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国際人権ひろば No.150(2020年03月発行号)

人権の潮流

電車内痴漢から、子どもたちを守るために考えるべきこと

松永 弥生(まつなが やよい)
一般社団法人痴漢抑止活動センター 代表理事

文科省からスルーされる通学時の痴漢被害

 「文部科学省×学校安全」というサイトを(注1ご存じだろうか?文部科学省や都道府県の自治体などが学校安全のために実施した取り組みを共有するサイトだ。小・中・高校生、及び教師を対象に、「学校に不審者が侵入した際の対処法」「通学時の安全」「自転車通学のマナー教育」などの情報が共有されている。

 このサイトで電車内痴漢については触れられていないことに私は驚いた。

 痴漢は日本で一番多い性犯罪だ。警視庁のデータ(注2によると70%が電車内と駅構内で発生している。被害者の70%以上が10~20代。私が聞いた範囲では、「制服を着ている時が一番、痴漢にあっていた」という被害当事者が多い。

 多くの子ども達が一人でラッシュの電車に乗るのは、高校に入学してからだろう。早い子は小学校や中学校から電車通学をしている。本来ならば、幼児に対して「知らない人からお菓子を貰っちゃダメ」と言い聞かせるのと同じように、電車通学を始める子どもに性犯罪の危険性と身の守り方を教えておくべきだ。しかし、私たちは痴漢がいると知りながら、子どもたちに痴漢の真実や遭った時の対処方法を教えずに電車通学をさせている。

 混雑した電車の中、揺れに合わせて身体に触れてくる手を「偶然かな。混んでいるから仕方ないのかな。でも、イヤだな」と思いながら耐えている子は多い。子どもは自分がされていることが痴漢なのか判断できないまま、どうしていいか戸惑ってるうちに下着の中まで触られてしまうケースもある。何しろ、強制わいせつ罪の15.5%が電車の中で発生しているのだ(注3。夜道や人気のない場所ではなく、多くのオトナがいる中で、子どもが日常的に性被害にあっている。それが日本の電車内痴漢の実情だ。

痴漢に対する学校の認識

 2018年11月、私は大阪府立高等学校生徒指導連盟の協力を得て、府立高校の生徒指導教諭を対象にアンケートを実施した。生徒指導研究会で約20分の時間をいただき、電車内痴漢犯罪に関するデータや被害者、加害者のタイプなどの実態を伝えた後、記述式のアンケートに無記名で回答してもらった。大阪に府立高校は139校あり、93名から回答を得た。

 その結果、電車内で痴漢被害があることは80%が知っているが、紹介したデータの状況に対し「ここまでとは思わなかった」が多数を占めていた。教諭の63%が被害相談を受けた経験があり、回数は年1~3回が80%を占めている。しかし、10回以上という回答もあった。78%の学校で相談窓口を設けている一方で、その過半数が窓口の存在を生徒や保護者に周知していないと回答した。

 そして84%の学校が防犯教育をしていない。理由は「時間がない」「何をしたらいいのか分からない」がほぼ同数を占めている。

 今回は、生徒指導研究会でアンケートを実施したため、回答者の全員が男性だった。大阪府に限らず、生徒指導教諭は男性で尚且つ生徒から見ると学校内で一番怖い先生であることが大半だ。実際に起きている痴漢被害よりも相談件数が低いのは、回答者の属性に偏りがあるためと考えられる。

 そうした点を考慮しても、学校側が痴漢被害の実態を知らず、防犯教育が行われていないことが明確となった。相談窓口に関しても、生徒や保護者と情報が共有されていない現状で「相談窓口を用意している」と言えるのか疑問がある。

 防犯教育をしている学校も「身だしなみや素行の注意」をあげており、電車内痴漢の実態に則しているとは言い難い。スカート丈に関しては、短ければ盗撮などの危険があるのは確かだが、電車内痴漢については関係がない。

 また、防犯教育を不要と考える理由に「被害生徒が少ない」「男子校だから」があったが、「現在、生徒が被害を相談しやすい環境が用意されているのか?」「男子も痴漢にあっている認識があるのか?」など、問題点は複数ある。

 加害者と被害者の実像を理解せずにいると、被害にあった生徒に対し「そんな短いスカートをはいているから痴漢にあう」というセカンドレイプに等しい指導をしてしまう可能性もある。教師が性犯罪に対して正しい情報を得るのは、生徒を守る上でも重要だろう。

