の権利保障において、画期的な意味をもっている。

 外国にもルーツをもつ従業員には、職場で人種差別を受けない権利がある、という点を明示した司法判断が判例として確立したことは、今後、同種の民事訴訟が提起された際の、法的規範として効力をもつことはもちろん、訴訟に至らずとも、各都道府県労働局がおこなう労働相談、労働審判などにも影響を及ぼすものと期待できる。

 労働者の権利が法によって保護・保障される職場空間においては、たとえ個人を名指ししない、特定の人種、民族、国籍を有する集団全体に対する言動だとしても、一定の条件を満たせば、同じ属性を有する個人に対する人種差別効果をもち、違法行為を構成すると判断した点も重要である。

厚労省への要請行動と大きな一歩前進

 2022年6月10日、原告支援団体である「ヘイトハラスメント裁判を支える会」と、同会が事務局をおいていた、NPO法人多民族共生人権教育センターが連名で、厚生労働省に対して、「職場のレイシャルハラスメント対策の必要性を周知することについて」と題した要請文を提出した。

 具体的には、①各都道府県労働局に対して、パワーハラスメント防止法の趣旨に則して、 外国人であることを理由としたパワーハラスメントに対して、個別労働紛争解決制度に基づく労働相談、助言・指導、あっせん等の適切な対応をおこなうよう、指導すること、また、外国にもルーツをもつ労働者が制度の利用につながることができるよう、周知・広報をおこなうこと、②外国人であることを理由としたパワーハラスメントの類型として、ヘイトスピーチ解消法が定義する不当な差別的言動、特定の国の国民一般をステレオタイプ化する、特定の国に親和的な日本の政治家等に対する人格攻撃や感情的反発を披瀝する言動を、優越的地位を背景に反復継続しておこなうことを例示し、事業主は、その予防と被害者の救済に取り組む義務があることを周知すること、以上2点を求めるものだ。

 この要請と、最高裁判断を受け、厚労省は、2022年11月、各都道府県労働局と連名で作成し、各ハローワークを通じて事業所に配布しているパンフレット『職場における・パワーハラスメント対策・セクシュアルハラスメント対策・妊娠・出産・育児休業等に関するハラスメント対策は事業主の義務です!』の4ページに掲載されている表「パワーハラスメントに該当すると考えられる例/しないと考えられる例」の欄外に、パワハラ6類型のうち、「精神的な攻撃」に該当するハラスメントとして例示されている「人格を否定するような言動」ついて、「外国人であること、特定の国・地域の出身や特定の国・地域にルーツがあること等についての侮蔑的な言動も含まれます」との補足を追加する改訂をおこなった。

 2023年1月に、NPO法人多民族共生人権教育センターが厚労省・ハラスメント防止対策室とおこなった面談では、同室長との前向きな意見交換をおこなうことができた。都道府県労働局の労働相談担当者の研修、厚労省が設置している、職場のハラスメント予防・解決に向けた情報提供のためのポータルサイトである「あかるい職場応援団」へのコンテンツ追加など、パワハラ防止法に基づく施策にレイシャルハラスメントを位置づけることについて、厚労省としての積極的な姿勢を感じることができるものだった。元原告が闘い抜いて勝ちとったフジ住宅ヘイトハラスメント裁判の確定判決が、国の施策に活かされ、日本の職場の常識を、変えようとしているのである。

原告の名誉回復と新たな訴訟

 一方、解決しなければならない課題は多い。フジ住宅の従業員として働き続けている元原告の差別被害を真に救済するには、加害者による謝罪が大前提になるはずなのだが、フジ住宅側は、敗訴が確定してもなお、元原告に対する謝罪を一切おこなっていない。フジ住宅が、過去におこなった人種差別と真摯に向き合い、反省し、再発防止をはかるための取り組みは、始まったばかりである。

 さらには、東京では、金融サービスの世界的大手「モルガン・スタンレー・グループ」に勤務していた、韓国人男性による、職場で被害を受けたレイシャルハラスメントへの不適切対応に対する損害賠償と、解雇無効を訴える、「モルガン・スタンレー」レイハラ解雇裁判が闘われている。

 一つひとつの取り組みの継続が、レイシャルハラスメントを許さない、日本の職場の新しい常識を確かなものにしていくと確信している。本紙読者の皆様の、引き続いての注目と支援をお願いする次第である。