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国際人権ひろば No.152(2020年07月発行号)

特集:国籍って何ですか?

ジェンダーと人権の視点からみる国籍制度の課題

武田 里子(たけだ さとこ)
大阪経済法科大学 アジア太平洋研究センター客員研究員

「元祖日本人」の多様性

 国民国家は確固とした境界と国民の均質性が特徴だとされているものの、実際には多様な少数者が含まれている。「元祖日本人」として壬申戸籍(1872年)に登録された人びとの中にはアイヌや琉球の人びと、小笠原諸島の「外国」出身者などもいた。ゆえに日本では、多様かつ村落共同体に帰属する人びとを「日本人」として創出するため、「天皇の赤子」として統合する必要があった。

 法学では国籍を「国家の構成員であることを示す資格」あるいは「国家と国民との法的つながり」と定義する。国籍を決定する基本原則はふたつ。ひとつは両親の国籍を継承する「血統主義」、もうひとつは出生地を基準に国籍を付与する「生地主義」である(館田2019)。1899年に血統主義をとるナポレオン法典(1804年)を参照して国籍法を制定した日本は、外国人と結婚した女性は日本国籍を喪失すると定めた。これは内外人民婚姻条規(1873年)を継承したものだが、女性にとって国際結婚は日本との法的つながりを絶たれる覚悟を迫られるものであった。

平和秩序の構築が複数国籍容認へ

 1899年にオランダのハーグで開催された軍縮と国際紛争の平和的処理方法を検討する「万国平和会議」に参加したのは26カ国。欧米以外は日本を含めてわずか6カ国であった。その後も人類は悲惨かつ無益な戦争を重ね、20世紀は「戦争の世紀」と呼ばれる。国際連合は人権侵害を各国の国内問題として放置したことが虐殺や戦争につながったことを確認し、すべての人間が生まれながらに基本的人権を持っていることを初めて公式に認める世界人権宣言(1948年)を発表した。その後植民地は次々に主権国家として独立し、国連加盟国は194カ国を数えるまでになった。

 平和と人権の希求は複数国籍(重国籍ともいう)を容認する流れも生み出した。在外国民の複数国籍を容認する国は1960年には85カ国中33カ国(38.8%)だったが、2015年には194カ国中142カ国(73.2%)へとその割合を倍増させた(近藤2019)。複数国籍者が増加した要因のひとつは国際結婚の増加である。

 ふたつの国に帰属する者は、帰属する国家が交戦状態に入ればどちらかの国の反逆者になる。ゆえに帝国主義時代には「国籍唯一の原則」に合理性があった。しかし今は国際紛争を平和的手段により解決する義務を国連加盟国が負い、忠誠義務が問われるような状況を回避するために外交努力を重ねている。ヨーロッパ国籍条約(1997年)は、出生と婚姻により得た国籍を締約国は奪ってはならないと定めた。複数国籍容認が国家主権よりも尊重すべきことを示したのだ。

◆1984年の国籍法改正

 両性の平等を定める日本国憲法を踏まえて1950年に新国籍法が制定された。夫婦国籍同一主義から夫婦国籍独立主義に変わり、国際結婚しても女性たちは日本国籍を維持できるようになった。だが父系血統主義は維持され、女性たちが子どもに日本国籍を継承できるようになるのは1985年以降のことである。1984年の父母両系血統主義への改正は、女性差別撤廃条約を批准するためのものであり、このとき新たに「国籍選択制度」-出生による重国籍者は22歳までに、20歳以降に重国籍になった者は2年以内にいずれかの国籍を選択-が導入された。重国籍の発生を抑制するためである。日本の国籍法は世界の流れから遊離したまま、今も「重国籍防止」を最優先事項としている。

海外で暮らす日本人の実情と日本の課題

 2018年3月に提訴した国籍法11条1項違憲訴訟原告団から依頼され、海外15カ国で暮らす日本人497名(8割は女性)の国籍法に関する自由記述の分析を行なった(武田2020)。国籍法11条1項は、自らの意思で外国籍を取得した者は自動的に日本国籍を失うと定める。

