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国際人権ひろば No.162(2022年03月発行号)

特集:「ビジネスと人権」をめぐる最新の動向

新たな国際課税ルールの合意を人権という視点に立って考える-多国籍企業への課税とSDGs

青葉 博雄(あおば ひろお)
PSI(国際公務労連)東京事務所所長

はじめに

 2021年10月8日、136か国・地域が新たな国際課税ルールに合意、先進国を中心に多くの国が「歴史的合意」として歓迎した。一方、国際課税をめぐる問題に長く取り組んできた国際NGO(非政府組織)は、発展途上国において見込まれる税収増が不十分などとし、同合意を受け入れがたいものとしている。本稿では現在の国際課税制度の問題点、今回の合意内容、SDGsおよび人権との関係を先ず捉え、その上で今後の課題および果たすべき市民社会の役割について考えていくこととする。

「法人税引き下げ競争」と時代遅れの国際課税ルール

 1980年代、「市場メカニズムの重視」と「小さな政府」を掲げる「新自由主義」の下、サッチャー英政権やレーガン米政権は法人税の引き下げを実施、国際競争力の維持を図るとして日本を含む他の先進国もそれに追従した。また、経済のグローバル化が急速に進む中、国境を越え市場を求め活動拠点としての子会社を世界中に置く多国籍企業が台頭、そして市場国の法人税率は投資先決定の重要な判断基準となった。市場国も企業誘致や海外直接投資を呼び込むため法人税引き下げ競争に加わり、結果、世界の法人税率の平均は1980年の40.11%から2021年には23.54%までに低下した。1

 2000年代に入ってのインターネットの普及は経済のデジタル化を急速に推し進めた。現行の国際課税制度の骨格をなすルールのひとつ「PE(恒久的施設)ルール」は「(店舗、事務所、工場等の)PEなくして課税なし」と定めている。結果、GAFA(グーグル、アップル、フェイスブック、アマゾン)に代表されるデジタル企業がインターネットを通じたサービス、通信販売等で巨額の利益をあげても恒久的施設をその国に持たなければ法人税を払わずに済むという事態が生じている。

 もう一つの重要なルールとして「独立企業原則」がある。これは、多国籍企業グループの世界に広がる関連会社をそれぞれ独立した企業とみなして、本社および子会社それぞれの所得を計算する原則であるが、経済のデジタル化が進む中で特許やブランドなどの「無形資産」の価値が高まっており、適正な「独立企業間価格」の算定は困難となってきている。

 現在の国際課税制度の骨格をなす「PEルール」と「独立企業原則」は1920年代から30年代にかけて形成されたものである。農業や製造業によって生み出されるモノが貿易の中心であった時代に定められたルールはグローバル化そしてデジタル化された現在の国際経済において時代遅れのものとなっている。

最終合意の二つの柱

 今回の合意は二つの柱から構成されている。第1の柱は「デジタル課税」に関するもので、全世界の売上高が200億ユーロ(約2.6兆円)超で、売上高に占める利益の割合が10%超の約100社の多国籍企業が対象となる。利益(多国籍企業グループ全体の収入から費用等を引いた額)から「通常利益(売上高の10%)」を引いた額を「超過利益」とし、その25%を「恒久的施設の有無」によらず、売上等に応じ課税ベースとして市場国間に配分する。OECDは課税ベースの総額を1,250億ドルと試算、仮に20%の税率で課税された場合、市場国に250億ドル(約2.9兆円)の税収が発生することになる。第2の柱は「最低法人税率の導入」に関するもので、世界全体の売上高が7.5億ユーロ(約1千億円)超の企業を対象とし、最低税率を15%とする。多国籍企業の子会社が置かれている国の法人税率が15%未満の場合、親会社が置かれている国は15%との差額分を親会社に課税できる。これにより、多国籍企業にとって低税率国に子会社を置く節税上のメリットはなくなり、税率引き下げ競争に歯止めが掛かることが期待されている。OECDは最低法人税率15%の導入による世界全体の税収増を1,500億ドル(約17.3兆円)と見込んでいる。