 学校教育の現場でも、痴漢が人権問題であるという認識を持っている人は少ないのではないだろうか。電車内の痴漢を「洋服の上からサッと撫でる程度」と誤認していれば尚更だ。そういう私自身、痴漢抑止活動を始めるまでは痴漢を人権侵害の側面から考えたことはなかった。被害者の方々からさまざまな体験を聞き、人間の尊厳をひどく傷つけている事実を知り、初めて「これは人権の問題」だと気づかされた。

コンテストをきっかけに皆で痴漢問題を考える

 今号の表紙に掲載されている「痴漢抑止バッジ」は、電車やバス内の痴漢から身を守るグッズだ。可愛らしいデザインのバッジを見た人の中には「これに効果があるの?」と思うようだ。しかし、痴漢が多いことで有名な埼京線で通学する女子高校生70名に9ヶ月間使用してもらった結果、94.3%が効果を感じている。

 普通の人は「私は痴漢されたくない」と宣言するだけで痴漢されなくなるという点に驚くだろう。私は性犯罪加害者治療に携わっている方から、痴漢加害者が「痴漢は犯罪ですよ。でも自分は優しく触ってるから大丈夫」と言った人がいると聞いた。それぐらい加害者の認知は歪んでいる。こうした事実は、もっと世の中に知られるべきだろう。

 誰であっても、自分の体に許可なく触られたら「嫌だ」と拒否する権利がある。しかし、私たちは子どもの頃に、そうした権利があることを教わってきてない。

 私は、この状況を変えていくために教育が必要だと考えている。教育の面からアプローチし、子どもたちに対して、あなた達には相手が誰であっても、見知らぬ大人はもちろん、教師、親戚の人、実の親であっても「嫌だ」と拒否する権利があると教えない限り、「NO!」の意志は示せない。なぜなら、日本ではオトナに従う子が“良い子”とされているからだ。そうした風潮の中で、子どもが見知らぬオトナに対して「やめてください。触らないで」と言うのはほとんど不可能に近い。

 そして加害者にとって制服はわかりやすい記号だ。極端に短いスカート、茶髪に化粧など校則違反をしている子は親や教師に逆らうタイプとも言えるだろう。反対に校則通りに制服を着用している子は、“オトナの言いつけに従う子”に見える。電車内の痴漢は、そうしたいかにも真面目で大人しそうな子を狙っている。

 電車の中で見知らぬオトナに痴漢され続けた子どもは、「自分を大切にする」という感覚を失う。性被害を経験し、「NO!」を言えないまま社会に出てしまうと、今度はパワハラやセクハラ、デートDVなどに対しても「NO!」が言えない状況に陥りやすい。そんな不幸な事例を減らすためにも早いうちから人権教育をスタートしておくべきだろう。

 自分の意に沿わないことに対して「NO!」の意志を示すには、少なからず訓練が必要だ。日常生活の小さなことから、自己主張というほど強くなくていいから、自分の気持ちを相手に伝えていいと教えなければならない。自分の意志を伝え、相手の意志を尊重する。そのルールを身につけるのが人権教育のスタート地点ではないだろうか。

 これまで、電車・バス内で起きる痴漢犯罪を未然に防ぐ有効な手立ては見つかっていなかった。しかし、一人の勇気ある少女の知恵と行動力で「痴漢抑止バッジ」が生まれた。

 もちろん、被害にあっている子ども達を「バッジをつけて自分の身を守りなさい」と突き放すつもりはない。皆が痴漢を許せない犯罪だと認識し、見過ごさずに子どもを守る社会にしていく必要がある。だから「私は電車通学していないから関係ない」「自分は男だから関係ない」ではなく、皆が一緒に痴漢問題について考える機会として毎年、痴漢抑止バッジデザインコンテストを開催している。

 過去5年間の実施で、中高校生を中心として5957名がコンテストに関わった。彼らが将来、子どもを守る大人に成長するのを期待している。

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コンテスト2次審査風景(協力:松蔭女子学院高等学校)

 

注1:文部科学省×学校安全 URL: HTTPS://ANZENKYOUIKU.MEXT.GO.JP/

注2,3:警視庁「こんな時間、場所がねらわれる」URL: https://www.keishicho.metro.tokyo.jp/smph/kurashi/higai/koramu2/koramu8.html


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