 回答者のうち、この条文により日本国籍を喪失した者は52名。居住国は全て重国籍を容認している。外国籍を取得した主な理由は、①「利便性」(就労機会や社会保障制度の活用)、②「家族結合」(家族離散のリスク回避)、③「市民権」(政策決定に参加するための選挙権の取得)、④「身分保全」(在留身分の安定化)である。

 外国籍の取得を考えている263名は居住国の永住資格を得ているが、永住権を維持するには数年毎の更新と年間183日以上などの居住条件を満たさなければならない。当事者に共通する悩みは日本で暮らす親の介護と居住条件との調整である。居住国の国籍取得をためらう理由はただひとつ。日本国籍を維持したいからだ。

 また当事者の記述から2000年代半ば以降、日本政府が重国籍者の取り締まりを強めていることが分かった。在外公館がさまざまな情報から外国籍取得者を発見し、国籍喪失届の提出を迫り、旅券を無効にし、職権による戸籍の消除が行なわれたケースもある。

◆「外国人」と「日本人」をつなぐ視点の必要性

 2010年代に入ると日露ハーフの子どもたちが数百人規模で日本国籍を喪失させられている問題が明らかになった。しかし報道も少なく当事者や関係者を除くとこの問題を知る人は少ない。当事者の7~8割は日本人父とロシア人母の子で、日本で生まれて日本で生活している子どもたちである。ロシア大使館への出生届がロシア側の法改正により簡易帰化申請機能を持つようになったために、国籍法11条1項が適用されたのだ。2014年に一家族が国籍確認訴訟を提起したが、2017年12月最高裁は原告敗訴を確定させた。子どもたちは不法滞在外国人となり、在留特別許可を得て、2019年3月ようやく帰化が認められ「日本人に戻った」。

 紙幅の制約から概要のみになるが、日本政府は帰化を許可する前に一部の申請者には原国籍を離脱させている。重国籍防止のためである。白鵬は2019年9月に帰化したが、事前にモンゴル国籍の離脱を求められたため71日間は無国籍であった。無国籍者を可能な限り発生させないことは国際社会の合意事項であるにもかかわらず、日本政府はこのような帰化行政を続けている。

 日本で暮らす「外国人」の人権を守るための市民運動には、在日コリアンの就職差別をめぐるたたかいを含めた長い蓄積がある。一方海外で暮らす「日本人」や国籍制度により「日本人」と「外国人」の間を行き来する人びとの存在はほとんど知られずにきた。「日本人/外国人」の二分法では複雑な現実に対応できない。人権に焦点を当てる場合は、両者を結びつけて考える必要がある。

◆ 国籍を柔軟に捉える世代の登場に期待

 大学の授業で国籍を取り上げるとほとんどの学生が「国籍の話を初めて聞いた」という一方で、1割強には知人や家族に複数国籍者がいることが分かる。2000年前後に生まれた学生たちにとって「ハーフ」は珍しい存在ではない。またこの世代は「グローバル人材」になることを期待されて育ってきた。国籍は日本人とは誰か、日本社会はどうあるべきかの重要な論点になる。今後も国民的議論を深めるための工夫を重ねたい。最後に受講生のコメントを紹介し、この小論の結びとしたい。

 「純日本人として日本で生まれたので国籍について考えるきっかけがなかった。国家が国家であるために、政治的にも文化的にも国籍による制約はある程度は必要なのだろう。しかし社会が変容していくことに合わせて考え方も法律も変えていくことも必要だ。そのために当事者は声をあげなければならないし、私たちはその声に耳を傾けなければならない。複数国籍を求める声が少ないのは、私たちがそのことを気にも留めていないからだ。海外から日本に来てくれる方がよりよく生きられるようになれば良いと望む。同時に自分が日本でない国で生活するとなった時、国籍法や法律の理解は大切になると思った。それを学ぶ機会がないことが問題だ。」

(男性・学部1年)

 

<参考文献>

  • 近藤 敦、2019『多文化共生と人権-諸外国の「移民」と日本の「外国人」』明石書店
  • 武田 里子、2020「海外居住日本人が直面する国籍法11条1項の壁」『国際地域学研究』23号、東洋大学、67-85頁
  • 館田 晶子、2019「国籍をめぐる世界の潮流」国籍問題研究会編『二重国籍と日本』ちくま新書