多国籍企業への課税とSDGs、そして人権

 2015年9月、「我々の世界を変革する:持続可能な開発のための2030アジェンダ」が国連サミットにおいて採択され、17の目標と169のターゲットで構成されるSDGs(持続可能な開発目標)が示された。「2030アジェンダ」は前文において「誰も置き去りにしない」との表現をもって、世界人権宣言第1条「すべての人間は、生まれながらにして自由であり、かつ、尊厳と権利とについて平等である」との精神を引き継いでいる。また、「人権の実現」をSDGsが目指すもののひとつとして明記している。SDGsが掲げる目標には、貧困、健康、教育、安全な水など実現には多額の資金を要する課題が目白押しである。2015年7月の第3回開発資金国際会議で採択された「アディスアベバ行動目標」には、SDGsの実現を可能にするための具体策としての国内資金動員(DRM:Domestic Resource Mobilization)の重要性を掲げ、行動目標のひとつとして、租税回避の機会の減少を図り、多国籍企業を含むすべての企業が、国内および国際の法そして政策に従って、経済活動が行われ価値が創造された国の政府に対し税金を支払うことを挙げ、多国籍企業への課税とSDGs、ひいては人権が密接に関係することを示した。これがオックスファムなど貧困の問題などに取り組んでいる多くのCSOs(市民社会組織)が多国籍企業による租税回避問題に長く取り組んできた所以である。OECDにおける多国籍企業への課税のあり方についての具体的な議論が行われるより前に開発資金という文脈で国際課税に関する具体的な提言が行われていたことは大変興味深い。

今後の課題、そして市民社会の役割

 合意事項の実施へのプロセスは「デジタル課税」と「最低法人税率の導入」で異なる。「デジタル課税」では2022年前半に条約を策定、各国による署名・批准の後、2023年の発効を目指している。「最低法人税率の導入」では2022年に各国が国内法を整備、IIR(所得合算ルール)を2023年、UTPR(軽課税支払ルール)を2024年から施行するロードマップを描いている。しかし、今回の交渉の最終局面で主導的立場を取った米国において国内法整備そして条約批准への道筋が立っていない。2022年11月には中間選挙が行われる。それまでは進展が期待できないであろうし、選挙の結果によってはさらに難しい状況になる。元々インドをはじめとする新興国の間にはデジタル課税における課税対象の配分割合に不満が募っていた。米国における停滞の動きは一気に他の国々に広がる可能性がある。

 次に今回の合意の中身に対する(一部の)市民社会の見解を紹介したい。私が勤務するPSIを含めタックス・ジャスティス(税の公正)を求める運動に携わってきた団体の批判は主に15%という低い「最低法人税率」に向いている。15%は国連FACTI(財政上の説明責任、透明性、誠実性に関する)ハイレベル・パネルが勧告した20%から30%という税率を大きく下回る。また、ジョセフ・スティグリッツやトマ・ピケティなど著名な学者が委員を務め、PSIが運営を主導するICRICT(国際法人課税改革のための独立委員会)が勧告する25%を大きく下回る。2 オックスファムは税率を25%とした場合、世界の人口の38.6%が住む最貧国38か国における170億ドル(約1.95兆円)増収につながると指摘している。3 合意事項の変更は決して簡単なものではないが、日本を含む世界の市民社会はSDGsの達成および「人権の実現」という目標に向け、今後の推移をクリティカル(批判的)に追い、検証そして提言していく必要がある。


1:
米国民間税制調査機関タックス・ファウンデーション. "Corporate Tax Rates around the World, 2021"
https://taxfoundation.org/publications/corporate-tax-rates-around-the-world/

2:
https://www.icrict.com/

3:
https://www.oxfam.org/en/press-releases/oecd-tax-deal-mockery-fairness-oxfam
連絡先 hiroo.aoba[a]world-psi.org ([a]を@にかえてください)