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国際人権ひろば No.167(2023年01月発行号)

特集:二つの国連条約委員会による日本報告書審査

自由権規約委員会の審査と総括所見を受けて

藤本 伸樹(ふじもと のぶき)
ヒューライツ大阪

 国連自由権規約委員会(以下、委員会)が2022年10月の第7回日本政府報告書審査を通じて採択した総括所見は、肯定的側面、および懸念と勧告などからなる英文で12ページの文書である。合計48パラグラフのうち、懸念と勧告が42パラグラフ(偶数に懸念、奇数に勧告)にも及んでいる。2014年の第6回報告書審査の総括所見での22パラグラフから倍層したことになる。
 私は、今回のジュネーブ国連事務所での審査を傍聴したことから、強い関心をもって総括所見の公表を待っていた。11月3日、委員会は国連欧州本部で記者会見を開き、136会期(2022年10月10日~11月4日)で審査した日本を含む6か国についての総括所見の概要を報告した。会見のもようは、国連のWebTVのシステムを通じてリアルタイムで視聴することができた。
 日本について、スロベニア出身のサンチン副委員長が総評した。副委員長は、2014年の総括所見と同じ課題を含む多数の勧告を盛り込んだと述べ、以下の三課題に言及した。

  • 国内人権機関の設置を優先課題とすること。
  • 児童相談所による家族からの子どもの引き離しは、子どもの最善の利益を考慮し、最後の手段にすること。
  • 入国管理施設において2017年以降だけで3人が死亡したことなどから、被収容者の医療へのアクセスをはじめ基本的セーフガードを設けること。

 記者会見終了と同時に、委員会のウェブサイトに、各国ごとの総括所見のファイルが一斉に公開された。

自由権規約の実施状況の審査

 自由権規約は、正式には「市民的及び政治的権利に関する国際規約」と訳され、「経済的、社会的及び文化的権利に関する国際規約」(社会権規約)とあわせて、「世界人権宣言」を基礎に条約化された文書である。人権諸条約の中で最も基本的・包括的な内容で、生命の権利、身体の自由、表現・集会・結社の自由、参政権、民族的マイノリティの権利などを保障する国の義務を規定している。日本は、1979年に社会権規約とともに批准している。本体条約に加えて、第1選択議定書(個人通報制度)と第2選択議定書(死刑廃止)が採択されているが、日本は未締結である。
 報告書審査は、第1回目の1981年を皮切りに、1988年、1993年、1998年、2008年、2014年と行われ、その都度、懸念と勧告を受けてきた。
 第7回政府報告審査は、10月10日のNGOブリーフィングに始まり、13日のNGOブリーフィング追加セッションと審査(1日目)、14日の審査(2日目)という流れであった。NGOブリーフィングでは、約3~4分の持ち時間が与えられた各団体は、対面あるいは日本からのオンラインで、委員に向けて英語で情報提供のプレゼンを行った。
 審査は、パザルツィス委員長が議長を務め、政府代表団と委員とのあいだの対面によるやりとりで進行した。委員会は18人の委員からなるが、2日間の審査を通して、サンチン副委員長をはじめ6人の委員が質問やコメントを繰り返した。一方、日本政府代表団は、外務省の今福孝男参事官を団長に、法務省、在留管理庁、警察庁、厚労省、文科省、外務省など関係省庁から30数名が臨席していた。
 審査は、委員と政府代表団とのあいだの「建設的対話」がモットーなのだが、派遣された若手官僚の多くは、日本から持参した原稿を棒読みするだけの場面が多くみられた(p4-5石田真美弁護士の報告参照)。
 一方、日本に先立つ10月10日と11日に審査が行われたフィリピンの政府代表団は、法務大臣が団長を務めていたことから、日本とは好対照であった。法相は同国の「麻薬戦争」のもとでの深刻な人権侵害をめぐる課題のために、委員会の会期直前まで開かれていた国連人権理事会に出席していた。審査では、委員からの数々の質問について、準備した文書にあまり目を落とすことなく、権限ある政府高官としてアドリブで即応し、建設的回答かどうかはさておき、文字通り委員たちとの対話が成立していた。


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日本報告書審査のもよう。委員が、中央の政府代表団を囲むかたちで着席
(2022年10月14日、筆者撮影)

条約実施の基盤となる課題の勧告-人権のインフラ整備

 総括所見は、肯定的側面として、2014年第6回報告書審査以降の新たな施策や法整備がわずかに列挙されたあと、懸念・勧告が連なっている。その筆頭に、個人通報制度を定めた第1選択議定書の締結、「パリ原則」に則った国内人権機関の設置、あらゆる理由に基づく差別を禁止する包括的な反差別法の制定という課題があげられている。これらは、従来から指摘されているだけでなく、他の人権条約委員会からも発出されてきた「常連勧告」なのだ。どの条約委員会も、まずは人権保障に必須の「インフラ整備」を日本に要請し続けているのだが、政府は「検討します」と返答するだけでその場しのぎを長年繰り返してきた。

マイノリティに関わる勧告と懸念

 委員会は、審査を前に市民社会からのオルタナティブ・レポート(NGOレポート)を受け付けている。今回は、コロナ禍で審査予定が2年延期されたという事情から追加のレポートが加わり、合計で空前の78本ものレポートが委員会に寄せられたのである。
 私が関わっている「人種差別撤廃NGOネットワーク」(事務局:反差別国際運動)は、メンバー団体から寄せられたマイノリティの権利に関する報告をまとめた合同レポートを合計3本提出するとともに、NGOブリーフィングの日は東京からオンラインでプレゼンテーションをした。以下、マイノリティに関する懸念・勧告の概要を紹介する。
 ヘイトスピーチとヘイトクライムは、コリアンをはじめ中国人、部落民、琉球民族、その他のマイノリティと先住民族、性的マイノリティなどがオンライン・オフラインでヘイトの標的となっていると懸念し、外国ルーツの人のみを保護対象とする現行の「ヘイトスピーチ解消法」の適用範囲を拡大するよう要請した。また、ヘイトスピーチとヘイトクライムを明確に犯罪化するために刑法改正することなどを勧告した。
 難民・庇護希望者など外国人の処遇に関して、低い難民認定率の現状に懸念を示したうえで、国際基準に沿った包括的な難民保護法の整備を求めた。在留資格を失い、収入活動が許可されない「仮放免者」に対する支援および収入を得るための機会確保の検討を求めた。「仮放免者」が"Karihomensha"とあえてローマ字で表記されている。真意は不明だが、日本社会への注意喚起として注目に値する。
 入管施設での長期収容や劣悪な問題に関して、記者会見でも述べられた死亡件数が言及され、適切な医療へのアクセスや収容に代わる措置の導入を勧告した。委員たちは、2021年に名古屋入管で死亡したスリランカ出身のウイシュマさんのケースを知っており、入管収容問題を重要な課題として受け止めていることがうかがえた。この課題に関連し、性暴力およびDVを含む女性に対する暴力として、DV被害を受けた移民女性に対する法執行官の認識の欠如を懸念し、法的地位(在留資格)にかかわらず、すべての被害者に迅速かつ適切な援助・支援・保護を提供することと勧告している。
 奴隷、隷属、人身取引の撤廃の項目で技能実習制度がとりあげられ、同制度における強制労働の被害者としての認定手続きの強化、および労働基準監督官などへの研修を求めた。
 マイノリティの権利として、アイヌ、琉球、その他の沖縄コミュニティの伝統的土地・天然資源に対する権利を完全に保障すること、子どもたちに自己の言語による教育促進のための措置を勧告した。植民地時代から日本に居住する在日コリアンとその子孫に対する利用できるはずの複数の支援プログラムや年金受給を妨げる障壁の撤去を求めた。
 そして、在日コリアンとその子孫に地方選挙での投票権を認めるよう法改正の検討を勧告した。

勧告のフォローアップ

 NGOなど多くの市民社会組織が、条文と現実の乖離を具体的に委員たちに伝えた結果、委員会は日本政府に数多くの改善勧告を提示した。だが、政府はこれまで、人権諸条約の委員会による総括所見の受けとめには消極的な姿勢を示し続けている。条約はひとたび締結すると日本の国内法となることから、勧告を真摯に受け止めるべき責務があるはずだ。
 そうしたなか、NGOは政府が勧告実施に向けて真剣に施策を検討するよう要請し続けるとともに、法整備を含む議論を促すために国会議員への働きかけを行うことが求められている。外務省が総括所見の翻訳を数か月以内にウェブサイトに掲載すると思われるが、積極的に周知しようとしない政府にかわって市民社会に情報提供していくことも大切である。